噂の彼女

「文化祭?」
「そ!」
「行けるなら行ってみたいけど……練習は?」
「今年は一般の人が来る時間はオフ! 終わったらちょっと練習するけど」
そうか、秋大……。と言葉が出てくる前に口を閉じる。試合が無かったから修学旅行も行ったって言ってたけど、行けない方が良かったんだろうな。

「クラスの手伝いとか無いの?」
「うちのクラス演劇だから、道具作っておけば当日は大した出番無いよ」
そこまで言われると断る理由も無い……かな?
「……じゃ、行く」
「よし! あ、修学旅行のお土産その時に交換しよ!」
沖縄に行った鳴はちんすこうを買ってきて、北海道に行った私はじゃが◯ックルを買ってきて、交換することになっていたのだ。
「わかった、持ってく。あ、おばさんにも伝えておくね」
「あー……そっちはまぁ、適当で!」
もちろん、適当で済むわけがない。


稲実の文化祭の当日。
午前中はクラスの用事があるとことで、午後からお邪魔することにした。
成宮家のおばさんと、鳴のお姉ちゃん2人と一緒に校門を通る。門の少し奥の場所に、鳴が立っていた。
「げっ! 姉ちゃん達まで来たの!?」
「何その態度! 顔見に来ただけ!」
久しぶりに会った鳴は、やっぱり鳴だった。お姉ちゃんとのやりとりもなんだか懐かしい。

軽く話しをしてから、おばさんとお姉ちゃん達とは別行動になった。
あまりにも早すぎないかと言ったが、「あんた達の邪魔して馬に蹴られたくないからねー」と言われて何も返せなかった。


賑やかな校内を手を繋いでうろつく。会うのも久しぶりだし、手を繋ぐのも久しぶりだし、なんだか照れ臭い。
鳴の言うままに校内を歩いているけど、どうやら野球部の人がいる場所をまわっているらしい。
「鳴! お前……その女子は……」
「前から言ってたじゃん! 彼女!!」
ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、野球部の人は膝から崩れ落ちた。
「本当に実在する人間だったのか……!」
「手なんて繋ぎやがって……!」
「だから言ったじゃん!!」
実在する人間だったって、どういうことなの。
思わず顔を見ると、してやったりの顔をしていた鳴と視線が合った。
「彼女いるって言ってたのにさ、『そんな理解のある彼女がいる訳ない』とか散々言われてさ! 最後には俺が夢見てるとか言われてんの!」
そんな風に言われてるなんて思いもしなかった。

その後、後輩の樹くんに挨拶して、樹くんのクラスで売っていたアイスを食べつつ、バッテリーを組んでいた『雅さん』のクラスへと向かった。

「雅さん!」
「鳴……と……」
本日何度目かわからないけど、鳴の彼女として紹介される。『雅さん』についてはよく話しを聞いていたので、なんだか実物に会えた感動があった。
「鳴がいつもお世話になってます」
「いや、そんな」
「何それ!!」
思わず母親のような言葉が出てきてしまった。鳴が不機嫌になるな、と思ったら。
「あ、修学旅行のお土産! 寮から取ってくるから、ちょっと雅さんと待ってて!」
私が持っていた袋を奪うように取って、鳴は走って行ってしまった。
まさか、今日初めて会った人と二人で待つことになるとは……。
「まったくアイツは……。悪いな」
「いえ、そちらこそ。私は慣れてるので……」
「あぁ、そういや幼馴染だったか」
「はい」
がっしりとした身体としっかりとした雰囲気。理想のキャッチャーとはこういう人のことを言うのだろう。

鳴の性格、わがままさについての話が盛り上がろうとした時に、紙袋を手にした鳴が戻ってきた。
! そろそろ終わりの時間だから行こ! 雅さんまたね!」
慌ただしく挨拶をして、鳴が引っ張られながら、校門を通り過ぎた。
「鳴、学校出ない方がいいんじゃないの?」
「平気だよ別に! 駅まで行くから!」
言い出したら聞かないだろう。大人しく駅までの道を歩き始めたところで、携帯が鳴った。
「待って、携帯鳴ってる」
繋いだ手を解いて携帯を取り出す。お姉ちゃんからの電話だった。
「もしもし。……こっちも今駅向かってるところで……。はい、じゃあ駅の改札で。すぐ着きます」
「なんだって?」
「お姉ちゃんたちも今駅に居るから、一緒に帰ろうって」
「ふーん……あ!」
とたん、鳴の表情が変わった。この顔は、悪戯を思いついた時にする顔だ。腕を引っ張られて、駅とは違う方の道に入っていく。人通りの少ない道に入った途端に、抱きしめられた。

「鳴?」
「ちょっとだけ!」

ぎゅう、と力を込められて、身動きが取れない。受け取ったばかりのちんすこうが割れないかちょっと不安だったけど、キスされたら、そんなことどうでもよくなってしまった。



甘酸っぱい空気に耐えながら、再び駅までの道を歩く。
「なんか今日、野球部の人にしか会ってない気がする」
「そりゃ、野球部のところしか回ってないからね」
気のせいじゃなかったのか。
駅が見えてきて、お姉ちゃん達の姿が見えた。
繋いでいた手を離して、鳴が耳元に唇を寄せてきた。
を自慢したかったんだよね!」
内緒話をするように話す鳴。顔が途端に熱くなる。

帰りの電車の中で、顔の熱が引かない私の顔を、お姉ちゃん達はそれはそれは楽しそうに見ていた。