君じゃなきゃ
ドラフト会議で指名を受けて、鳴は遂にプロ野球選手になった。
学生時代よりももっと忙しくなることは、わかっていたことだった。
テレビのスポーツニュースでは度々名前が挙がるし、特集を組まれている雑誌が多い。球団のSNSにもちょこちょこ登場している。
直接ではないけれど、鳴の顔を見る機会は学生時代よりも増えた。それは、外向けの表情だけど。
大学に入学した私の生活は、高校生の時と同じく、〝一般的な〟大学生の生活になった。
どの講義を取るか悩んだり、新しい友人が出来たり、サークルの勧誘を受けたり、レポートに苦労したり。
鳴との連絡は、高校の時と同じ。メールがLINEに変わっただけ。私がLINEを送り、たまに鳴からの返事がくる。
ただ、返事が返ってくる頻度は高校の時よりもうんと減ったけど。
新生活。彼氏が欲しい友達から何度も合コンに誘われるのには正直かなり困った。
たとえ連絡の頻度が一月に一度でも、私は鳴が好きだし、鳴以外と付き合うなんて考えたこともなかった。
『成宮鳴』の名前は、まだプロ野球を追いかけている人しか知らないかもしれないが、だからと言って付き合っていることを大きな声で言う訳にはいかない。
事実を少しぼかして友達に説明すると、なんだか鳴が凄く薄情な人になってしまって、困ってしまった。
「、その彼と別れて合コンで新しい彼氏探したら?」
なんて言われることはしょっちゅうで、友人達の中で私は『薄情な彼氏と遠距離恋愛している健気な彼女』という印象を持たれることになってしまった。
なんだかなぁ……。
高校の時から、同じ都内に居ても会えないし、近いけど遠距離恋愛みたいなものだなぁとは思っていたけど。
友人には別れるつもりがないことと、合コンには参加しないことを改めて告げると、「いつでも話聞くからね」と手を握られた。
鳴から会えそうだと連絡がきたのは、そんな時のことだった。
「!」
大学入学と同時に始めた一人暮らしのマンションに鳴が来たのは初めてだった。
外で会うことも考えたけれど、人目を気にして落ち着かないかと思って、結果こうなった。
玄関で抱きしめてきた鳴に抵抗することなく、身をまかせる。
「あー、本当久しぶり」
私の肩に顔を埋めた鳴の声は、心底疲れているようだった。
いつまでも玄関にいる訳にはいかないので、鳴を部屋に案内する。1Kの広いとは言えない部屋に鳴がいるのは不思議な気がした。
愛用している鳴の名前と背番号が描かれているマグカップをテーブルに見つけて、鳴は笑った。
お茶を入れたグラスを渡して、鳴と近況を報告しあう。鳴のはほとんど愚痴だったけど、瞳がキラキラとしていたから問題のある愚痴じゃなくて、落ち着いて聞いていられた。
問題は、私が近況を話している時に口を滑らせた時に起こった。
「それでね、その子に何度断っても合コンに誘われて……」
言葉が口から出た後にしまった、と思った。鳴の眉間に皺が寄る。
「……何それ、俺が居るのに行くの?」
「断ってるよ! 彼氏がいることも話してるけど誘われて困ってるっていうだけで」
「……さぁ、本当は行きたいんじゃないの? だから友達にも曖昧に返事してるんじゃないの?」
「……鳴、怒るよ」
「俺だって怒るよ!」
「……ねぇ、せっかく久しぶりに会えたのに喧嘩したくない」
「俺だってそうだよ! がハッキリ断れば済む話じゃん!」
「断ってるってば!」
なんでこんな言い合いをしてるんだろう。久しぶりに会えるのをとても楽しみにしていたのに。
「………」
「………帰る」
「鳴!」
名前を呼んでも振り返ることなく、鳴は出て行った。
バタンと閉じた扉を、開けて追いかけることが出来なかった。
思わず呆然としてしまう。目からは涙が溢れてくる。
考えてみれば、付き合い始めて鳴と本格的に喧嘩するのは初めてだった。
小さい頃は言い合いなんてしょっちゅうだったけれど、次の日にはお互いけろりといつも通りだった。高校の時からは連絡の頻度は低いし、会えた回数だって少ない。落ち着いて一緒に過ごせたのは年末年始の時だけ。喧嘩する暇も無かった。高校生の時はそれでも上手くいっていたし、私が大学生になって、鳴がプロになっても同じように大丈夫だろうと思っていた。
でも、実際は喧嘩になって、涙が止まらない自分がいる。
なんであんなこと言ってしまったんだろう。後悔しても言葉は取り消せない。
その週は、週2、3回送っているLINEを送ることが出来なかった。
なんとなく連絡を取れなくなってから2週間。鳴からも連絡はない。
日曜日。今日はお昼に鳴の所属する球団の2軍の試合が近くの球場である。鳴が投げるかはわからないけれど、せっかく取ったチケットを無駄にするのももったいなくて、私は球場へと向かった。
その日、鳴は中継ぎとして登板した。野球をしていた鳴はキラキラとしていて……喧嘩していたことを忘れるくらい、好きだなぁと思った。
私は、野球している鳴を見るたびに好きになる。
鳴のチームは負けてしまったけれど、鳴の投球内容は良くて、私は足取りも軽く帰宅した。
この勢いのままに、鳴に連絡をするのだ。
自宅について、夜。
携帯をローテーブルに置いて、正座。今までに体験したことのない緊張に戸惑いながらも、私は鳴に電話した。
コール音が鳴る中、自分の心臓の音が聞こえそうなくらいドキドキしている。
あまり長く鳴らしたら迷惑だろうか。もしかしたらまだミーティングとかの最中かもしれない。
あと5回コール音がしても出なかったら、この電話を切ろう。きっと後で、鳴がかけ直してくれる……はずだ。
そう決めてコール音を数える。4回目が終わった時に、鳴が電話に出た。
「もしもし」
少し不機嫌さが滲み出ている低めの声。でもこの前会ったとき程では無い。
「……今日、来てたでしょ」
「……なんで知ってるの?」
「ファウルボール近くに飛んだ時に見つけた」
「……わかるの?」
「わかるよ、それくらい」
マウンドからスタンドがどれくらい見えるのか私は知らないけど、知り合いを見つけられるくらいには見えるのか。それとも鳴の視力がいいのか。
「……ごめんなさい」
「……この間、ごめん」
私と鳴の声が重なって、驚いてしまった。
「……鳴?」
「……疑うようなこと、嫌な言い方してごめん」
「私も……もっとハッキリ断るよ、ごめん。でも合コンに一度も行ってないよ、それだけは信じて」
「が嘘つかないのはわかってる」
「鳴……」
「……ちょっと不安になった」
「不安?」
「高校の時からずっと、付き合ってるっていってもロクに会えないし、メールやLINEの返事だってほとんどまともに出来てないし。寂しい思いしかさせてない。大学に行ったら色んな人が居るだろうし、もっと側に居てくれる人の方が良くなっちゃうんじゃないかって」
「鳴……」
鳴がそんな風に思ってたなんて。
「確かに寂しい時もあるよ。でも、この寂しさは鳴じゃなきゃ埋められないよ。鳴以外の、他の誰かじゃ意味がないの」
「……」
「鳴、覚えておいて。何度も言ってるけど、私は野球してる鳴が好きだから」
「……ありがとう、」
「ううん、ごめんね、鳴」
こうして、私たちの初めての喧嘩は幕を閉じた。
次に会える日はいつになるかわからないけれど、お互いが大切だと思って生きていきたいな、と思う。
おまけ
「あ、鳴? は? お母さんに頼まれて電話しただけだってば。元気なんでしょ? この前試合見たよ。ヒット打たれてたドーム戦。……うるさいなぁ。 ちゃんにあんまり迷惑かけないようにね。……はぁ? 喧嘩した? 早く謝んなさいよ。どうせまた我儘言ったんでしょ? はぁ? が悪い? 何、じゃあ別れるの? まぁちゃんはいい彼氏見つかると思うけど。……嫌なら早く謝りなさいよ。あのね、仮にあんたが悪くなくても、あんたから謝んなさい。 なんでって……言わなきゃわかんない訳? 今まであんたが我儘言った数の方が圧倒的に多いからよ。もうちょっと心を広く持ちなさいよね。 とにかく。ちゃんにはさっさと謝んなさいよ。まったく、なんで弟の恋愛相談聞かなきゃいけないのよ。じゃあね」