ほら、やっぱり

二月の沖縄の気温は、身体を動かすのにちょうどいい。
冬の寒さを避けるために南に移動するなんて贅沢な話だと思っていたが、三年も経つとすっかり慣れきってしまった。
毎年から「沖縄はあったかくていいなぁ」と送られてくるのも、もはや風物詩となっている。
キャンプインにあわせて取材やファン対応も始まるから、二月から〝プロ野球選手〟としての営業再開、といったところだろうか。
まぁ、冬の間も何かしら仕事はあるから、ずっと〝プロ野球選手〟であることに変わりはないのだが。

自分たちが体を動かすことを目的に、記者やファンがやってくる。
スポーツ選手というものは、どこか不思議なものである。

昼食を終えて午後のトレーニングを始めようとしたところで、マネージャーから声をかけられた。めったに足を踏み入れない部屋に入り、何かあったのかと思えば。
「これ、来週のやつ」
何も考えずに差し出された紙を受け取り──折りたたまれていたそれを開く。
そこには、アナウンサーの腕を掴んだ自分の姿が、嫌味ったらしいあおりとともにプリントアウトされていた。
「はぁ!?」
合成写真だ。全く身に覚えがない。週刊誌のやらせってここまでやるのか。その労力を違う方向に使った方がいい。
そう文句を続けようとしたが、スタッフに手で制されてしまった。
「一昨日のインタビューの時だ」
「全く記憶にないんだけど!?」
「カメラ止まったあとにアナウンサーが転びそうになったのを支えただろ」
……そんなことあっただろうか。
何も意識していないことだったから、さっぱり思い出せない。
それでも、スタッフが見ていたということは、そういうことがあったのだろう。
そうなると、この写真は……合成ではなく……。
「まさかさぁ」
「そのまさかだ」
「嫌がらせじゃん! 転びそうなの支えただけなんでしょ!?」
ご丁寧に、自分たち二人以外は存在しなかったかのように切り抜かれた写真。
周りにはカメラマンやらマイクや照明を担当する人間、球団の職員だって一緒にいた。
転びそうだった人間を助けた──人間として当然のことをしただけだ。
アナウンサーもお礼を言っただけで、他意なんてどこにも存在しないのに。写真も見出しも記事の文章も、悪意の塊でしかなかった。
「差し止めてよ!」
「それも記事にされるぞ」
「ふざけんな!」
破いてやろうかと思ったけれど、その行動にまるで意味がないことに気が付いて、余計に腹が立った。

呼ばれた理由はこれだけだというから、更に怒りが増す。
やっぱり破いてやればよかった。マイナス100がマイナス99に変わるだけだが、一つ数値が変わったという事実は残る。
部屋を後にして、グラウンドに向かう途中でに電話をかけた。
──十二時三四分。今は昼休みのはずだ。

呼び出しのコール音が数秒響いて、すぐにに電話がつながった。
「もしもし? ごめん、ちょっと待って」

おとなしく待つこと十秒──普通の会社に勤めたことはないが、職場での電話は家にいる時とは違って気を遣うということは、自分でもわかる。
高校の時から、は俺との関係をオープンにしていない。
大学で周りに遠距離恋愛だと誤解されてから、周囲にはずっとそう説明しているらしい。
試合のために近郊にも遠方にも移動することが多いから、間違ってはいないともいえる。
おまけに今は電話もLINEも、通知で俺のフルネームが表示されないように設定を変更しているという徹底ぶりだ。

「お待たせ。ごめんね、どうしたの?」
「……………………」
せっかく電話をして会話ができるのに、話の内容が理不尽過ぎる。
もっと別のことを話したい。でも説明しないわけにもいかない。
改めて週刊誌が憎くなった。
深くため息をついてから、に説明を始めた。


***


「うわぁ」
「もうちょっと反応の仕方あるでしょ」
「んー、なんか……凄いね。芸能人みたい」
「そうじゃなくて!」
「分かってる。大丈夫。疑ったりしてないから」

ふと、彼女から嫉妬されたことってないな、と思う。
周りの人間からはよく「彼女と喧嘩した」とか、「野球と私どっちが大事なの」と詰め寄られたとか(俺はこの時本当にそういうことを口にする人間がいるのかと感心した)聞くけれど。
は……そういうことを言わないだろうな。
理解のある恋人というのは、ありがたいけれど……。

「……………………」
?」
「…………そのアナウンサーさんに、ドキッとしたりした?」
「全然!」
もしかしたら、これが初めてが嫉妬した瞬間なのかもしれない。
そう思うと、こんな事態なのに胸が熱くなってしまった。

「…………大丈夫。鳴が昔言ってたじゃない。〝俺よりも私のことわかってる男はいない〟って。私も自信持ってる。私よりも鳴のことをわかってる女の人は……おばさんとお姉ちゃんたちしかいないって」
「結構多くない?」
「家族以外では私が一番です!」
の言葉を聞いて、色々なことが納得できた。
家族を抜きにして、俺よりものことをわかっている男はいない。
同じように、よりも俺のことをわかっている女も存在しないのだ。
それを理解していて、自信を持っていて、俺のことを信頼してくれているから──彼女が嫉妬したりすることはないのだろう。
それに、嫉妬されることよりも、嫉妬する必要がないくらい信頼し合っていて──彼女を安心させている方が、ずっとカッコいい。

「成宮、午後の練習始まるぞ! 悪い、電話中だったか」
「ごめん、そろそろ行かなきゃ」
「私も昼休みが終わるから、またね」

午後の練習に精を出して、夕方からはピッチャーのミーティングが行われる。
着替えてミーティングルームに向かう途中、携帯を見てみれば、からLINEが来ていた。

『鳴は注目されてるし、いろんなことがあるけど、私は大丈夫。心配しないで、野球に集中して』
メッセージに続いて、ファイト!と言っている猫のスタンプ。

注目されたり、テレビに映ったりすることなんて、どうということもない。
でも、もしも逆の立場だったら──自分は彼女のように言葉を返したり、振る舞うことは出来ない。
は俺のことをよく『凄い』と言うけれど。
本当にすごいのは、俺じゃなくて──ずっと信じて待っていられる、彼女の方なのだ。
だから、その気持ちを絶対に裏切らずにいたい。

やってみたいことも、成し遂げたいことも、山ほどある。

トレーニングを積み重ねて、いつか必ず達成する。
昨日も、今日も、明日も──俺は野球に邁進するのだ。

Title : あくたい