後始末 3
「手術を受けることにした」
「どこが悪いの?」
イザークが突然そんなことを言い出すので、思わず動揺してしまった。
「整形だ」
「………………じゃあ」
「…………顔の傷を消そうと思っている」
この一言だけで、彼が色んなことを乗り越えたことがわかる。そしてそれは、裁判の様子よりも、変わる世情よりもずっと、時の流れを実感させるものだった。
思わず病院への付き添いを申し出てから三日後。予約が取れたと言われて慌てて予定を変更して病院に出向く。アプリリウスにあるプラント一と謡われている病院は、父が入院しているのと同じ病院だ。
疑ってはいないものの、『手術』と聞くと身構えてしまうのは仕方がない……と思う。ドキドキとしているを置いて、イザークはあっけらかんと書類にサインして手術着に着替え、あっという間に手術室へと入って行った。
………………あんなにストライクと足つきに執着していたのに。一度吹っ切れるとこうもさっぱりするものなのか。……でもそれはそれでイザークらしい気もする。
父の病室に行こうかと一瞬考えたが、こんなに落ち着かない気持ちを抱えて行くのも憚られて、結局手術室前のソファにじっと座っていることにする。
扉を隔てた向こう側ではどんなことが起きているのだろうか。皮膚の移植と聞くとどうしても難しそうだと考えてしまう。じんわりと手汗をかいて、ソワソワとする気持ちを持て余す。何度も時計を確認してはため息を吐くのを繰り返して、もう諦めて時計を眺めることにした。
いつもは何とも思わない一分がこんなにも長い。偶に動く短針と長針を見つめて……一時間が経ったところで、手術が終わり医者が出てきた。
「無事に終わりましたよ。綺麗になりました」
担当医のこの一言でどっと力が抜ける。
「麻酔でまだ眠っていますが、直ぐ目を覚ましますから」
「ありがとうございます」
割り当てられた個室に移動して、眠っているイザークと対面した。エザリアとディアッカに無事に手術が完了したことを連絡して、改めてイザークの顔を見る。
顔に包帯が巻かれているのに一瞬ぎょっとしてしまうけれど、その下にあった傷はもう無いはずで。二時間後の検査で問題が無ければもう包帯も取って帰宅出来るという。改めて医療技術に驚かされて、その後感謝した。
十五分ほど経ったところで、イザークが目を覚ました。
「…………居たのか」
「……帰ると思ってたの?」
「いや…………」
「痛みは?」
「大丈夫だ」
「……そう……」
肩の荷が降ろせてほっとする。
「違和感とかあるの?」
「いや、全くない。本当に手術したんだよな?」
「したわよ。成功したって聞くまで落ち着かなかったんだから」
「……そうか……」
…………が地球で怪我したときは凄く心配していたのに。思えば怪我している状態で出撃するくらいの人だ。今後も彼の体調には気を配るようにしようと、は決めたのだった。
***
その後、無事に包帯が外れて診察も問題なしということで、無事帰宅することになった。
「私は父のところに顔を出してから帰るから」と言えば、何とイザークも挨拶して帰るという。
「来るの?」
「何も問題無いだろう」
父の反応もイザークの態度も予測がつかない。困惑したままノックして入室すると、父も驚いた顔をしていた。
「。そちらは……」
「イザーク・ジュールです」
「……息子と娘がお世話になっている」
「! いえ、自分の方がお世話になっています」
「……顔の傷を消されたのか」
「はい。……もう、残しておく意味が……無くなったので」
「そうか……。術後の調子は?」
「問題ありません。さんに付き添っていただけて、ありがたかったです」
「私が父さんのところに寄ると言ったら、挨拶したいって」
「…………そうか……」
父は噛みしめるようにゆっくりと言葉を発した。
「地球では随分と娘を助けてくれたようで、感謝している」
「いえ。私も……その、裁判のことでさんに助けられました」
「…………君達のようにプラントを守るために戦った人間を、私は誇りに思うよ」
「……ありがとうございます」
お互いに気を使っていることがわかるような、ぎこちない会話だったけれど、穏やかに話は進む。は嬉しくて胸がいっぱいになった。
「…………エザリアのことで……何かあれば聞こう」
それは非常にデリケートな話題だ。避けることも出来たけれど……言わずにはいられなかったのだろう。
イザークも驚いた表情をして、少し考え込む。そして。
「…………いえ、自分から申し上げることはありません。議会を通さなかったことは、罪に問われることだと思っています」
「…………そうか……」
イザークがどのように思っているのかを、もこの時初めて知ったけれど、彼の考え方はとてもイザークらしいものだと思った。自分にも身内にも厳しい。けれど情がない訳ではない。
はそういう部分が好きだと思う。
「……君と話せてよかった。私で何か力になれることがあれば、遠慮なく来なさい」
「ありがとうございます。……自分も、お話出来てよかったです」
そうして、テオとイザークの対面はが言葉を挟むことなく終わった。
心配していたが滑稽に思えるほど、平静なやりとりだった。
その日、術後だからと遠慮するを押し切る形で、やはりイザークはを家人に引き渡すまで送り届けた。
……今日は、色んな意味で忘れられない日だ。
彼が顔の傷を消した日。
***
以下の人物の公職への就任を禁ずるものとする。
ユーリ・アマルフィ。
エザリア・ジュール。
厳かに読み上げられた判決文を噛みしめてからロミナと傍聴席を後にする。ユーリ達の裁判が終わって、戦争に関する裁判は全て閉廷した。デュランダル氏の演説から世論がひっくり返って、落ち着くところに落ち着いたというところだろうか。ユーリ達が無事に帰宅するのはもう少し後になりそうだが、政治家というのは色んな世界に伝手──コネとも言う──があるものだ。元々、議員の人たちは技術者だったり専門家だったりするので、正しい形に戻ると言った方がいいかもしれない。
ロミナとお茶をしながら、そんなことを話し合ったのだった。
先週始まった地球との停戦交渉は中々に揉めているようで、イザークから届く連絡には疲れが見えることが多い。……それでも連絡を欠かさないのが密かに嬉しい。ディアッカは「あいつら過労死しないだろうな」と笑えないことを言っていた。
両軍とも戦いはこりごりだと思っているはずなのに、話は上手くまとまらない。ままならないものだ。
ディアッカは正式にザフトに復帰し、そのままイザークの配下に加わることになり──彼の護衛として共に停戦交渉に赴いている。ディアッカとも密に連絡を取っている。護衛というのはよっぽど神経を使うらしく、「戦う方が楽」とよくぼやいている。
***
諸々の手続きを終えて、ユーリ達が帰宅の途に着いたのは判決から二日後のこと。アマルフィ邸に見舞った後、イザークの代理としてマティウスのジュール邸に向かった。……彼女と直接話すのは、思えば戦争前のこと以来かも知れない。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
手土産として選んだお茶菓子を供されてお茶の席を共にする。ユーリには疲れが見えたけれど、エザリアには余り疲れが見えない。女性でザラ派に所属していただけあって気丈なのだろうか、と思うのは偏見だろうか。いや、そもそもあのイザークの母親だと思えば当然なのかもしれない。ましてや、客人の前だ。
「あの子から聞いています。タッドの子……ディアッカと言ったかしら」
「はい」
「裁判中も変わらず親しくしてくれたと。…………ありがとう」
「いえ。当然のことです。私たちは……戦友ですから」
「あら」
「え?」
「お友達、なのかしら」
言葉の外に含まれている意味がすぐに思い当たって……返事に窮してしまう。
「そ、その……」
「えぇ」
エザリアはどうしてそんなに満面の笑みを浮かべているのか。
「…………大切な人です」
「ふふ、ありがとう」
最近、どこか別の場所でもこんな話をしたような気がする。エザリアは満足そうに笑って紅茶を飲んでいる。窓から差し込む光が彼女に降り注いで、絵になるように美しい光景だった。
……はエザリアを誤解していたようだ。もう少し冷たい人間だと思っていた。……思い返してみれば、演説の内容も感情に訴えるようなものが多かった気がする。
「……あの子を含めて……」
「………………」
「最前線で戦った人たちが罪に問われることにならなくて、本当に良かったと思っているの」
彼女は人を戦争に駆り立てる側の人間だったけれど──だからと言って何も感じなかった訳ではないのだ。そんな当たり前にも思えることを知れてよかった。思わず零れた涙を拭って、エザリアと二人で微笑みあう。間違いなく、大切で、必要な時間だった。
「ねぇ、もうお付き合いしているのよね?」
「え? あの、その」
「あなたはユーリのところの子と婚約するものだとばかり思っていたわ。テオと親戚になるとは思っていなかったけれど、わからないものね」
「あの……」
「なぁに?」
「父のことは、その……気にされていないのでしょうか」
こちらから切り出すのも変な気がしたけれど、父の名前が出たのでもう聞かずにはいられない。
「あら」
エザリアは驚いた後一層笑みを深くして──
「……あなたはテオじゃないのよ。思うことは、直接会った時に彼に言うわ」
──そう語るのだった。
流石、プラント建設から宇宙への移住と海千山千を越えてきている人は度量が違う。はただ圧倒されて、思わず笑ってしまったのだった。
***
ユニウスセブンで調印された停戦条約──後にユニウス条約と呼ばれることになる──締結という大仕事を終えてイザークとディアッカが帰国した。
ようやくイザークの議員服も見慣れたと思ったのに、地球に有利すぎる内容だと世論の反発はすさまじく、結局アイリーン・カナーバを議長とした最高評議会は総辞職することになった。
最近は以前にもまして民衆の声が大きく、政治に反映されているような気がする。
最高評議会の議員服を脱ぐことになったイザークには、ジュール隊を率いる立場として正式に白の隊長服が支給された。……考えてみれば赤服のまま隊を率いていたことの方が異例だったとも言えるが、は不思議な気分になる。どうしても白服は、クルーゼ隊長の印象が強いのだ。……イザークはクルーゼとは全く違うタイプの人間だが……それでも、隊の人間には慕われているらしい。
「クルーゼ隊はエリートだったっていうのがザフト内の通説だからな。俺もイザークも、今のところ歓迎されてるよ」
「…………いずれ艦も受領するのよね?」
「その予定だ」
「…………あなたが艦を率いる隊長になるとはね……」
「びっくりだよな」
「お前ら……」
少し前まで、隊を率いることになったアスランに噛みついていたのだ。どうしても違和感が残るのは仕方がないと思う。
停戦は成ったとはいえ、まだ終戦には至らない。
停戦がどれだけ続くかもわからない。けれど、出来ることをやらなければ。
イザークとディアッカはザフトで、そしては議員への道を見据えて──新しい一歩を踏み出していく。