手作りティーパーティ
11月になったら、友達からくるメールが途端に文化祭まみれになった。いつもの制服姿ではなく、お揃いの衣装を着ているのが可愛いし、羨ましい。
高専には任務があってお給料はもらえるけれど、その代わり……学校行事が数えられる程に少ない。
「……………………いいな~~~!」
教室の机に突っ伏して素直な気持ちを叫ぶ。少し間を空けてから七海が「どうしたんですか?」と声をかけてくれた。
顔を見ていないのに、今七海がどんな表情をしているのかありありとわかる。絶対に眉間に皺を寄せて、しょうがないなって思いながら視線だけをこちらに向けているだろう。そろそろため息を吐くだろうなと思うのと同時に七海のため息が聞こえた。ちなみに灰原は任務に行っているので、今教室には七海と私の二人だけだ。
体を起こさず、首だけを七海の方に向けて、心の底から本音を口にした。
「文化祭したい! でも無理なのわかってる!」
「………………なるほど」
「制服で遊びたい~~」
「休日も任務で制服を着ているじゃないですか」
「破れても支給されるから自然と制服になるよね……。そもそも生地がしっかりしてるし……」
「そうですね」
「そうじゃなくて! 学校行事のお祭りがしたいの! 十六歳は今だけなんだよ?」
「そうですね」
「……私全部用意するから七海ギャルソン着てお茶出してくれない?」
「絶対に嫌です」
「知ってる……。せめてどこかの高校の文化祭行かない?」
「普通にティーパーティーをするのでは駄目なんですか?」
「楽しそう……絶対やる……。……でも文化祭にも行きたい……。あの学校で開催されるお祭り感を三人で味わいたい……お願い……」
「夏のお祭りと何が違うんですか?」
「うっ」
そう言われると咄嗟に反論できない。確かに、出店を見て回るのは縁日と同じだ。それに夏には浴衣を着ていたから一層の特別感があった。
呻いても喚いても学校行事として文化祭が行える訳ではない。
どうしたらこの夢を叶えられるか、思考を切り替えた。
自主的に文化祭を作る……人手が足りないし、七海も嫌がっているので実現できない。
三人で文化祭に行く……11月は主な休日にほぼ任務が入っているのでこれも難しいだろう。
お揃いの衣装……絶対に七海は着てくれないなぁ。何かお揃いのものを身に付けるだけでもいいけど……これも実現は難しそうだ。
そうなると……制服でティーパーティーするくらいしか思いつかない。
「………………よし、決めた!」
「はい」
「アフタヌーンティーしよう!」
「…………はぁ」
七海の返答はため息だったのか、それとも承諾したという意味だったのか。
きっと、両方だと思う。
***
任務から帰ってきた灰原に夕ご飯を出しつつ、アフタヌーンティーの話をすると、灰原も「いいね!」と賛成してくれた。
「必要なのはケーキと、スコーンと、サンドイッチと、紅茶!」
「紅茶の手配を担当してもいいですか」
珍しく、最初に七海が手を上げた。
「全然いいけど……」
「実家の母が紅茶好きなので、聞いてみます」
「…………!」
感動して息を呑む。スーパーでフォションのティーバッグを買えばいいかと思っていたのだけれど(文化祭っぽいし)、言わないことにした。
「じゃ、じゃあ私スコーン作ってみる! ケーキはお店で買おう」
「じゃあ僕はサンドイッチだね!」
三人だと、役割分担がいつもスムーズ。大体私が二人を巻き込んでいるんだけど、それでも二人とも手伝ってくれる。灰原も七海も優しい。
感謝の気持ちとして、美味しいスコーンを焼こう。
***
ドンキで折りたたみ出来るアフタヌーンティーのスタンドを買った。これが置いてあるだけでそれらしい感じがする。
バターの温度に気を付けながら小麦粉をこねて、普段レンジ機能ばかり活躍しているオーブンレンジで焼き上げる。キッチンに甘い匂いが広がる。料理をする中で、出来上がり直前の、いい匂いがする瞬間がたまらない。出来上がりを見るよりも好きな時間かもしれない。
治療を終えてお疲れの硝子さんを誘っておやつにした。
「文化祭ねぇ」
「それっぽい雰囲気だけですけどね。任務がありますし」
「学校行事なんて少ない方が楽だろ」
「私も入学前はそう思ってました」
実際、体育祭とかマラソン大会とかはなくてもまったく気にならない。
定期テストもなければ最高だ。学生である以上、試験は避けられないのだろうけれど。
…………たぶん、私は灰原と七海と一緒にやってみたいことが多すぎるのだろう。だからいつも、二人を巻き込んでいる。
「予定が空いてたら硝子さんも一緒にアフタヌーンティーしましょう! 七海が実家のお母さんから紅茶を送ってもらうって言ってくれて、楽しみなんです!」
「ブランデー用意しておいてくれ。それにしても、七海がまぁ随分と……」
「…………種類がわからないので、ご自分でお願いします!」
「わかった。スコーン旨かったよ」と笑顔で言って硝子さんは部屋へと戻っていった。
***
どのケーキを予約するか悩んでいるうちに前日になっていた。電話でケーキの予約も完了したし、スコーンの生地は冷蔵庫で眠っている。七海は家で飲んだ時の味が再現出来なかったらしく、何度かお茶の淹れ方を練習していた。灰原も準備を済ませてあとは翌日を待つのみ。
文化祭を目指して企画したから、それらしい飾り付けとかも出来たら楽しいかなぁ、と思ったけれど、そこまでの時間はなかった。それでもアフタヌーンティーが出来るだけで充分嬉しい。
『学校行事なんて少ない方が楽だろ』
例え学校行事が少なくても──思い出は沢山あった方がいい。
楽しい時間を過ごせる。未来はわからなくても、七海と灰原と三人ならそれはもう約束されているから。
***
アフタヌーンティー当日。それぞれ時間は異なるけれど、三人とも早朝と呼ばれる時間に寮を出る。順調にいけば夕方前には片付く予定だった。
静岡の名所(?)である富士の樹海に初めて来たけれど、高専の自然を見慣れているので特別何かを感じることはなかった。
お昼には無事に任務を終えて、帰りの車で簡単に食事を済ませてお昼寝もして──途中、予約していたケーキ屋さんにも寄ってもらい──想定していたよりも早く寮に戻ってこれた。
14時25分。冷蔵庫に常備してある麦茶で一服してからスコーンの仕上げをして、オーブンの扉を閉めたときに七海が帰ってきた。
「おかえり!」
「ただいま戻りました。灰原からのメールは見ましたか?」
「生地触ってたからまだ見てないや。トラブル? 怪我とか……」
「予定よりも時間がかかって、到着は17時頃になるそうです」
「そっか。じゃあサンドイッチはこっちで仕上げちゃおう」
「……手伝います」
「ありがとう!」
灰原にメールを返信してから、冷蔵庫の中を確認した。
「照り焼きチキンすっごいいい匂いするね……」
「アフタヌーンティーとは違うのでは?」
「でもしょっぱいものがあった方がより食が進むよ」
「………………」
「食べ盛りとしては何も間違ってないよ」
「あなたがいいのであれば、それで構いません」
「ありがと! それにね、この方が……文化祭っぽいと思うの!」
「………………そうですか」
三度瞬きしてため息を吐いた七海は、細かい思考を放棄したようだ。その優しさも嬉しくて、私の頬はずっと緩んでいた。
16時50分。
「ただいま! 遅れてごめん! 準備も!」
「おかえり! 下拵えしてあったから準備もすぐ終わったよ」
「ありがとう! 時間遅くなっちゃったし、お土産にカツサンド買ってきた!」
「えー! やったー!」
「あとね、タマゴサンドと、デザートにイチゴサンド!」
「そんな……豪勢過ぎない……?」
「……ありがとうございます。お茶を淹れますね」
「うん!」
七海の用意してくれたティーポットとカップが加わり、用意したものをすべて並べると……アフタヌーンティーというよりも、ビュッフェ会場のように食べ物が盛りだくさんだった。
「………………ちょっとやりすぎちゃったかな」
「……今更ですね」
「美味しそうだね! お茶もいい匂い!」
「それじゃあ始めよう!」
七海の用意してくれたお茶も、灰原が準備してくれたサンドイッチも、お土産で買ってきてくれたサンドイッチもとても美味しくて。甘いものを食べたらお茶を飲んで。また甘いものを口にしたら、次にはサンドイッチに手を伸ばす。これは永久機関だ。お腹がいっぱいになっても手が止められなかった。
「七海紅茶にジャム入れるの?」
「ロシアンティーというそうです」
「美味しそう、私もやる」
「僕も!」
皆でロシアンティーを楽しんで、お茶会は終了した。
「…………満足しましたか?」
「大満足! またやろうね!」
せっかくなので、私はアフタヌーンティースタンドを寮に寄贈することにした。
「寮にアフタヌーンティーのセットがあってさ」
「懐かしい! それ私が買ったやつ!」
「マジで!?」
何年もの時が流れて、ある男の子とこの日のことを話す未来を、まだ誰も知らない。