幻の彼女

高校入学後に待っていたのは予想通りの野球漬けの毎日だった。
朝起きて練習、無理やり飲み込む食事、記憶が飛び飛びの授業、そしてまた練習、その後更に自主練。
その後にあるなけなしの自由時間は、洗濯や先輩命令の雑用なんかで、本当に自分の時間なんて無かった。

身体も精神も悲鳴を上げているが、これくらいこなせないと全国制覇なんて夢のまた夢だと思い、食らいついていくしかない。そんな毎日だった。

からのメールには普通の、一般的であろう高校生らしい日常が綴られていた。
新しいクラスで無事に友達が出来たとか、授業についていくのに必死だとか、バイトを始めようか悩んでいるとか……。

なんてことない文章だけど、文末には必ず「怪我に気をつけて」とか俺を思いやる一文があって、精神的に凄く助けられた。
……伝えるタイミングを完全に失っていたけど。

そんな5月の始まり。そのメールは飛び込んできた。

『あんまり連絡しない方がいい? 邪魔になってない?』

今も昔も、が邪魔になったことなんて無いのに。
……いや、子どものころは思ったことあるかも。小学生の時とか! 今は絶対にないけど!!

この返事は早くしたほうがいいと本能が訴えている。
でも、寮のベッドで確認したメールの返事は、睡魔に負けて送れないまま深い眠りについた。



その日は珍しくの夢を見た……気がする。



次の日、あまりにも気持ちが急いていて、練習終わりに真っ先に返事を打った。
どうやら普段とは様子が違ったらしく、上半身裸のカルロが声をかけてきた。
「何か焦ってんな、彼女か?」
携帯を握りしめたまま、『送信しました』という端末の文字を確認する。カルロが発した「彼女」という単語で俺の周りには人だかりが出来た。
先輩に後ろから羽交い締めにされて携帯も奪われる。

「成宮お前!!」
「彼女だと!?」

携帯の画面はからのメールの文章を表示されていて。そのまま、先輩は携帯のチェックを始めた。

「『あんまり連絡しない方がいい? 邪魔になってない?』だと!?」
「他にメール無いのか!?」
「ちょっと待て! ……来てるぞ! 『高校生になったからバイトしてみたいけど、勉強とバランスが取れるかちょっと不安で悩んでる』だと!!」
「成宮お前! 彼女なのか!!」

周りのあまりの形相に、俺は少し引いていた。

「彼女だけど?」

俺のその一言で先輩たちは更にヒートアップして、俺はもみくちゃにされる。
そしてそのまま、のことを説明することになった。


「……」
「…………」

のことを一通り説明した後、何故か先輩達は静かになった。
カルロや白河達は少し離れたところで俺の話を聞いていた。

「成宮、お前……」
「幼馴染で、野球漬けの日々に理解があって、文句言わずに応援してくれる彼女……だと?」

「そうだけど!?」

思わずキレ気味に返事をしてしまった。から返事が届いてるかもしれないから早く携帯を返して欲しい。

「……そんな理解のある彼女がいる訳ないだろ!」
「架空の彼女なんだな?」
「夢見てんじゃないか?」

先輩達は一斉にの存在を否定し始めた。
まさかこんな反応が返ってくるとは、正直予想外だ。
架空の彼女とか、そんなことわざわざする訳がない。

何故か哀れみの表情を多数向けられて、そのおかげかは知らないけど携帯は無事に手元に戻ってきた。からの返事はまだなく、ホッとする。


結局、部内でのの存在は俺の架空の彼女ということになっていた。 これ以上説明するのもめんどくさいし、先輩達が否定しててもが俺の彼女であることは現実なので、話が流れるまでそのままにしていた。
どうせと野球部のみんなが会う可能性なんて、今のところ無いだろうし。

からのメールはその後も週に2、3度の頻度でやってきた。 姉ちゃんや母さんからのメールの返事はおざなりなことが多く、俺はのメールにばかり返事をしていた。

いつかと野球部のみんなが会うときがあったら、俺は思いっきりのことを自慢しようと、そっと心に決めた。