花がら

10月もあと三日で終わり。秋桜の花が盛りを終えて、裏庭の隅にある山茶花が満開になった。
私はそんなに花の名前に詳しいわけではないので、大体、七海に教えてもらうか図鑑──手にしたのは小学校以来だ──で調べたりしている。
七海も夏油さんも物知りだけど……花の知識が一番多いのは、意外にも五条さんだ。大体「家にあった」と言って、直ぐに花の名前を教えてくれる。それを私と灰原は「凄いね」と聞いて、夏油さんと硝子さんは興味がなさそうにしている。高専に入学してから半年と少し。中庭や裏庭、校内の花壇、訓練場の森の中。高専の敷地内に咲く花を見つけるのは、私の趣味の一つになっていた。
次の週には、山の中で十月桜を見つけて、季節外れの花見を開催した。秋にも桜が見られるなんて嬉しい。春に咲く桜と並べて見てみたくなって、押し花を作った。
「昔妹とやったなぁ」と懐かしがる灰原と花を摘んで、七海からもらった本に花を挟む。
少しいい額縁を買ってきて飾れるようにしよう。いつも本を読んでいる七海に栞を作って渡すのも素敵だ。

一日が過ぎるごとに、少しずつ陽が短くなっていく。
冬が近づいていた。


***


五条さんの突飛な行動を予測することなんて不可能だ。いつも想像もしないような破天荒さで私たちを振り回している。
悲しいことに、私たちは五条さんの型破りな行動に麻痺しつつあったけれど……それでも、驚愕することはある。

土曜日の朝、灰原と朝食を食べ終えたところに、風呂敷包みを手にした五条さんが談話室にやってきた。五条さんに急かされて朝食の食器を片付け終えたところで、七海と硝子さんが加わって、五条さんがテーブルの中央に包みを置く。五条さんが口を開く前に、硝子さんが風呂敷包みを開いた。
「あ」
「おい硝子!」
「騒ぐな。どうせ開けるんだからどうやったって一緒だろ」
私は常々、二年生の中で一番カッコいいのは硝子さんだと思っている。
包みの中にあったのは白く美しい桐の箱。中に入っているのは間違いなく高級食材だろう。今度は何を持ってきたのか、と思う間もなく、硝子さんが蓋を持ち上げた。
「あ!」
「え……」
「…………」
……白木の箱の中には、大きな松茸が沢山美しく並んでいた。
私たちが絶句している中、硝子さんは「日本酒だな」といつも通りの声で呟いた。
「今日の夕飯それ。あとよろしくな」
「よろしくな〜」
「…………」
「……松茸の……調理方法……?」
「松茸ご飯!」
「お吸いものとかですか」
「レシピ調べよう!」
「写真の多いところ探して!」
「わかった!」

調べた結果、メニューは松茸ご飯、お吸い物、茶碗蒸しに決まった。三人で料理するときは、大体包丁を握る人と火にかける人で分担をしているのだけれど、今回は一人一品、最初から最後まで調理を担当するようにした。なんでかというと。
「……味に影響が出そうで怖い!」
「一般市民にそこまでのレベルを求める方が間違いですよ」
「でも絶対五条さんは文句言うよ!?」
なら大丈夫だよ!」
灰原は炊き込みご飯、七海がお吸い物、私が茶碗蒸しとなった。解説サイトを何度も見返しながら、恐る恐る素手で松茸を裂いていく。調理でこんな恐怖を味わうなんて思いもしなかった。

そうして出来上がった夕食。三人で味見をして「美味しい」と言い合ったけれど。……やはり、五条さんの口からは「イマイチ」と言われ、夏油さんが注意して硝子さんは茶々を入れつつ楽しそうに日本酒を飲んでいた。
私たちはお互いの料理に賛辞を送りつつ、しみじみと松茸を味わった。
「ご飯もお吸い物もすっごく美味しい……」
「茶碗蒸しも美味しいよ!」
「ありがとう……。美味しいけど食べ終わっちゃうのちょっともったいないね」
「来月も何かあると思いますよ。毎月何かしらの高級食材が持ち込まれますから」
「いや、うーん、でも……。……そうだね…………」
12月、五条さんがカニとイクラを大量に持ち込むことを、この時の私たちはまだ知らない。


***


灰原と任務に行った帰りに、おばあさんの荷物を運ぶのを手伝った。
歩いて十分、到着したおばあさんの家の庭に山茶花の木が植えられていた。
覚えたばかりの花を見つけて得意になった私は、おばあさんに「あれは山茶花の木ですか」と声をかけた。今はもう亡くなってしまったご主人が大切にしていた木だということで、おばあさんは悲しそうに笑った。そこから話が広がって、庭の片隅にあった植木鉢や土を運んだりした。土を運び終えてお茶を一杯頂いて、おばあさんからお礼にとリンゴを一袋と、新聞紙でできた小さな封筒をもらった。
「この袋は……」
「プリムラという花の種が入っているの」
「お友達からいただいたのだけれど、今以上に花を増やしても手が届かなくなってしまうから」と、植えずにいたものらしい。
「押し付けるようになってしまってごめんなさいね、もらっていただけると嬉しいわ」
「そういうことでしたら……いただきます。ありがとうございます。リンゴも」
「ありがとうございます!」

そうして、リンゴと花の種を手に灰原と補助監督さんとの合流地点に向かった。

プリムラという花は、高専にあっただろうか?
……なかったらいいな。あの花ばかりの場所に、新しい花を植える。こんなにわくわくすることがあるだろうか。
「帰ったら夜蛾先生に花壇の許可もらおう!」
「うん!」
秋の夕暮れはどんどん短くなっていく。沈んでいく太陽と競争するように高専への道を急いだ。

***

夜蛾先生から中庭の花壇の一角をもらった。ジャージに着替え、七海に『帰ってきたら中庭に来て』とメールを送り、用具室へ。スコップを二本と緑のジョウロを持って、うきうきと中庭へ向かった。
土が硬かったので始めだけ灰原にお願いして、二人で土を耕す。こういうの、小学生の時に朝顔を植えたとき以来だなぁ。始めは花壇の土を全部耕していたけれど、一面を使用する程に数があるのかと、封筒を開き、中を確認する。種は想像していたよりもずっと小さかった。全部で……百円玉くらいにはなるだろうか。この量なら、花壇の半分くらいで充分だろう。「先に確認すればよかったね」と灰原と反省しつつ、土を整える。
七海だったら、絶対に先に種を確認していただろうなぁ。土に挿せるラベルを買ってくればよかったな。花の名前と、それぞれの名前を書いて、写真に撮りたい。明日にでも買いに行こう。そう決意を固めたときだった。

「今度は何を始めたんですか?」
「あ、おかえり七海!」
「おかえり!」
「ただいま戻りました。……で、あなた達は何をしているんですか?」
「おばあさんの荷物を運ぶのを手伝って、花の種をもらったの。早速植えようと思って!」
「何の花ですか?」
「ちゃんと聞いてきたよ! プリムラだって!」
「……サクラソウですか」
「……プリムラだよ?」
「その表情やめてください。プリムラは学名です。サクラソウとも呼ぶんですよ」
「そうなんだ……。せっかく七海に勝ったと思ったのに」
「何の勝ち負けですか」
「さぁ、何だろう」
「土、これくらいでいいかな!?」
「ありがとう! 大丈夫だと思う。三列あるから、一列ずつね。七海最初に選んでいいよ」
「はぁ。では一番奥にします」
「じゃあ私真ん中ね」
「わかった!」
「………………そもそも、植える時期は今で合っているんですか?」
「えっ」

七海のその一言で種まきは中断。
七海は図書室へ向かって走り出そうとしていた私と灰原の腕を掴み、先に土を落とすことを厳命した。
私と灰原が着替えて靴の土を落としている間に、七海は図書館に行って全部調べてくれていた。
プリムラの種は、10月に植えるのが適切らしい。……一応、まだ十月だ。月末だけれど。
「…………まだ十月だし、大丈夫だよね?」
そう尋ねたけれど、園芸に詳しい人はいない。
談話室で頂いたリンゴを食べながら三人で話した結果、結局翌日に植えることにした。

次の日、放課後にラベルを買ってきて、それぞれの名前と……『サクラソウ』と書いたラベルを花壇に挿して、種まきをした。交代で世話をしながら、三人で成長を見守っている。
何色の花が咲くか、楽しみで仕方がない。