ふたりぼっちになりたい

鳴の帰省2日目。ノートやワークを持って、鳴が私の部屋にやってきた。今日は一緒に課題をすることになっている。
ローテーブルに向かい合わせで座り、鳴は英語、私は数学の課題を進める。


1時間もしないうちに、早くも鳴が根を上げた。

「疲れたー!」
「まだ1時間も経ってないよ」
「休憩!」

そう言うと鳴は部屋に置いてあったクッションを枕に、ゴロンと横になった。

「鳴」
「うちはのところよりも課題少ないからー」

休む理由になるようなならないような。




手こずっていた問題の解き方がわかって、数学の課題に没頭する。無事に解を導き出せて達成感に浸っていると、知らない間に鳴は寝ていた。

いくら部屋にストーブがあるからって、そのままにしておくのは気が引ける。ブランケットを取り出して鳴にかける。
と、鳴の顔を見てみれば、眉間に物凄いシワが寄っている。寝てるのに。悪夢でも見ているのだろうか。鳴はあんまり夢を見ないって昔聞いたけど、成長して変わったのかな。

「……雅さん!」
そう思ったとき、鳴の瞳がパチリと開いて飛び起きた。
鳴の顔を見ると、見たことのない表情をしていた。
目を見開いて、ブランケットをかけたばかりなのに額には大粒の汗が浮かんでいて、目はギラギラとして、手は少し震えている。

「鳴?」

そっと声をかけても鳴はこちらを向かない。
心ここに在らずという様子。鳴はどこにいて、何を見ているんだろう。

鳴のマグカップを渡すと鳴はゴクゴクと喉を鳴らしながら紅茶を飲んだ。少し落ち着いたのか、私の目を見て一つ息を吐いた。

「鳴……」
「大丈夫、ちょっと変な夢見ただけだから」

見たことのない様子なのに、「大丈夫」と言われてもイマイチ信じられない。
私のマグカップの中に入っているお茶も飲むかと勧めると、そちらも鳴は一気に飲み干した。

鳴がこういう風に何も言わないときは、ほとんど野球のことだ。

野球での嫌な思い出……甲子園の暴投、のことなのだろうか。


鳴は自信家で、強がりで、大口を叩くことが多い。
でもその裏で、一度口にしたことを叶えるための努力は欠かさない。
それでも、たまには不安に思うことだってあると思う。それを、決して人には見せないようにしているけれど。

どうしようと思っていたところ、鳴はすっくと立ち上がって一言、「走りに行く」と言って部屋を出て行った。


顔色がよくなかったのに、走り行って大丈夫なのだろうか。でも、体調が悪かったら切り上げてくるだろう。



鳴は野球に関しての悩みや苦労は決して私には言わない。シニアでウイニングショットを打たれても、調子が悪くて打ちこまれた日も、何も言わなかった。
そんな時、私は心配して見ていることしか出来ない。

私じゃ、鳴の力には決してなれない。
そう思う度に、どうしようもない無力感に苛まれる。

鳴の中での一番はずっと前から野球で、そのことはもう鳴が死ぬまで揺るぎないだろう。
野球だっていつも楽しかったり嬉しかったりする訳ではなくて、練習や試合中は苦しかったり悔しかったりすることはもちろんあると思う。
私は、その気持ちを理解することは出来ない。
理解出来ているフリもしたくない。

今までも、これからも、ずっと。


人はみんな孤独だと、何かの本で読んだ言葉が頭を過ぎる。


今孤独でいる鳴に、私は寄り添うことしか出来ない。それでは鳴の孤独は癒えない。


それでも、鳴は今まで沢山のことを乗り越えてきた……と思う。
そしてそれは、きっとこれからも。
鳴なら、課題をクリアしてもっと強くなる。絶対に。

静かになった部屋の中で、一人、ぼんやりとそんなことを思った。