ロマンスの暴君
中学三年になってから一ヶ月が過ぎた、五月。ゴールデンウイークを終えて五月病なんて言葉が聞こえるけれど、受験生はとてもそんなことを言ってはいられない。担任の先生から知らされる、近隣の高校の学校見学や一日体験入学の案内。通学にかかる時間や偏差値を確認しながらどこに行こうかと友達と話す。……鳴みたいな人は高校選びで人生が変わるだろうけど、私みたいな一般人も、高校選びで何か変わるんだろうか。
そんなことをふと思ったのを見抜かれたのか、目の前の友人から鳴の名前が飛び出した。
「隣のクラスの子が成宮くんに告白したんだってー!」
恋愛は私たちにとって興味の尽きない話題だ。あの子は誰が好きだとか、誰と誰が付き合っているとか。……もっとも、私はたまについていけない時があるけれども。
「ねぇ、ちゃんと成宮くんって付き合ってるの? 成宮くん『彼女いる』って断ったって噂だよ」
思わずぎくりと大きく肩を揺らしてしまった。
「それが……よく分からなくて」
これが、今の私の正直な気持ち。
「分かんないって、何が?」
ありのまま全部を話すことはせずに、かいつまんで説明する。
鳴は推薦で私立の高校に入って、寮生活になるであろうこと。
私はその私学を滑り止めにも本命にもしないこと。
それを鳴に話したこと。
…………そうして、交換条件のように『彼女になって』と言われたことも。
「断ってないんでしょ?」
「…………うん」
「それって付き合ってるってことだよ!?」
「やっぱり、そうなるんだよね」
「やっぱりも何も! それしかないよ!」
「……ちゃん、嫌なの?」
嫌。そんな風に思ったことも考えたことも無い。だって、私にとって鳴がそばに居るのは当たり前で。今までずっと隣に居た。これからもずっと隣にいるんだろう。
年が明けて、鳴の誕生日を祝って。バレンタインにはチョコを渡して、ホワイトデーにはお返しをもらう。春も、夏も、秋も、冬も……ずっと一緒に過ごしてきた。それでも、私たちの関係は『幼馴染』だった。
それが、『彼氏と彼女』という名前に変わっても……今までとそんなに変わらないような気がするのだ。
「…………嫌ではない…………かなぁ……」
「…………成宮くんが告白されたって聞いて、どう思った?」
鳴が、女の子に告白された。好きだと言われた。
……告白した子は、鳴のことをどれだけ知っているのだろう。野球のことに一直線で、勝った時のキラキラとした笑顔を知っているのだろうか。負けた時の不機嫌な顔も。前にヒットを打たれたバッターを三振にしたときの顔も。強打者だと噂の子を打ち取った時の得意げな顔も。……きっと、きっと、知らないのに。
「……………………ちょっと、もやもやする」
「きゃ~~! ちゃーん!!」
「おめでとう~!」
二人の友達にもみくちゃにされながら、それでも私はすっきりしない気持ちを抱えていた。
……そして、盛り上がっている友人たちに、この前帰り道にキスされたことを話す勇気は、とてもないのだった。
***
放課後。今日は私のクラスの方が先に終わったようなので、鳴のクラスへ向かう。ドアに辿り着く時に丁度先生が出てきた。タイミングよかったな、と教室を覗き込んだけれど、鳴は隣の席の女の子と話をしていた。……いつもなら、すぐに私が来たことに気が付くのに。
鳴が、私の方を見ていない。別に気にするようなことじゃないのに……どうして、何か引っかかるんだろう。
あんまりその光景を見たくない。私は声をかけずに、廊下の窓から外を眺めることにした。
中庭に咲いている花を見ようとしたのに、ここからでは木の影になってしまって花は一つも見えなかった。
……鳴はまだ来ない。……一体、あの子と何を話しているんだろう。
盗み聞きなんてしたくない。だから、一生懸命他の音を聞くように意識した。
何となく教室を振り返りたくなくて、もう意地で中庭を見続けている。……木の数でも数えてみようかな。
「何見てんの?」
背中と肩に柔らかい衝撃。耳の直ぐ近くから飛び込んできた声。反射的に振り向いたら、顔がぶつかりそうなくらい近くに鳴の顔がある。私の肩に顎を置いて本人は涼しい顔しているけれど、私は思わず声を上げて後ずさってしまった。……鳴は基本的にパーソナルスペースが近いから、これくらいは珍しいことじゃないのに、なんでか私の心臓はいつもよりも跳ねている。
「帰ろ」
「う、うん」
……なんでだろう。友達に鳴のことを話したからだろうか。いつもよりもぎこちなくなっているのが自分でもわかる。
一歩分距離を空けて歩き出した私に、鳴は何も言わなかった。
帰り道。
学校であったことと、今日する練習内容について話しながら道を進む。
「、車きたよ」
そう言って、鳴は私の手を取った。
……さっき、学校で顔が近かったのには驚いたのに、今はまったく何ともない。
我ながら自分の心がよく分からない。
「ねぇ」
「何?」
「……鳴はなんで、私に彼女になって、って言ったの?」
少しだけ上にある鳴の顔を見て、気がついたら言葉が零れていた。
「…………」
直ぐに何かしら返事をしてくれると思ったのに、鳴は何も言わない。歩いていた足も止めて、私のことを見ている。……取られたままの手が、ぎゅっと握られた。
「って本当、のんびりだよね」
「……そうかなぁ」
「そうだよ。普通なら口にキスされたらもっと反応するもんだよ。幼馴染って言っても、俺たちアメリカ人じゃないんだし」
確かに、この前……一度だけキスされた。
「ちょっと考えてみなよ。この先、俺よりのこと理解してて、俺よりカッコいい男なんて現れないと思うよ」
さらっと自分のことをカッコいいと言うのがすごい。
確かに野球をしているときの鳴はカッコいいけれど。
「仮にそんな人現れたとしても、絶対俺のこと許せないんじゃないかな」
「…………そうかなぁ」
「この前キスしたけどさ」
「…………うん」
「俺以外の人にされたら」
「え、やだ、無理」
他の男子とあんなに顔を近づけるなんて、想像しただけでも無理だ。
手をつなぐのだって、さっきみたいに肩に顎を乗せられるほど近くに体を寄せるのだって、とても出来ない。
想像するだけでも、何か嫌な気持ちになってしまう。
『…………成宮くんが告白されたって聞いて、どう思った?』
『……………………ちょっと、もやもやする』
もやもやした気持ち。
手をつなぐのも…………キスされるのも、もしも、鳴じゃない人だったらと想像するだけで嫌な気持ちになる。
ということは……私にとって、鳴は特別な存在ということなのだろうか。
なんだか、数学の証明問題みたいだ。
家の前、門を開ける前に、鳴はまた私にキスをした。
この前は何とも思わなかったのに……私は急に恥ずかしくなってしまって、逃げるように家の中に入った。
十五分も経たないうちに、私を練習に付き合わせるために、鳴は再び家にやってきて、ちっとも逃げられなかったのだけれど。
Title : 惑星