夕暮れの街並み

深夜二時、ようやく一日の仕事が終わった。
その日は朝から会議が立て込んでいて、自分の席に戻れたのは定時を迎えるころだった。
定時といっても、一般の企業とは異なる組織であり、未成年者が多く所属しているため、成年に達している──要するに、勤務時間に制限のない人間──しかも組織を運営する立場ともなれば──忙しくなるのも当然であって──それでもやることは山積みだ──
まとまらない思考は、疲労の証。
翌日の作業内容について考えだそうとした己の脳に無理やりストップをかける。
明日も仕事をしなければならない。早く帰って、眠ることにしよう。
車のキーを差し込んでエンジンをかけ、自宅へと向かった。

深夜など考慮せず襲ってくる敵を相手にしている割には、今夜は静かな方だ。
それでも、遠くには戦いの音が重く響いている。

自宅の駐車場に車を止めたころには、時刻は深夜二時半を回っていた。
と部下を先に帰らせたのは、二一時。
自宅のドアが少しだけ重く感じられた。

自動点灯のナイトライトがぼんやりと光る中、廊下を進む。
シャワーを浴びて早く寝よう。
着替えの準備などはが済ませてくれているのを知っているのに、足は自然と寝室に向かっていた。
浴室に行くつもりだったのだが。

「真史さんは身体が大きいから」と言われて購入したクイーンサイズのベッドに、一つの山。
すやすやと眠るは、その日も──二人で眠る時と同じように、自分が眠る方向を向いて眠っていた。
彼女の正面に静かに腰を下ろし、何とはなしに頭をなでる。指を通る髪の感触と彼女の匂い。
あぁ、帰ってきたのだ。

「…………おかえりなさい。今、何時?」
「……すまない、起こしてしまったか」

目を開いたの顔を見て、反射的に手を離したけれど……眠りの中にあった暖かい彼女の手が自分の手を誘導して……二つの手は再び彼女の頭に着地した。
は力の抜けたように、柔らかく笑っている。
頭を撫でていろということだろう。
撫でてやれば、目を細めて嬉しそうにしている様子が、猫のようだった。

「……何時?」
「二時半を回ったところだ」
「明日は?」
「三十分遅れだな。唐沢さんと打合せがある」
「……真史さん」
「なんだ?」
「明日、だし巻き卵を焼きます」
得意顔で笑って、が言う。
彼女が自分の好物を朝食に用意してくれることは、決して珍しいことではない。言葉にしたことはないけれど、約束を交わしたかのように、その品は必ずといってもいい程朝食に登場するのだ。味噌汁と共に。
それを、改まって話すにつられて笑みがこぼれる。

「それは楽しみだな」
彼女が「おやすみなさい」を告げて、「おやすみ」と言葉を返す。
もう一度頭を撫でてから、額に唇を落とす。

明日も、また忙しい一日だろう。