大切にする方法
花に寄り添うように、青い小鳥がティーカップに描かれている。やはり、この家は〝青〟を基調としているのだろうか。不思議なことではなく、むしろ、それが正しいことのようにには思えた。
マティウス・ワンの住宅街にある、ジュール邸。がこの応接室に足を運ぶのは二度目だ。エザリア・ジュールの裁判が終了し、彼女の様子を見てきて欲しいとイザークに頼まれて一度訪れたことがある。
想像していたよりもずっと緊張していない自分に、は少しだけ驚いて……それすらもどこか冷静に構えている自分がいることを実感していた。
イザークは普段の彼と比べるとどこかそわそわと落ち着きのない様子だ。
……もしかしたら、イザークの様子がいつもと違うから、冷静であろうと本能が働いているのかもしれない。
イザークが邸に来た時は、がそわそわしていて、イザークは落ち着いていたことを思い出す。
見事な逆転現象だ。
緊張していないわけではない。昨日の夜も、今日の朝も、のソワソワと落ち着かない時間を持て余していた。けれど、ここまでやってきてしまえば……逃げ出すことなどできない。あとはなるようになる。
こういう風に覚悟が決まるのも、恐らく……アカデミーで培われたものだろう。
「テオの体調はいかが?」
「杖があることを除けば、もうほぼ以前と同じ生活を送れています」
「それは何よりだわ」
「……ありがとうございます」
学生だった時分、既婚者の知人からよく聞かされていた、夫の母親……義母との諍い事。
イザークが挨拶に来た時、果たして父がどのような態度で応じるのか、には想像ができなかった。
だから、エザリアへ挨拶に伺うことになった今回も、どのように応対されるのかはまったく想像が出来ず──斜に構えたり、変な先入観を持ったりするのはやめて、ありのままでぶつかってみようと決めていたのだけれど。
エザリア・ジュールは、息子と並んで正面に腰を下ろしている・という存在を、歓迎しているように見える。
口元には笑みが浮かび、喜びが含まれているかのように、以前話した時よりも声音が弾んでいる。
……そういえば、イザークは『相手を連れてくることを急かされている』と口にしていた。
エザリアの判決が言い渡されたあとの面会でも、『お友達、なのかしら』と含みを持たせた笑みを浮かべていた。
もしかして……もしかしなくても。
「あぁ、本当に嬉しいわ。婚約の期間は一年くらいあればいいかしら? 式の日取りについて、さんの希望はいつ頃かしら。テオはなんて?」
「母上、待ってください。話が飛躍しています」
破顔したエザリアの頬は上気しているのか、少しだけ赤い。
……きっと、肌の色が白いから余計に目立ってしまうのだろう。
「そうね。まずは婚約を成立させることからね。大丈夫よ、役人の方には私もテオも顔が利くから」
「母上」
逃避するかのようにどこか遠くに赴いていた意識が、の手元に戻ってくる。
まさか…………これほどに歓迎されるとは、思っていなかった。
まるで我が事のようにはしゃいでいるエザリアの様子を、は失礼だと思いつつも、可愛らしいと思ってしまった。もちろん、決して口には出さないけれど。
「あの……」
「やっぱりさんの希望が第一よね」
「いえ、その……日取りではなく……。本日は……婚約と、結婚のお許しをいただきたく、ご挨拶に参りました」
がどうにか話を切り出せば、エザリアのはしゃいだ様子は一瞬で姿を隠し……微笑みをたたえて静かにの瞳を捉えた。
視線の真っ直ぐさが、イザークとよく似ていた。
……イザークが、彼女に似ているのだ。
「では、この子の母親として、一つだけ質問させていただくわ」
「…………はい」
「さん。もしもこの子が、また怪我をしているのに出撃しようとしたら、貴方はどうするのかしら」
イザークは、以前と比べてとても変わったけれど……それでも変わらない部分もある。
怪我をしていても、出撃しようとするところは……きっと、変わっていない部分の一つだろう。
は一度視線を落として思案に暮れ──一つの答えとともに再び視線を上げ、エザリアの瞳を見据えた。
「…………ディアッカに協力を頼んで、考え得るすべての手段を用いて出撃を止めます」
「おい」
「ですが」
「………………」
「怪我の度合いにもよります。安静にすることが必要な怪我であれば、先ほど話した方法をとりますが……。出撃が可能であると判断した場合は……彼を見送ります」
「…………」
「それでこの子が死んだとしても?」
「…………ザフトに所属している以上、職務はすべて命を懸けたものです。出撃することだけが……命を失う可能性のあるものではなく、訓練で命を落とす者も存在します。それに、彼は……戦場における後悔を、生涯……それこそ、死ぬまで抱え続ける人間だと思っています。私は……彼に後悔して欲しくないのです」
「………………」
「……危険な場所にこの子を送り出すことに、躊躇いはないと?」
「心配という感情はもちろん常にあります。ですから……私も、彼が生きて戻ってこられるように、すべての手段を講じます」
「その代償が、貴方の命だとしても?」
「母上!」
「もちろんです」
自身は微塵も意識してはいなかったが──気が付いた時には微笑みを浮かべていた。
きっと、このような考え方は一般的ではないのだろう。
けれど、にとってイザークは大切な人であると同時に、戦友でもある。
アカデミーの時から苦楽を共にし、クルーゼ隊では生死をも共にした。
はイザークのためなら命を懸けられる。
そして、イザークもまた──のためなら命を懸けられるだろう。
そこには、疑いも躊躇いも存在することなどない。
エザリアは少しだけ目に悲しみの色を浮かべ──小さく息を吐いた。
「…………試すようなことを言って、ごめんなさいね。この子のことを……本当に思ってくれているかを確かめたかったの」
「いいえ。当然のことだと思います」
最高評議会の議員という立場は、プラントにおける権力者の地位である。様々な伝手や特権を求めて接触してくる人間は多い。
だからこそ、相手の本心を正確に見極めることが必要なのだ。
「…………この子のことを、よろしくね」
「…………こちらこそ、よろしくお願い致します」
エザリアは喜びと悲しみの交じり合った複雑な微笑みを浮かべて、応接室から去っていった。
***
「…………すまない」
イザークがその言葉を口にするであろうことは、容易く予測できることだった。
「謝られることは何もないわ。私なら大丈夫。貴方が……お父様と会った時も話をしたでしょう? 必要なことよ」
「だが……」
「貴方が気にすることも、何もないのよ」
「………………」
お互いの家の立ち位置、遂行していた職務のことを思えば、子どもが将来を考えている相手を連れてきたときに、親としては諸手を挙げて歓迎する訳にはいかないのだ。
敵か味方か、何か裏に含まれているものの有無を確認しなければならない。
イザークが邸に来て父に挨拶をした時も、同じように質問を受けている。
当然、にも同じことが行われた。必要なことだからだ。
は何も気にしていないのに、イザークはまだ眉間に皺を寄せていた。
「私は、貴方のために命を懸けることを注意されると思っていたのだけれど」
「……もちろんそれもある」
「…………貴方一人で命を懸けられるのなんて絶対に嫌よ。私は……貴方の罪も、喜びも、悲しみも……すべてを分かち合える人間になりたいのだから。命を懸けるときも一緒よ」
あの裁判の時に、の気持ちは固まった。
にとっての〝共に生きていく〟ということは、そういうことなのだ。
真っすぐに向き合って、お互いのことを想い合い、お互いの主張を隠すことなくぶつけ合い、意見がぶつかったときは二人で話し合って話の落としどころを決める。
「…………強情だな」
「この件では絶対に譲らないわ」
「…………そういう言葉を最近何度も聞いている気がする」
「そうだったかしら」
「とぼけるな」
──翌週には、のたっての希望で二人はアマルフィ邸へと挨拶に赴き……。
イザーク・ジュールと・の婚約が発表されたのは、アマルフィ邸への訪問の翌週のことである。