胸に一番星を抱いて生まれてきたひと

その日は『たまにはいいところに食事に行こう』と鳴に提案されて、お店選びや予約まですべてを鳴に任せていた。
プロ野球選手が連れていくいいところのお食事。持っている服の中で一番いいワンピースと靴。アクセサリーは鳴から誕生日に貰ったペンダント。お化粧も服装に合わせてしっかりと。
就職してから自由に使えるお金が増えて、少し服や化粧品に使うお金を増やしたけれど、今ほどよかったと思うことは無いだろうな。
お母さんが言っていた、『いいものにお金をかけるということを知っておくこと』が大切だというのは、きっとこういう意味だったんだろう。
鏡の前で身だしなみチェックをしているとスマートフォンが震える。待ち合わせの時間。鳴だ。
去年車を購入してからはいつも迎えに来てくれる。
始めは交通事故が心配だったけれど、結局車での移動が楽だという本人の言葉に確かに、と納得したのが懐かしい。
今では結構安心して助手席に座っていられる。

……運転手としての鳴は、外野を守っていた時のように──言葉が多い。
「今のは行けよ」とか、「割り込んでくんな!」とか、「車間距離ちけーよ!」とか……。
でも本人は結構運転が好きらしい。
小さい鞄を手に持って自室を出て、ハザードが点滅する車へと向かえばガチャリと車の鍵が開く音。私はこの瞬間が好きだ。助手席に乗るのはまだ少し恥ずかしいけれど。

「おー、いいね」
「そう?」
ワンピースの皺を気にしながら座った私を上から下まで眺めてから鳴が言う。
「いいよ。俺が上げたペンダントつけてるのが最高」
「結局自分のこと言ってる? でもありがとう」

滑るように発進した車の中で、最近の出来事を色々と話し合った。
私の仕事も中々忙しくて、こうしてきちんと顔を合わせるのは久しぶりだった。

「ねぇ、今日どこに行くの?」
「今聞いちゃう? 先輩に教えてもらったお店だよ」
鳴の契約金なんかは毎回ニュースになるので知ってはいるけれど、その金額がどういう風に変化して彼の手元に来るのかはわからない。
今乗っている車もいいものだから、分かっているのは鳴が一般的に言われる〝お金持ち〟であるということだけ。
就職して初めてお給料をもらって、お金に対しての価値観が変化した私は『無駄遣いはダメだよ』と言ったけれど、『使わないと税金で持っていかれる』と返ってきたりして、もともと際どい話題であることも手伝って──濁しておくことが最適だとお互いに判断したのだった。
今身に着けているペンダントも、私の月収よりも高かったらどうしようとたまにドキドキするくらいなのだ。
プレゼントはもちろん嬉しいけれど、高すぎるものは恐縮してしまう私の性格を知っているから、彼が食事代やプレゼント代を教えてくれることは決してなくて。そしてそれが私の疑心暗鬼を生じさせていることは、何となく察しているだろう。

車は一時間ほど走ってから、綺麗な建物の前で止まった。
私の想像以上に『いいところ』だった。頭の中に詰め込んだテーブルマナー教本の内容を顔には出さないように必死で引っ張り出す。
自分一人では出来ない経験をする機会を、鳴は私にプレゼントしてくれる。だから私も、それをめいいっぱいに楽しんで満喫したい。付き合っていく上で決めたことだった。



***



ウェイターに案内された先は個室だった。

テーブルのフラワーアレンジメントが私の好きな花で、磨かれたカテラリーやワイングラスの美しさに見惚れている間に、食前酒が運ばれて、乾杯の準備が整っていた。



***



お店の素敵な雰囲気に似合うコース料理もとても綺麗で、美味しかった。
前菜、スープ、メインディッシュにデザートを味わい尽くして、食後の紅茶の香りにほっとしているところで、鳴が口を開いた。


「ねぇ、
「うん」
「結婚しよう。じゃなかった、結婚してください」
「え……」
鳴はそう言って、頭をペコリと下げた。
「…………鳴が頭下げてるの初めて見たかも」
「そうじゃなくて!」
部屋に流れていた綺麗なBGMが止まったのだろうか。分からなかったけれど、私の耳は急に鳴の声以外の音を拾えなくなった。
は覚えてないかもしれないけどさ」

鳴はポケットから小さな箱を取り出した。もうこの状況で連想されるものは一つしかない。そしてその予想が正解だというように、ぱかりと開いた箱の中にはダイヤの付いた指輪が鎮座していた。
「ずっと一緒にいようって約束したんだよ」

──それは、物心ついたばかりの頃に交わした幼い約束。

鳴が野球をしていて、私はそれを見てきた。
今までもずっと。そして──これからも、きっと。

「…………鳴も覚えててくれたんだね」
きっと忘れてるだろうと思っていた。
彼が記憶していてくれたことが嬉しくて嬉しくて……涙が滲む。

「…………私でよければ、よろしくお願いします」
私もぺこりと頭を下げた。


頭をあげて鳴の顔を見た瞬間のことを、私は一生忘れないだろう。この瞬間を閉じ込めて仕舞ってしまいたいと本気で思った。


私たちは、これからもずっと一緒に居る。お互いがお互いを望んでいるから。



***



私の涙が治まるのを待ってから、私たちはお店を後にした。
車のドアを閉めた私の左手の薬指には指輪が光っていて──嬉しくていつまでも指輪を眺めていた。

「俺の家寄って行って。届書こ!」
「実家にも挨拶しに行かないとね」
「もう知ってるよ」
「えっ!?」
「おばさんには話してあるよ。『いつでも来てね』って言ってた」
「そんな遊びに行くみたいな風に言うものだっけ?」
「歓迎されてるってことでいいじゃん。届出しに行くのはの好きな日でいいよ。オフの間だったら絶対行くから。シーズン中は確約出来ない」
「それはもちろん。でも何時にしようか? 何かイベントの日とか?」
「まぁ、他の人には何でもない日が、俺たちにとっては記念日っていうのもいいよね」
クリスマスやお正月みたいに、特別な日が増える。
とても素敵なことだと思った。緩む私の顎に鳴の手が添えられて──唇が重なった。

「お店で我慢するの大変だったんだからね」

それは私のせいではないと思う。



***



鳴のシーズンオフを待った11月の終わりに私たちは入籍した。
翌日、『成宮鳴、結婚! 幼馴染と十年愛』という文句と共にスポーツ新聞の一面を飾った。

「新聞に載ってる……」
「そりゃ載るよ。俺だよ?」

。名字が変わりました。
肩書も追加されました。プロ野球選手の奥さん、です。

Title : Bacca