季節外れの夏を仰いで
五月の終わりに開催された体育祭は、雨の心配どころではなく……熱中症対策が必要なくらい、暑い日だった。
「本日の最高気温は35度。なるべく屋内で、エアコンをつけて、熱中症対策を万全にしてください」
気象予報士のお兄さんが真剣にカメラに向かって注意してくれる。本音を言うならば、私だって涼しい部屋で授業を受けたい。けれど、学生にその選択肢はなくて──。
「暑さ対策、しっかりしなさいよ」
母の言葉に憂鬱に頷いて、いつも試合観戦に持っていくセットを確認して、バッグインバッグにまとめてある暑さ対策セットを丸ごと、スクールバックに放り込んだ。
年々、夏の最高気温は上がっているけれど、五月に熱中症の心配をする必要があるなんて。温暖化の影響だとか、誰か倒れるだろうとか話しながら、体操着に着替えて、日焼け止めを厳重に塗りたくる。
「、その日焼け止め高いやつじゃない?」
「うん」
「このボトルの何?」
「スプレータイプのやつ。塗りなおしが楽だから」
「それ気になってたやつ! ちょっと手だけ試してみてもいい?」
「いいよー」
日焼け止めの予備。塩タブレットを多めに。凍らせてきたスポーツドリンクと、常温のスポーツドリンク。携帯用冷却パック。携帯型扇風機……は気休めだけど持っていこう。後は大判のバスタオルを頭に被って。
「…………、ちょっとガチ過ぎない?」
「え、普通じゃない?」
「いや、相当気合入ってると思う」
「まだ体が暑さに慣れてない時期だから、これくらい用意しておいた方がいいかと思って」
「気象予報士と同じこと言ってる……」
「プロの意見だからね」
クラスで一番の重装備で教室を出たら、学校で一番気合が入っていたかもしれないくらい、みんな軽装だった。
***
一つ競技が終わるごとに、少しずつスポーツドリンクを飲んで、気が付いた時に日焼け止めを塗り直す。
「汗がヤバい!」
「こんな日に運動させるなんて絶対おかしい!」
「ちょっと……ヤバいよね……」
クラス対抗の学年種目を終えて自分の席に戻ろうとしたとき。
隣を歩いていた友達がフラフラと地面に座り込んだ。
「どうしたの?」
「大丈夫?」
声を掛けるのは他の子に任せて……私は自分の席まで走る。椅子の下に置いてあるポーチと、新しいタオルをひっつかんで、また友達のところまで走った。
「これ塩タブレット! あと水!」
座り込んだ子にバスタオルを被せて、携帯用冷却パックを二つ叩いて、両側から首に当てた。
「保健室の先生呼んできて!」
「分かった!」
「、ありがと……」
「喋らなくていいよ。きっと直ぐ先生来るから。保健室で休ませてもらおう」
顔を見たところ、意識はしっかりしているみたいで、少しほっとする。日陰に移動した方がいいけれど、無暗に移動させるのも躊躇われる。ポーチの中から扇子を取り出して、風を送る。
「先生! こっちこっち!」
こういう時の時間って、いつもよりもずっと遅い。けれど先生も走ってきてくれたみたいだった。
「熱中症だと思います。さっき塩タブレット食べてもらって、水分も摂ってもらいました」
「体温が高いわね。保健室で休みましょう。歩けそう?」
「…………はい。ゆっくりなら、大丈夫だと思います」
先生に付き添われてゆっくり移動していく友達を見送って、人心地付けた。
「よかったー」
「凄い速かったね」
「徒競走の時より早かったんじゃない?」
「そうかもしれない……。でも熱中症は怖いから。毎年亡くなってる人がいるし。みんなも水分と塩分ちゃんと補給してね」
「うん、塩タブレット持ってくればよかった……」
「多めにあるから食べていいよ。教室の鞄にもう一袋あるし」
「準備よすぎじゃない? 扇子も持ってたんだね」
「慣れてるからかなぁ」
夏の予選はもちろん炎天下で行われる。だから、暑さ対策は必須だし、球場で倒れる人も少なくない。そういうので、他の人よりも対応に慣れている部分があるんだろう。
クラスの席に戻って、みんなに塩タブレットを配る。
こういう行事って、それに熱中してしまうと他のことが疎かになりやすいのだ。
「…………でもが居なかったら、って思うとちょっとぞっとするね」
「お勧めの対策ある?」
「頭にタオルかぶってると違うよ。バスタオルとか便利」
「スポーツタオルだけど頭に被っておこう……。あ、確かにちょっと違う」
「でしょ」
結局、保健室に行った子はお昼休みになって戻ってきた。
お弁当を食べられるようで、ほっとしつつ、よかったと声を掛ける。
「、ありがとう。保健室の先生も感心してたよ。『お友達が対応出来てよかったわ』って。タオル、洗濯して返すね」
「うん。そのまま使ってていいよ。また気分悪くなったりしたら声かけてね」
「うん、水分こまめに摂るようにする」
***
結局、体育祭では熱中症になる子が他にも居たみたいで……。暑すぎる日の実施は延期することが検討されるようになる。
私たちはこの日を乗り切れば終わりだけれど、高校球児はそれでも外で試合をするのだから、末恐ろしい。
いっそ全部スタジアムじゃなくてドームになればいいのに、と思うけれど、空の見えない甲子園は何かが違うような気がしてしまうから、難しい。
せめて、八王子はもう少し涼しくて、暑さが鳴達の野球を懸念する材料にならないように、遠くの空を見て小さくため息を吐いた。