彷徨う心 2
その日、モビルスーツシミュレーションの授業はグループを組んでの対戦形式だった。
はニコルとラスティ・マッケンジーとグループになり、対戦相手はアスラン、イザーク、ディアッカ・エルスマンの三人。
イザークの大きな声が教室に響きながらも適切な行動でこちらを追い詰めてくる。
初めの頃はイザークの大きな声にいつも驚いてしまったが、ある時、実際のコックピットには自分一人だけで他の人の声は通信越しにしか聞こえないのだということに気が付いたらそんなに気にならなくなった。
それでも真横から聞こえる叫び声を気にせず、着々と戦果をあげるアスランの集中力に感心してしまう。
あの集中力は見習いたいところだ。対戦はたちの負けでその日の授業を終えた。
「やっぱりアスランとイザークが相手だと勝てないなー」
「そうですね、ディアッカのサポートも上手ですし……」
ラスティとはグループを組むことが幾度かあり、今ではすっかり友達になっていた。
ニコルを含めて三人で行動することも多い。
「もうちょっとしっかりとした作戦をたてないとダメかなぁ」
「でも実際に戦うのは地球軍のモビルアーマーだぜー? モビルスーツとモビルアーマーじゃ相手にならないだろ。前にさ、モビルアーマー三十機撃破してネビュラ勲章授与された人とかいたし。
アスランとイザークはそれくらいになるんじゃないか?」
「地球軍も新兵器を開発しているでしょうし、そうとは言い切れませんよ」
「そうだね」
「それもそうか……」
結局、モビルスーツシミュレーション授業での具体的な対策は決まらなかった。
***
アカデミーでの生活に慣れて、ようやく休日に体を休める以外のことが行えるようになった日。
は出かけることにした。父の見舞いに行って、実家に行こうか。
そんな曖昧なスケジュールを考えながら寮を出る。父の病院に顔を出すのは久しぶりだった。
花屋で作ってもらった小さな花束を花瓶に活ける。
父の枕元にあるのは入院し始めたときに持ってきた写真立てと小さな花瓶だけ。
以前来た時の花束が片付けられているのは恐らくエドガーだろう。今この場を訪れるのは、多分、自分と、エドガーと、ユーリおじさまくらい。
〝コペルニクスの悲劇〟なんて名前のついている事件だが、世間はもうすっかり忘れているだろう。
悲しいとは言えないが、なんとも釈然としない気持ちがする。
父の手を取って握り、小さく話しかける。ザフトに入隊した自分に対してきっと怒っているだろう。今目が覚めたら、きっと怒られるはずだ。
怒られても構わない、目を覚まして欲しい。しかし手が握り返されることはなく、父の瞳は開かない。静かな部屋に、父の命を繋ぎとめている機械の音だけが響く。
「……………………」
小さなため息をついて、は病院を後にした。
***
晴れた日(といってもプラントは天候が調整されているが)、休日の午後。街は賑やかだ。
そこら辺を歩くカップルや友達同士のはしゃいだ会話を耳にしながら、は一人で実家へと向かうために駅を目指す。
そこに、イザーク・ジュールがいたのは偶然だった。
「あ……………」
アカデミーに入ってから、はイザークと接することを意識的に避けていた。
アスランを相手に、過剰な接し方をしているのを見て、正直……信じられなかったし、別人のように思えたからだ。
今も、軽く会釈だけしてすれ違おうとしたけれど、イザークはそれを許さなかった。
「おい」
そっけなく言って、の手首を掴む。
今日のイザークは、少しそっけなく感じられるが決して思いやりがないわけではなく、以前接したときのような話し方だった。
腕をつかまれて逃げ出せないまま、イザークに誘導されて喫茶店に入る。
そこはイザークの贔屓の店らしく、スタッフに話しかけたと思ったら個室に案内されて驚いた。
ここはそういう場所らしい。
「………………」
やっと手首が自由になって、イザークに促されてテーブルに着く。
こうまでして連れてこられたのだ、話を聞かないと解放されないだろう。
明るい茶色をした木のテーブルセットに真っ白なテーブルクロスがよく似合う。
黙ってテーブルの木目をぼんやりと眺めていると、給仕がティーセットを運んできた。
とイザークの前にそれぞれ並々とお茶が注がれたティーカップが置かれる。
そうして、イザークはやっと口を開く。
「イアンを覚えているか?」
それは、全く予想していない言葉だった。
「あの……ニューイヤーズ・イヴのパーティで会った?」
「そうだ。……あいつもザフトに入った。血のバレンタインの少し前のことだ」
「………そう、ですか」
果たして彼がしたかったのはこんな会話なのだろうか。いや、絶対に違う。
「あの、イザークさん、私に何の話が………」
「そんなぎこちない接し方を続けるつもりか? 同期になったんだし、呼び捨てで構わん」
「はぁ……」
これも本題ではないように思う。
「では。イザーク、私に何の話?」
「………なぜザフトに入った?」
今日の本題はこれだろう。
「あなたには関係ないことでしょう」
「確かにそうだが……お前が戦わなくてもいいだろう。早いうちに退学した方がいい」
「それも、あなたには関係のないことだわ」
きっぱりと突き放すように言うと、イザークは眉間に皺をよせる。そもそも退学なんて考えるくらいなら、ザフトに志願などしていない。
「………が許さないし、悲しむだろう」
……この人は、何を言っているのだろうか。が悲しむと言った? そんな、当たり前のことを?
その言葉は、今のにとって引き金となるには十分だった。
「あなたに……あなたに言われなくてもわかってる!」
はテーブルに手を叩きつけて立ち上がる。息が荒くなり、冷静さは完璧に失われていた。
「私と兄さんは兄妹なんだから! 兄さんを全部知っているかのように言わないで!」
ザフトに入って戦うなんて、家族のだれも許さないだろう。父も母も、もちろん兄も。
けれど、彼らはもういないのだ。この世界中のどこにも。唯一生きている父だって、瞼は閉じられたままで、何もに語り掛けてはくれない。
「そんなわかりきったことを言って何になるの? もう兄さんは居ない! 母も! 父だって! 私は……私は……!」
には他のやり方がわからなかった。他に自分の気持ちの持って行き方──行き場がなかったのだ。
アカデミーで戦争のやり方を学んでいるときはとても気が楽だった。ただ教わったことを身に着けるために努力すればいい。
頭も体もくたくたになるまで使い果たせば、その日の夜は何も考えずに深く眠れる。何かを考え始めればどうしたって家族の〝死〟に行き着いてしまう。
それがどうしても怖くて、寂しくて──悲しかった。
今でも兄と母の帰りを待っている自分がいる。そして父が目を覚まして、何事もなくいつもの生活に戻れる。そんな生活を夢に見る。それくらいに渇望していた。
「退学なんて絶対にしない! 他に、気持ちの整理をつけられる方法があるの!?」
「少し落ち着け!」
イザークの声が聞こえるが、耳には入っても頭の中には入ってこない。
彼に父がいないことは知っていたが、血のバレンタインのような、あんなにも突然に家族を亡くしたことのない人には、この気持ちはわからないだろう。
とてもやるせなくて、とても、気持ちを整理することも落ち着かせることも出来ない。こんなことを誰かに言うつもりはなかった。
涙を流し、泣いて、叫んで。みっともない。幼馴染のニコル相手にだって、こんな話し方はしたことがないのだ。
「わかっているわ、そんなの……」
にもアスランに対して叫ぶような接し方をしてくれれば楽だったのに。
どうして自分相手だとこの人はこうなるのだろう。わからなかった。
***
テーブルを叩いたの手が赤くなっていく。
が再び椅子に座り込んで、顔を覆って静かに泣き始めるのを、イザークは黙って見ていた。
まさか、こんなに感情を爆発させるようなことになるとは。
自分の言うことを素直に聞くことはないだろうと思っていたし、せいぜい、少し嫌味を言われるくらいだろうと予測していたが、これは完ぺきに予想外だ。
父親はテロに巻き込まれて現在も意識不明の重体。
そして母と兄をいっぺんに亡くして、本人は軍に志願するなんて、どうしたってまともな思考のものではないだろう。
地球軍への復讐が目的だと言われた方がすっきりするくらいの行動だ。
アカデミーで見る彼女は以前接した、平和な学生時代の彼女とはあからさまに様子が違っていて、明らかに無理していると付き合いの深くない自分でもわかるほどだった。
そんな状態が続いていて、幼馴染だと聞いているニコル・アマルフィが何もしないのも釈然としない気持ちで見ていた。
イザークからすれば彼女を放っておいているようにしか見えず、ニコルの性格を考えれば到底信じられないことだった。
そもそも、と友人になった時から、やつの妹自慢を散々聞かされていたし、親しかった友人の妹が、天涯孤独に近い状況に陥っている。
ずっと無関心でいろと言われても難しい。そこまで薄情な性格ではないのだ。
けれど……。
『他に、気持ちの整理をつけられる方法があるの!?』
『わかっているわ、そんなの……』
本人にも自覚があったのだ。その上でこの道を選んでいる。
自分自身ザフトに志願しアカデミーに居ることを踏まえて、これ以上説得する言葉を、イザークは持っていなかった。
泣き止むまで、待ってやった方がいいだろう。自分も感情を発散させるのには時間がかかる。
イザークは目の前にあるお茶にも手を付けずに、泣き続けるを黙って見守った。
***
酷い態度をとってしまった。ひとしきり涙を流して、思うままに叫んで頭も気持ちもすっきりとしている。
こんなにすっきりしたのは何時以来だろうか。
醜態を晒してしまって、目の前にいるイザークにどんな態度をとればいいのかさっぱりわからない。どうしよう、どうすればいいのだろう。
「……水分を補給しろ」
その言葉に驚いて、思わずイザークの顔をまじまじと見てしまう。
イザークがどういう風な人なのかわかっていたつもりだったけど、またわからなくなった。
二人ですっかり冷めてしまったお茶に手を付ける。それは気分を落ち着かせる、リラックスさせる効能のあるカモミールティーだった。
***
お互いに無言で冷たいお茶を飲み、そのあと、温かいお茶を一杯飲んで、喫茶店を後にした。
すっかり日が暮れて、寮の門限が近い。流れでアカデミーまで一緒に帰ることになったけれど、やはり会話は少なかった。
「……せめてパイロットじゃなくてオペレーターになれ」
アカデミーの寮の前についたとき、イザークが言った。声に反応して顔を上げると、イザークはまっすぐにこちらを見ていた。
それは、イザークなりの譲歩のように聞こえた。
「戦艦と戦うときは真っ先にブリッジを狙うから危険性は変わらないと思うけど」
がそう言い返せば、イザークは眉間に皺を寄せる。こんな表情ばかり見ている気がする。
「…………………」
「…………………」
二人して無言になってしまう。そこに、門限を告げるチャイムが鳴り響いた。
「あの……今日はその……ごめんなさい」
「……いや、俺も悪かった」
それだけ言って、イザークは寮の中に入っていった。その姿を見送って、も自室に戻るべく足を進める。
明日、イザークと話す際にはぎこちなくなりそうだ。
けれど、なるべく気にしないようにしたい。は小さなため息をついて、休日の一日が終わった。