たとえ選択肢がどれだけあったって
物心ついたとき、母はもう居なかった。私は父と祖父母と暮らしていた。
幼稚園の時、『お化けがいる』と泣いた私に父は『気のせいだよ』と言った。
……小学校に入ってから、やっぱり「お化けがいる」と言った私に、父は俯いて……泣いていた。
祖父は母のことが好きではなかったようで、『子どもを残して仕事で死んだ』ということについて事あるごとに愚痴を零していた。
私に母の記憶はないけれど、父にその事を話すと、父は『お母さんはみんなを守るヒーローだった』と言うので、私はそちらをずっと信じていた。
そして──今にして分かる。母も、私と同じようにこの世ならざるものが見えていたのだと。
小学校、中学校の間は見えない腫れ物に触るようにビクビクとしながら過ごした。周りの人には見えていないもの──お化けたちは私が”見えている”とわかると途端に悪さをするから。
一度、学校で女の子がお化けに階段から突き落とされそうになったことがあって、私は彼女の腕を掴みながら無我夢中で『許せない、消えろ!』と強く思った。そうしたら、足元から小さな猫が走って──そのお化けに噛み付いた。学校に猫がいることに驚いたけれど、その猫はよく見ると黒い虎で、小さな虎はお化けを倒した後私の足に尻尾を一度巻き付けて、消えた。
階段の周りにみんなが集まって、落ちかけた子を気遣ったり、腕を引いた私を凄いと言っていたけれど、私は小さな虎のことを思って上の空だった。
家に帰って自分の部屋に籠もり、もう一度虎を生み出せないかと念じてみたけど、その時は出来なかった。
***
その後、何度か似たような出来事を繰り返して──気がついたら額に鏡をつけた虎は、私の秘密のパートナーになっていた。
***
そして、中学2年生の秋。
呪術高専という初めて聞く学校の関係者が来て──私の人生は加速度を上げていく。
父が連絡してくれたと話したサングラスをかけたゴツい男の人は、呪術師という世界について説明してくれた。聞いた瞬間に母のことが脳裏に浮かぶ。
『お母さんはみんなを守るヒーローだった』。
夜蛾と名乗った男性が帰ったあと、父はぽつりぽつりと母のことを話してくれた。
「お母さんはね、呪術師だったんだ」
「お父さんと出会ったのも、仕事……任務と言ってたけどね。その時。見えないものに襲われてたお父さんを助けてくれた」
「そうだったんだ……」
「呪術高専に行ったら、お前の力について色んなことが学べると思う」
「お父さん、気がついてたの」
「あぁ、気が付かない訳がない。……私たちには見えない、何もない場所に微笑んで話しかけるのは、お母さんと一緒だったよ」
「……黙っててごめんなさい」
「いいんだ。お前が間違ったことに力を使っていないことはわかってる。保護者会なんかでは、色んな子のお母さんに感謝されてきたからね」
「……………」
「呪術高専に行けば、同じように〝見える〟子と知り合えるだろう。ただね……。私はそこまで詳しい訳ではないが、呪術会を仕切る協会というのは……旧態依然だと聞いている。今までの常識なんかも変わるだろうし……。お前が行きたいと思うのを止めるつもりはないよ。けれど、そこで苦労するかもしれないということは覚えておきなさい」
父の話が終わって自分の部屋に戻り、虎と戯れながら一人で思う。東京の、呪術高専。その先は今まで知らなかった世界。苦しいかもしれない。けれど……私と同じ、〝見える〟人に会える。夜蛾さんも見える人だと言っていた。自分以外の見える人に初めて会った。その時、私の心臓はドクドクと脈打って……。私は、嬉しかった。
私と同じような人がいる!
呪術高専に行けば会える!
私が高専への入学を決めた動機はこれがほぼ100パーセント。
後にして思えば、浅はかにも程があるけれど……。
この時の決断を後悔したことは、一度もないから、よしとしよう。
いざ行かむ
行きてまだ見ぬ
山を見む
このさびしさに
君は耐ふるや
さぁ行こう。行ってまだ見たことの無い山を見よう。
この寂しさに、君は耐えられるだろうか。
Title : 惑星