君の時間を貰える贅沢
秋雨前線が大活躍していて、連日雨が降っている。
ここのところ、室内で筋トレくらいしか出来ていないから、鳴はあまり機嫌がよくない。
たまには私の勉強に付き合って、と声をかけたら、素直に私の部屋にやってきて……いつものクッションを抱えながら、私に歴史の年号をクイズで出してくれている。
「長篠の戦い」
「15……75年」
「正解。本能寺の変」
「15……81年?」
「バツ。82年」
「あー……」
「秀吉の天下統一」
「15……87年くらい?」
「全然違う。1590年」
「全部関ヶ原の戦いみたいにキリのいい数字ならいいのに……」
「まぁそう都合よくはいかないよ」
「休憩! おやつ!」
「はいはい」
机の上に手を伸ばして伏せた私の頭にぽんと鳴の手が乗せられて、鳴が立ち上がる。紅茶を飲もうとマグカップを手にしたら空っぽで……空のカップを持って、私も鳴の後を追いかけて部屋を出る。
「どーしたの?」
「紅茶淹れるの」
「そう」
さっきのお返しに階段を下りていく鳴のつむじを軽く押したけど、何か言われることはなかった。
おやつと紅茶──と言ってもティーバッグだからお湯を注いだだけだ──を手に、二人で階段を昇り、再び私の部屋に入る。
紅茶を蒸らしてる間に、勉強机の引き出しから折り紙を一枚取り出した。
夏の終わり、来年甲子園を目指す高校球児に仲間入りする鳴に、千羽鶴の制作を頼まれた。
受験勉強もあるからとても一人で千羽なんて折れない。せいぜい五十羽くらいが限界になると思うけれど。
……千羽いないのなら、千羽鶴とは呼べないような気がするのだけれど、他の呼び方がわからないので、便宜上〝千羽鶴〟と呼んでいる。九月の頭から、勉強の息抜きとしてコツコツと鶴を折っている。
鳴はおやつをつまみながら、私が鶴を折っているのを黙って見ていた。
「……鳴も一つくらい折る?」
「えー」
「金の折り紙あげるから! 鳴も参加して!」
「まぁ一つくらいならいいか」
押し付けたように渡した金の折り紙が、鳴の手で鶴に変わっていく。珍しい光景だから、思わず自分の手を止めて鳴の手を見ていた。
過ぎていく季節。あと半年もしたら、私たちは別々の道に進む。
受験勉強も、鶴を折ることも……。言ってしまえば、離れるための準備になるわけで。
……お互いに納得して、別々の進路を選んだ。
だけど、今こうして目の前に居るからなのか、私はまだ……鳴のいない高校生活を上手く思い描けていなかった。
「高校入って離れるのって、どんな感じなんだろうね」
マグカップからティーバッグを取り出して、小皿に移す。
「鳴、想像つく?」
「まだあんまり」
「だよね、私も」
「…………」
「…………」
一足先に折り始めていたから、私の鶴が先に完成した。
すっかり完成した鶴の専用になってしまった籠に、出来上がった青い鶴を入れる。鳴の鶴ももうすぐ完成する。
「一緒の高校っていうのも、楽しそうだよね」
私の言葉に、鳴が手を止めて顔をあげた。
「…………でも、は稲実には行かないんでしょ?」
「鳴も、家から通える範囲の学校には行かないでしょ?」
「……………………」
「……………………」
数秒見合ってから、鳴はまた視線を落として折り紙を進めていく。
私もまた鳴の手元に視線を落とした。
「でも、外国に行ったりするわけじゃないし。同じ都内だし」
「前向きだね」
鳴の折っていた鶴が完成した。
せっかくだから、さっき私が折った鶴と並べて、携帯で写真を撮って……鳴にもメールで送ることにした。
「時差とかも無いし。それに離れたって、それがきっかけで人間が変わる訳じゃないよね。私と鳴のままだよ」
「そう?」
「鳴は野球をやって、私はそれを応援するでしょ。今までと同じじゃない」
「…………ってたまに凄い度胸のあること言うよね」
「そう?」
「それ俺の真似?」
「えっ、あっ本当だ」
まったくの無自覚だった。
でもこれだけ一緒にいたら、同じ返事をすることだって珍しいことじゃない。
鳴は携帯を取り出して確認している。さっき私が送った折り鶴の写真を送ったメールだろう。
「そうだ!」
「何?」
「折り鶴の写真、待ち受けにしよ! 甲子園の願掛け!」
「願掛けなんてしなくても甲子園には行くよ」
「それだと千羽鶴もいらないことになるけど」
「………………」
「………………」
「嫌なら別にいいけど」
「嫌とは言ってないじゃん!」
この日から高三の夏が終わるまで、私たちの待ち受け画面はずっと二羽の折り鶴となる。
Title : morrina