生きていく 1
「じゃあ、出発しますよ」
「えぇ、お願いね」
バラバラとヘリコプターが回転翼の音を鳴らす。事前に講習を受けたとはいえ、ヘリコプターの運転はかなり久しぶりだ。
機体は宙に浮いた後、不安定に前後左右に揺れたが、じきにそれも治まり、安定した動きで地上から青い空へと飛び立った。
真下に見えるのは一面の青い海。眩しい日差しに僅かに目を細める。
久しぶりの、地球だった。
***
ユニウス条約が締結されてから数か月後。
時世の落ち着きや身の回りの騒動、知人の進退などが落ち着き始めた時に、ロミナのかねてからの希望を叶えるための計画が始まった。
プラントだけではなく、地球の政府を通して諸々の申請、手続きを終えて──行っているときは果てしなくて終わらないのではないのかと思ったけれど──それはようやく実現した。
たちは今地球の空にいる。ロミナの希望で他の人の随伴を断り、二人乗りのヘリコプターに乗り込み、目的地を──ニコルの戦死した場所を、探している。
「本当に小島ばかりなのね!」
ヘリの音に負けないよう、滅多に聞くことの無いロミナの大声がの耳に届く。
はあまり思い出したくはなかった記憶を脳みその隅から引っ張り出しつつ、ヘリコプターを操る。
「確かこの辺りで戦闘が始まったはずです!」
小島だらけの海域。見間違えることの無いように慎重に言葉を発した。
あの日の記憶を甦らせ、目には見えない道をヘリコプターでゆっくりと辿る。
一度海中に落ちてストライクとイージスから離れたは、二機の場所まで移動しようと座標を確認したのだ。その数値を、ようやく思い出せた。
「………島に向かってもいいですか!?」
しばらく戦闘の始まった海域に駐留し、頃合いを見計らって言う。
後ろの座席を見れば、ロミナは身を乗り出さんばかりにして外の景色を眺めていた。思わずシートベルトが正しく着用されているか、彼女の腹部を確認する。
それは正しく身についていて、はほっと息をついた。
「…………えぇ、お願い」
ロミナがしっかりと頷いたのを鏡越しに確認して、は小さな島を目指してレバーを傾けた。
その場所は、小さな浜を持つ、小さな島。
ニコルが──ブリッツが、イージスをかばってストライクに攻撃し、そして爆発、四散した場所。
ヘリを着陸させる場所がないので、その時は上空から確認するに留まり、一度空港に戻り今度は船に乗り込み島を目指す。
***
到着した船を一番に降りたは、初めて島の砂を踏んだ。柔らかなそれに足が沈んでいき、歩くのに少しコツが必要だ。
後から降りてくるロミナの手を取り、支え、そして二人で手を繋いで浜辺に立つ。
波の音が懐かしい。カーペンタリアでも、潜水母艦でもニコルと聞いた音だ。
「………この、浜辺です」
「…………………」
手を繋いだまま二人で浜辺を進む。
「この辺りに、ストライクが居て………少し離れたあっちの場所に、イージスが」
「……………………」
「……ブリッツは、…………ニコルは向こうから走ってきて…………それで…………」
モビルスーツのカメラを通した目算だが、恐らく。
「ここ…………の辺りだと思います」
ロミナがずっと来訪を望んでいた、ニコルが戦死した場所だった。
ロミナは小さくしゃがみ込み、浜辺の砂の感触を確かめた。は海風になびく髪を整えることもせず、それを黙って見つめていた。
今でも、昨日のことのように思い出せる。
『アスラン下がって!』
ニコルの声、そして、ブリッツがストライクに突進していく姿。
手を加える人がいないからだろう、浜辺にはモビルスーツの残骸と思わしきものが散乱している。
ブリッツのものかもしれないし、別の戦闘のものかもしれない。
ロミナは持参してきた花束をそっと浜辺に置いた。強い風が花を揺らし、いくつかの花弁をさらっていく。
「……………………」
「……………………」
二人とも無言で、ただ、ゆっくりと時間が流れた。言葉は必要なかった。
人の姿が珍しいのか、数羽の鳥が近くに降りてきた。見たことの無い鳥だ。
「…………ちゃん」
「…………………………はい」
ロミナは伏せていた顔を上げた。やはり……その頬には涙が流れていた。それを見ての瞳からも涙が零れる。
「………………ありがとう、ここに連れてきてくれて」
そのまま、二人で肩を寄せ合って、どれくらいか分からないくらいに泣いた。それは、波の音と鳥の声しか聞こえないほど静かな時間だった。
悲しみは、時に大きくなったり小さくなったりするけれど──決してなくなることはない。
喪失には決して慣れず、胸は痛いまま。悲しみは常に隣にある。
けれど──自分たちは生きていくのだ。悲しみも苦しみも、新しく生まれてくるであろう喜びも、楽しみも、良いことも悪いことも全部を背負って。
喜びも悲しみも、生きているからこそ味わうことができるのだ。
この先、何があっても、どんなことがあっても、死ぬその瞬間まで生き抜こう。
昔、祖母が亡くなったときに母に聞いた話がある。
…………地球には、人は死ぬと星になるという逸話があるという。
もしかしたら、家族も、ニコルも星になっているのかもしれない。
……見ていて。私が……星に還るまで。
End