あなたの隣

『戦争』を知った。

『戦場』を知った。

そして、『生きること』と、『傍にいてくれること』、『傍にいられること』、その喜びを知った。

だから────



「25日はどうだ?」
「お昼には予定があるから、夜なら大丈夫」
「なら食事でもするか」
「そうね」

地球軍との戦いが停戦交渉という形で落ち着いてから、目まぐるしい日々が続いている。母、エザリア・ジュールの逮捕から、ザフトで戦ったものたちの起訴未遂事件、そして母とディアッカと自分の裁判……世情は瞬く間に変化していく。がアスランの帰国交渉に行くと話してくれた際に、提案したのだ。「連携するために、情報交換を密にしたい」と。それから、表向きに行っていること、水面下で起きていること、世論や議員の動きなど、実に様々なことを話してきた。
通話やメッセージでは、他の人物に介入される危険があるため、結局口頭でやり取りするのが一番安全ということで、二日に一度は連絡を取り、週に一度は直接会って話をしている。
「は? まだ付き合ってないのかよ」
ディアッカに言われた言葉だ。やつの頭の中では、大切に思いあっている人間が、ここまで頻繁に顔を合わせているということは、そう言うことなのだと思うのだろう。
けれど。
「カナーバ氏は結構頑なかたくななところがあるから……」
「お前の父上の方から話をまわせないか?」
「そうね。相談してみるわ」
実態は、実務の話ばかりである。
別に、それが悪い訳ではない。今は混乱期だから、そういうことに構っていられないというのも、もちろんある。

自分との関係は、言葉にするのが難しいものなのだ。

ニコルの戦死後、共に過ごす時間は増えたが……放っておいたら食事もせずに死んでしまいそうだったを見かねてのことであったし、その後はディアッカもアスランもプラントを出ていたから、彼女以外に話が出来る人間が居なかったとも言える。けれど、彼女はもう、同僚という言葉を越えて……大切な存在になっている。向こうもそう思っているのは、話している様子や態度でわかる。けれど、お互いにそのことについて口にしたことは無い。
……ディアッカに呆れられても仕方がないような気がする。これが、他人の話だったら、自分も呆れていただろう。しかし、現実はそうもいっていられないのだ。
彼女のことは大切だし、関係を進めたくないのかと言われたら否定する。しかし、それと同時に頭に過ぎるものは──自分は罪人だということだ。裁判で無罪となったからと言って、全ての罪が即座に消える訳では無い。この罪は一生背負っていかなければいけないものだと思っている。あの裁判の後、の言葉には正直、とても助けられていたのだ。
『あなたは生きて、生きて、生きて──償い続けなければならない』

人生の意味について考えるなら、間違い無く〝償い〟というこの道だろう。あの時『他人じゃない』とも言っていた。……けれどその言葉の意味するものが『戦友』という可能性もある。
そうして、思うのだ。この関係を進めるということは、自分の人生に彼女を巻き込むことになると。
そこは、違うのでは無いのか、と。

「あ。25日、もしかしたらディアッカも一緒になるかもしれないわ」
「そうか」
「えぇ。エルスマン邸でお昼をご馳走になるの」
「は?」

ディアッカと個人的に会うのではなく、屋敷に行くのか。
思わず間抜けな声が出てしまった。

「エルスマン邸に…………?」
「そう。ディアッカが帰国したときに、軍港でエルスマン夫人と一緒になったでしょう。その時に色々話をしたから、お礼に是非、って招待されて」
今、は何を考えてこの話を自分にしているのだろうか。……恐らく何も考えていない。こいつはこういうところがあるのだ。
「随分と……親しくなったんだな」
「やっぱり、裁判の時に変わらずにいたことが大きいんじゃないかしら。面会にも何度か行ったから、凄く感謝されているみたい」
聞けば、新聞や雑誌などを細かく差し入れし、何度も面会に訪れたらしい。エターナルに組した人間は無罪が確定するまでは、殆どの人に白い目で見られていたというから、のような存在に深く感謝するのも頷ける。
感謝の印として食事に招待するのも決しておかしい話ではない。
別にそんなに動揺することではないじゃないか。こちらも、自分が出張に行っている時に母が釈放されて、代理として見舞いに行ってもらっている。は判決の時にも、ジュール邸に来ていたし……。そんなに焦ることではない……と、どこか張り合っている自分が居た。
けれどディアッカからの招待ではなく、エルスマン夫人からの話。よっぽど気に入られたのだろう。もしかして……。


…………相手はディアッカだぞ。失礼とも言えなくないことを思いながら、店を後にしようとして、軒先で足を止める。
「雨?」
「あぁ、そんな時間だったみたいだ」
「エレカはすぐそこだし、走りましょうか」
「そんなことさせられるか。待っていろ、傘を借りてくる」
軍服を着ている時だったらそうしただろうが、今はちがう。自分はザフトの白を着用しているが、は仕事用の、他所行きの服だ。それなのに雨の中を走らせるということは、出来るはずがない。近くにいた店員に傘を貸してほしいと声をかけて、手渡された傘は、一本だった。
「……………………」
やけにこういうことが気になってしまうのは、先ほどの話のせいだろうか。
の元に戻り、傘を手に、彼女をエレカまでエスコートする。唐突に、の姿が脳裏に浮かぶ。パーティの時、いつも彼女をエスコートしていたのはだった。
エレカの後部座席にを乗せて、店に傘を返却し……雨に濡れながらエレカの運転席まで走る。濡れて額に張り付いた前髪が、やたらと気になった。

縁というのは不思議なものだ。
すっかり通いなれた邸。顔なじみとなった使用人にを預けて、扉に背を向ける。門を出る前に振り返ってみれば、は邸に入らずにこちらを見送っていた。視線が合って、お互いに小さな笑みを零した。

一人になったエレカの中で、考え込む。ディアッカとにそういう雰囲気はないじゃないか。いや、本当にそう言い切れるのか。『離れて初めて大切さが分かった』なんていうのは、小説やドラマでは定番の展開ではないか。いやでも、ディアッカだぞ。あいつ自身が自分たちはそういう関係だと思って、「いつくっついたんだよ」なんて言ってくるやつだ。…………もしかしたら、それも牽制……それとも探りを入れられているのだろうか。いや、まさか、そんな。
ディアッカにそのつもりが無くても、婦人が話を進めることもあるのではないか。

こうも綿密に打ち合わせをしているから、のスケジュールは大体把握している。ディアッカとプライベートで会ったりはしていないはずだ。会っていたら教えてくれそうな気がする。…………けれど、全部が推測だし、憶測だ。

ジュール家の別邸に帰宅して、自室にこもり、頭を抱える。

「……………………」
………………自分は、こういう風に思い悩むことは少なかった。昔はもっと、思ったままに行動していたから。
彼女が好きなら、好きだと言ってしまえばいい。それですべて決着がつく話だ。けれど、そうできないのは……やはり、罪人だという自覚があるからだ。
「……………………はぁ」
ため息を一つ。あれこれと考えてみても、これ以上自分一人で悩んで結論の出る話ではない。相手があってのことなのだから。
そうと決まれば、に伝えてしまおう。あの裁判の時にあれだけ親身になってくれたのだ。嫌われてはいないと断言出来る。その先の返答は全く予測できないが…………。
駄目だったら、ディアッカに酒に付き合ってもらうとしよう。そう決めて、頭を切り替える。
一応、告白──厳密には違う気がするが──というものをするのだから、プランニングが必要だ。一般的なイメージとして、頭の中で男が花束を手に愛を告白していたが……そんなに綺麗で、華々しい気持ちではない。
は戦友でもあるし……粛々たる気持ちとでも言うのだろうか。

戦友。そう、この言葉が一番しっくりとくるのはどうしてだろうか。共に戦って……共に生きてきた。ただ、これからもそうしたい。それが一番正直な気持ちだ。──結局、一般的な告白というものではなく、今のありのままの気持ちを正直に伝えることにした。
そうと決めてしまえば、途端に気持ちがすっきりする。次に会うのは、25日の夜。長引かせてもいいことは無い。その日に言ってしまおう。恋人と言う程甘い話ではないけれど、特別な人間であることには、変わりないだろうから。



***



そうして特別な準備をすることなく迎えた、25日。との待ち合わせ場所に行ってみれば、彼女は一人だった。……ディアッカはいないようだ。

「待たせたか」
「大丈夫。さっき来たところだから」
アカデミー時代から懇意にしているレストランに移動して、適当に料理を注文する。
「ディアッカは来なかったんだな」
「それが、家に居るものだとばかり思っていたんだけど、外出してていなかったのよ」
「…………そうだったのか」
母親が自分と面識のある人間を家に招待するというなら、自分も一緒に出迎えるのが当たり前だと思っていたが、エルスマン家では違うらしい。
「タッド様もお仕事でいらしたから、奥様と二人だったわ」
「……そうか」
自分の知らないところで二人が会っていないという事実に、どこかほっとしている自分が居る。
酒を交えながらお互いの近況と、最高評議会の動向について話す。氏は一線を退いたが、元最高評議会の議員というだけあって、未だに色々と政治的な話が舞い込んでくるらしい。は休学していた学校に復学して、最短ルートで単位を取得し、卒業後は氏の後任として最高評議会入りした議員の秘書になることが内々に決定しているという。
「カナーバ氏には少し嫌な顔をされたわ」
「〝〟の名前か」
「そう。私としては、協力していける部分もあると思っているけれど……」
彼女が政治の道を歩むことになるとは思わなかった。政治家というのは、何かとメディアに叩かれることが多く、敵が多い職業なのだ。自分が体験しているからこそ、その大変さが分かってしまう。けれど──無関係でいろという方が難しいのかもしれない。ザラ政権を倒したクーデター実行者の娘という立場は。
パトリック・ザラの信奉者、シーゲル・クラインの志を継ぐもの、そしてタッド・エルスマンが率いる中立派。今後、プラントがどういう風になっていくのか、今この時にかかっていると言っていい。個人的な本音を言えば、独立、終戦まで持って行ってしまいたいところだが、恐らくユニウス条約以上に踏み込んだ話には進まないだろう。ザフトも戦力を整える必要があるのだ。隊長として部下の命を預かる立場となった以上、板挟みになる可能性が高いが……。一番大切なのは、プラントを守るということだ。一通りの話を終えた時には、二時間が経過していた。



***



「あ」
食後のお茶を飲んでいる時、の眉間に皺が寄った。
「どうした?」
「一つ返信を忘れていたのがあったのを思い出した……だけよ」
内容自体は大したことは無さそうだが、その割には表情が酷く歪んでいる。
「そんなに嫌な案件なのか」
「………………上院議員のご子息がね、私と婚約したいって」
「!」
自分に婚約の話が無いように、家の兄妹にも婚約の話は無いと思っていたのだが……そういえば、この兄妹──は一部の人間からやけに人気だと、耳にしたことがある。の元にも何人もの令嬢から便りが届いていた。あいつは淡々と、まるで事務処理を行うかのように、いつもの笑顔で断っていたな……。
停戦となった今、再びそういう動きが活発になってもおかしくはない。けれど、今、の立場を思えば……婚約にも政治的な意図が含まれてしまうだろう。
「お父上は何と言っているんだ?」
「ありがたいことに、好きにしなさいって。だから全部断っているのだけど」
「そうなのか…………」
「家名目当てなのが透けて見えるから、嫌なのよね。こういうの」
「俺はどうだ」
「え?」
ふと口をついて出た言葉に、自分自身でも驚いた。元々、今日こういう話を口にしようとは思っていたが、こんな風に口にするつもりではなかったのに。
「いや、待て、違う! いや、違くはないんだ、待て!」
動揺して支離滅裂なことを口走ってしまった。深呼吸して、水でも飲もうと思ったが、何か飲み下せば、言葉も一緒に飲み干してしまう気がしたので、もうこのまま話してしまうことにした。

「俺は…………お前を大切に想っている。家格も同じくらいだし……いや、違うな。正直に話すと、これが恋愛感情なのかは、まだはっきりとはわかっていない。それに、俺は……決して許されない罪を背負っている。それでも…………。俺は、これから先、生きていくのなら……お前と生きていきたい」
ワイングラスへと伸びていたの手が、動きを止めて──目を見開いて、こちらを見ている。こういう話をされるとは思っていなかったと考えているのが丸わかりだ。

妹を溺愛している兄と知り合いだったからだろうか、どうしても、何かあると放っておけなかった。アカデミーの頃にはそれで泣かせたこともある。共に戦ってきて、二人だけになった時、強く決めたのだ。のことは死なせないと。
「……………………」
一つ、瞬きをしたの瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
「っ!?」
これは一体、何の涙なのだろうか。もしかしたら、泣くほど嫌だったのだろうか。
「どうした!?」
思わずの肩を掴みそうになった手を、寸前で止める。
「ごめんなさい、大丈夫……。びっくりして……」
はそう言って俯いて、手の甲で涙を拭った。そして──
「………ありがとう。私も……あなたの隣にいたい」
柔らかく微笑んで、自分の手を、そっと取った。
温かく、柔らかい。生きている人間の感触だ。

気が付いた時には抱きしめていた。は何も言わずに、自分の腕の中に納まっている。
「…………それで、今日はどこか様子がおかしかったの?」
「…………変だったか」
「えぇ。あなた、隠せていると思ってるならそれは勘違いだからね。大体のことは分かるから」
「俺だってお前のことは大体わかるぞ」
「………………そうね」
「………………お父上にまた挨拶に伺わないとな」
「………………私も、エザリア様に挨拶に行かないと」
母の名前を出されて、思わず思考がそちらに傾く。…………断言できる。母は尋常じゃないくらいに、喜ぶだろう。
「……………………イザーク?」
「…………………………」

左手での右頬に触れれば、涙にうっすらと濡れていた。
そっと唇を落とした左の頬も、やはり、涙に濡れていたのだった。