新しい私
名字が変わるのって、どうしてこんなに大変なの。
プロポーズを受けて、婚姻届を書いて。戸籍謄本を取り寄せて、役所に提出。ここまでは楽しかったし、鳴と自分の二人だけ、新しく作られた戸籍が、くすぐったいくらいに嬉しかった。
結婚という一大イベントに、浮かれていたのかもしれない。
会社に名字が変わったことを報告して、保険証を作り直して。
この時は「成宮」と書いてあるのを見る度に、嬉しかった。
……けれど。携帯電話、銀行口座やクレジットカードの名義人の変更。パスポートの変更を申請している頃には、その感動も薄れていて……。通販サイトなんかは、数が多くて途中で挫けてしまって、次に利用するときに都度切り替えていくことにしたのだ。
そして、会社の先輩から「忘れやすいから気を付けて」と言われていた、年金手帳。
諸々の手続きを終えるころには、クタクタだった。
休みを取って役所を一気に回ったためか、急に冷たい冬の空気が訪れたからか──久しぶりに本格的な風邪をひいて、這いずるように病院に行ったのだ。
鳴がシーズン中だったら、移さないように気を付けなければならない。そんなことをぼんやりと思いながら問診票を書いていたら、名前を思いっきり旧姓で書いてしまっていた。散々書類に「成宮」と書いてきたのに。やっぱり熱で頭が鈍っている。
問診票を提出して、待つこと数十分。もうそろそろ呼ばれるかもしれない。
「成宮さん、成宮さん、診察室1番にお入りください」
あれ、私の前に受付していたおばあさんがさっき呼ばれていたから、次は私の番だと思っていたのに。違ったみたいだ。
あぁ、喉が痛い。身体が重い。もう帰りにレトルトのお粥を買って、食事はそれで済ましてしまおう。食欲は無くなっていなくてよかった。
「成宮さん、成宮さん、診察室1番にお入りください」
さっきの人、また呼ばれてる。立ち上がる人がいなくて、待合室の人みんなに、「誰だろう?」って表情が浮かんでて……はっとなる。これ、私だ!
慌てて立ち上がって診察室に向かう。
今まで行った手続き──役所や銀行なんかは番号札で呼ばれるし、ネットの申請はただ文字を打つだけ。職場では旧姓のままで仕事をしているから……もしかしたら、「成宮さん」と呼ばれるのは初めてかもしれない。
凄く不思議で、くすぐったい。……もしかしたら、熱があがったかもしれない。
今はまだ、耳で「成宮さん」と呼ばれても、脳が自分のことだと認識していないけれど──これからきっと、少しずつ慣れて、いつかそれが〝当たり前〟になるのだと思うと、とても……とても、不思議だった。
「風邪ですね」という診察を受けて、隣の薬局で処方箋をもらう。そうだ、お薬手帳……。やっぱり旧姓のままだった。残りページが少なくて、もうすぐ使いきれそうだったので、これはそのままにしておくことにして。
薬局では、「成宮さん」と呼ばれて、直ぐに反応できた。
こうして、私は少しずつ、「成宮」になっていくのだろう。