でもきっとハッピーエンド

本音を言うなら、授業や課題なんて手につかないから、学校を休みたいくらいだった。
ようやく残暑が無くなった10月の中旬。
遂に──遂にこの日を迎えてしまった。
ドラフト会議当日。前日は「明日ドラフト会議だー」なんて笑っていられたのに。何故か当日はそればっかり気になってしまって、英語で当てられた時なんてどこを読んでいるのか分からないくらいだった。先生には「受験生だろう」と注意され、友達には「珍しい、何かあった?」と心配され──散々だった。

放課後は脇目も振らず走って帰宅。いつもより2本も早い電車に乗ることが出来た。電車の中でもソワソワと落ち着かず、地元の駅に着いてからまた家まで走って……息を荒くして帰宅。いつもよりもずっと早いから、お母さんに驚かれた。
着替える時間すら惜しくて、そのままテレビの前に移動。既についていたテレビ、チャンネルは勿論、ドラフト会議直前の中継番組。

中継で青道が映って叫び、稲実が映っては悲鳴を挙げ──とうとうお母さんにうるさいと注意された。
反射的にごめんなさいと謝ったけれど、多分、黙って見ることは難しいと思う。
「鳴ちゃんなら大丈夫よ」
「そうだけど……そうじゃなくて……」
指名されない心配はあまりしていないけれど、とにかく落ち着かなくて仕方がない。周りの人間がこれだけ浮足立つなら、本人は今頃どうしてるんだろう。……鳴なら普通に笑顔でいるかも。
いっそLINEでも送ろうかと思ったけど、なんて送るのかさっぱり浮かばないので、LINEを開くだけにしておいた。

『まず一巡目の指名です』

心臓がどきどきとして煩い。自分の高校受験の合格発表よりも緊張しているかもしれない。

────成宮鳴」
「わぁ!」
────御幸一也」
「わぁ!」
────成宮鳴」
「わぁああ!」
「うるさいわよ」

こんなの、静かに見ろっていう方が無理。鳴も御幸くんも、一位指名だなんて凄すぎる。
鳴の指名は複数球団で競合したため、交渉権を決めるくじ引きが行われて……当たりを引いた監督が叫んでガッツポーズをする。
私はまるで走馬灯が浮かぶかのように、子どもの時からの鳴の投球姿を思い出していた。
あんなに、ピッチャーとしての鳴が必要とされている。そのことがもう、たまらなく嬉しかった。



***



テレビ中継は途中で終わってしまったので、携帯でネット配信に切り替えて……先に御幸くんの記者会見が始まった。
テレビの中に映る彼は、私でもわかるくらいに、苦手だと顔に出ていて、ぎこちない。

言葉少なく御幸くんの記者会見が終わって、カメラが切り替わり──鳴の記者会見が始まった。
甲子園でも散々騒がれたから、インタビューなんかはお手の物だ。いつも通り沢村賞を取りたいとか、いずれはメジャーに行きたいとか大きいことを言っているけれど……もしかしたら、もうそれは絵空事じゃないのかもしれない。
いや、きっと、鳴なら……いつかやり遂げるだろう。
きっと、〝夢〟じゃなくて、〝予定〟なんだろう。

「鳴ちゃん、本当にプロ野球選手になるのね」
「…………うん」
「お祝いしなくちゃねぇ」
「………………うん」
「………………、ケーキ買ってきなさい」
「………………うん。……えっ?」
「うちもお祝いしましょ」
「…………うん!」

結局、制服のまま私はまた家を出た。鳴には、LINEで一言だけお祝いのメッセージを送っておいた。Twitterを開いてみれば、トレンドはドラフト会議のキーワードばかりだった。
トレンド一位が「成宮鳴」。二位が「鳴ちゃん」。
記念にスクリーンショットを撮った。



***



誕生日じゃないのに、ホールケーキを買うなんて、贅沢だ。
浮かれて誕生日祝い用の蝋燭も買ってしまった。ケーキ屋さんを出たところで、ポケットの携帯が震える。追加のおつかいを頼まれるのかと思って画面を見ると、トレンド一位の幼馴染の名前。
こんなに早く連絡が来るとは思ってなかったから、私は慌てて通話ボタンをタップする。

「あ! !?」
「鳴」
てっきり鳴の周囲は賑やかなのかと思っていたけれど、驚くくらいに静かだった。
「見てたよ。おめでとう」
「ありがと! あのさ、結婚しよ!」

あのね、今日は話したいことが沢山あって──────え?

「え…………え?」
「俺プロ野球の選手になったから、、将来結婚して! もう予定に入れて置いて!」
「え…………鳴」
「勝手なこと言ってるけど待ってて! それだけ言いたかったんだよね。じゃ、落ち着いたらまた連絡するから!」
「ちょっ、待っ」
プツンと通話が切られて、ツーツーと待機音が耳に馴染むように響く。
「すみません、いいですか?」
声をかけられて気が付けば、私はケーキ屋さんのドアの真ん前に立ち尽くしていて……慌てて人を避けて、家への道を歩き出す。

頭の中で何度も何度も、さっきの鳴の言葉が繰り返される。
私は何かに操られているかのように帰宅して、冷蔵庫にケーキを仕舞って、鞄をリビングに置きっぱなしのまま、自分の部屋へと入る。

ドアに寄りかかってずりずりと背中をこすって、座り込む。

鳴は…………どこまでも鳴だ。
あの人、さっきプロポーズした。あんなにいつものことを話すような素振りで。…………私の返事も聞かずに。断られるなんて思いもせずに電話を切った。

「え、えー……?」

こんな風に思いもよらない言葉を言われることは、初めてじゃない。

『じゃあ、付き合って』
『彼女になって!』

急に付き合い始めた時のことを思い出す。あれは、告白じゃなかった。ただ、彼氏彼女という関係に変わるきっかけに過ぎない。
けれど、あの日から私たちの関係は変わって……初めて離れることに不安も戸惑いもあったけれど、ここまでやってきた。
…………これからも、こうやって行くのかもしれない。

「………………」

………………私たちは、将来夫婦になるらしい。

Title : 確かに恋だった