登場キャラにとても厳しめです。
なんでも許せる方のみどうぞ。
アトロポスの神託
六度目の申請でようやく彼女への謁見の許可がおりた。エリア11へ赴任する日まで、もう指折り数えられるほどの日数しか残っていない。スケジュールに余裕はなかったが、他でもない彼女に逢える機会を逃す訳にはいかない。無表情で日時を告げる彼女の側近に弾む声で返事をする──クロヴィスは幸福だった。
とっておきの服を着て、ここ最近で一番出来のよい絵を持っていこう。一番美しく咲いた薔薇も。彼女には薔薇の花が似合う。
どの贈り物も丁寧に返却されてしまうけれど、だからと言って捧げることを止められはしない。捧げずにはいられないのだ。
──それほどに、彼女は美しい。
ブリタニアを発つ二日前。
花と絵を手に、クロヴィスは大公の邸へと赴いた。
応接間に通され、ソファに腰掛ける彼女が視界に入る。国を離れる前にお会い出来て嬉しい。言葉にならない万感の思いを込めて、クロヴィスは跪く。
「お会い出来て光栄です、大公殿下」
「……あなたはいつも、許可するまで何度も申請するでしょう」
「今回ばかりは間に合わないかと思いました」
「……日本へ行くそうですね」
「ご存じでしたか。ありがとうございます」
彼女が自分のことを知っていてくれていることがこの上なく嬉しい。
「どうぞ、掛けなさい」
「ありがとうございます、殿下」
向かいのソファを指し示され、腰を下ろす。足を揃えて座る眼前の彼女は、それだけで絵になるように美しい光景だった。
「…………また絵を持ってきたのですか?」
「はい。是非見て頂けたらと。……受け取っていただけたらもっと嬉しいのですが」
「…………あなたも懲りませんね」
呆れたように小さくため息をつかれてしまったが、それすらも美しいのだから恐ろしい。
「絵をお持ちしました」
彼女の側仕え──ウィルという名だ──が絵を持ってくる。アリエスの離宮を描いた今回の絵は特に自信作だ。もしかしたら、何か言葉をかけていただけるかもしれないと期待を抱く。
「よろしいですか?」
「どうぞ」
キャンバスにかけていた目隠し布が外され、絵が露になる。
庭園に咲き乱れる花を描いた絵だ。果たして彼女に気に入っていただけるだろうか。花の色を再現するのに苦労したこと。一際大きく描いた薔薇の花が美しく描けて気に入っていること。いくつもの事が頭に浮かぶ。そのひとつひとつを聞いていただけたら、こんなに幸せなことは無い。
「そうですか」
しかし、クロヴィスの思い描いていた夢は現実にはならない。
大公は一瞬絵に視線をやっただけで、直ぐに手元のティーセットに視線を戻してしまった。
「今度こそと思っていましたが、やはり殿下の御眼鏡には敵いませんでしたか」
「………………」
「審美眼にかなわなかったのは残念ですが……。お会い出来たので心置きなく出発出来ます」
「……志願されたと聞いています」
「はい。ルルーシュやナナリーが…………兄弟が眠る場所です。静かに、平和な場所になって欲しいではないですか」
「クロヴィス殿下、お時間です」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。ウィルに声をかけられて、訪れる別れに気持ちが萎む。
「もう時間ですか……。いつになるか分かりませんが、帰国した際にはまたご挨拶に伺わせていただきます」
「…………クロヴィス」
「はい、殿下」
「……さようなら」
微笑みを浮かべて発せられた別れの言葉が悲しい。けれど──やはり彼女は美しかった。
「…………殿下、またお会いする日までお元気で」
礼をしてから扉へ向けて歩き出す。応接間の前の通路には、ゴヤの『運命の女神達』が掛けられていた。
***
三十分という短い謁見だったが、その倍以上の時間を過ごしたかのように、彼女の身体に疲労が襲う。クロヴィスは皇族の中でも特別熱心に彼女を信奉していた。
姉上とお呼びしたいとか、絵のモデルになって欲しいだとか、数えるのが馬鹿らしくなるほどの回数を言われてきた。
返事はいつも否だったが、それでも彼はめげることなく謁見の申請をし続けるのだ。
「絵は?」
「いつもの通り、お持ち帰りいただきました」
「そう。お茶を淹れなおしてもらえますか」
「畏まりました」
主人の気分を理解して、言葉少なく去る少年の背中をぼんやりと眺める。
不愉快過ぎて口を開きたくないのだ。
『またお会いする日までお元気で』などと言っていたが、もう二度と会うことは無いと口にしなかっただけ、優しいだろう。
絵がどうだとか、総督に志願したとか、情報として頭には入っているが、微塵も興味がない。
応接間のドアを出たときに視界に入る場所に、『運命の女神達』をかけていたが、気付いただろうか。
所謂『黒い絵』と呼ばれる作品の一つ、描かれているのは文字通り運命を示唆する女神と、運命に翻弄される男。
クロヴィスが去った後、直ぐに絵をかけ替えるつもりだった。
けれど、もう少しこのままにしておこうか。――――死にゆく者への手向けとして。
新しく淹れられた紅茶を手に、大公と呼ばれる少女は小さく笑った。
黒い絵はショッキングな絵なので、お調べになる際はお気を付けください。