後始末 2

ディアッカへの差し入れは何がいいだろうか。とりあえず適当に雑誌を見繕おうとしたけれど……思えば、彼のことをほとんど知らない気がする。
本屋で男性向けの雑誌をいくつか買って、ここ数日分の新聞と、簡単な筆記用具、レターセット、ノート……。なんだか文房具ばかりになってしまったので、申し訳程度にお菓子をつけておこう。

「おっ、新聞あるじゃん」
開口一番に新聞それに行くとは思わなかった。見たところ元気そうで表情も明るい。そもそもアークエンジェルに捕虜として乗り込んだのなら、もっと大変なことがたくさんあっただろう。今のこの状況は彼にとっては楽なものなのかもしれない。

「……ご両親とはお会いしたの?」
「お袋は真っ先に来たよ。親父はまだ。なんかゴタゴタしてるらしいな」
「そう。多分タッド様はとても大変だと思うわよ」
パトリック・ザラの存命時から中立派やクライン派の残党の拠り所となっていたと聞いている。
「お前の親父さんのことも聞いたぜ。よかったな」
「ありがとう。……そうか、そうよね……」
あまりにも大きすぎるタイムラグに改めて驚かされる。
あの夜明けの出撃の後……彼はプラントの、ザフトの内部のことを知らないのだ。
「昔の新聞を手配した方がいい?」
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
「わかった。戻ったら手配しておくわ」
「おぉ。……しかし、レターセットとはなぁ」
「通信端末の差し入れは認められないから……。それでお母様に手紙を書くって約束して」
「……わかったよ」
思えば、彼とこうしてきちんと向かい合って話をするのは初めてのことだ。
「……あなたの遺品を持って、挨拶に行ったのよ」
「……聞いたよ」
「………あの日、死んだと思った」
「俺も死ぬかと思ったよ」
「ディアッカ……」
「お前が言っただろ。……死なないで、って。ニコルが死んで……死んでたまるかって、思ったんだ」
「…………」
「戻ってきたらお前とイザークがいい雰囲気っぽくて驚いたけどな」
「なっ!」
「港でもアイコンタクトしてるしな〜。もう以心伝心かよ。いつくっついたんだよ」
「ディアッカ!」
「いいじゃん。祝福してるんだぜ」
「あ、あのね……。イザークには、色々助けてもらったし、気にかけてもらってるのも確かよ」
「なんだよ、好きじゃねーの?」
彼は随分と楽しそうだ。……なんで私たちはこんな話をしているんだろう。

「……大切な人よ」

ディアッカの顔を見て言うのは照れ臭すぎて、視線をずらして、小さな声で零す。

「なんで面会で惚気話聞かないといけないんだよ」
「あ、あなたが話題にしたんでしょう!?」
なんでが怒られるようなことになっているのか分からない。話を切り替えたのはディアッカなのに!
「あーあ、当てられちゃ堪んないな」
「じゃあ私帰るわ! 新聞は手配するから!」
「よろしくなー」
「まったく……! ………また来るから」
「………あぁ、またな」

小さな怒りで早歩きになる。作法も気にせずずかずかと通路を進み建物を後にして……振り返る。

『………あぁ、またな』

また、会える。会って話せるから、怒ったり笑ったり出来る。……それがとても、とても大切だった。



***



悩んだ結果、は実務経験が足りないと判断して選挙への出馬を見送った。けれど今後を見据えて、政治的な活動を続けていくつもりだ。まずは兄のように秘書の任を勤めて、いずれは下位議員を目指そうと思っている。そのためにまずは復学して学校を卒業する。父と相談して決めたことだった。



***



ディアッカの裁判とスピットブレイクの目標変更に関わった議員の裁判はほぼ同時に始まった。ディアッカの争点は想定通り、帰隊しなかった罪と同胞を撃った罪。弁護側は核攻撃からプラントを守ったことを強く主張していて、一進一退といったところだ。
旧ザラ派の議員の裁判は大方の予想通り、ほぼすべての罪をパトリック・ザラに被せる形で進んでいる。大体の人物が『ザラの権力が大きく、逆らえば殺されていた』と証言している。………ジェネシスの三射目を制止しようとしたユウキ隊長が撃たれた件を多くの人が目撃しているので、概ね事実として扱われている。死人にすべての罪を着せるというのは、気分のいいものではない。ユーリ・アマルフィの裁判に関する記事を読みながら、言葉にしきれないもやもやとした気持ちを抱える。父、テオ・も眉間に皺をよせていた。
父の体調が少し回復した頃、選挙が終わり、イザークは何と最高評議会議員に就任することが決まった。
旧ザラ派の母親の地盤を引き継いだけれど本人は中立派で、プラントを守るために戦い抜いた彼という人間が評価されたことは嬉しい。けれど、これから本格的に始まる停戦交渉に携わるのは大変なことが多いだろう。なるべく早く学校を卒業して、手伝えるようになりたい。最短で卒業する道をシミュレーションする。自分の身分が学生というのが、酷くもどかしく、違和感があった。


アイリーン・カナーバを新議長とした新しい議会が発足した週、議員会館ではある噂が流れていた。

「民間人が乗ったシャトルを撃った?」
「嘘だろ」
「そういうの嫌いそうな人だしな」
「……パナマでも虐殺しなかったって聞いてるぞ」
「俺もそう思うよ。でも根も葉もないのにこんな噂流れるか?」

新しく最高評議会議員になったイザーク・ジュールが、民間人だけが乗っていたシャトルを撃墜したという。
共に戦ったことのあるはすぐさま噂を否定したが……イザーク本人は噂を確認しただけで否定も肯定もしていないという。

……人の手で戦争を行っている以上、誤射というものは避けられないものだ。ザフトの中ではそう思うものが大多数だったけれど、やはり『そんな人が最高評議会に居ていいのか』と糾弾する声もある。

「デマでしょう?」
久しぶりにイザークと会った時、は気軽にそのことに触れた。けれどイザークの表情は固く──唇を噛みしめていた。

「……俺たちが地球に降りた時のことを覚えているか?」
「あんな無茶苦茶なことしたの、忘れられる訳がないわ」
単身で大気圏を突破したのだ。しかもイザークに至っては当時負傷していたというのに。

「あの時……大気圏でストライクと戦っていた時、旗艦から一つシャトルが射出された。俺とストライクの間をそのシャトルが通って……闘いに水を差された」
「……………………」

まさか、………まさか。

「……………………俺は、そのシャトルを撃った」

頭を抱えて俯くイザークに、寄り添うことしか出来ない。彼の前に膝をつき、下から顔を覗き込む。包み込むように触れた彼の手は震えていた。

「…………シャトルに関する勧告はあったの?」
「……無かった。ストライクが慌てて駆け寄ろうとしたが…………。まさか…………」

……だから、否定も肯定もしなかったーーいや、出来なかったんだ。

あの時。大気圏から離れた位置にいた達にそこまで詳しい状況は判らない。刻一刻と変化する戦況を全て把握することは不可能だ。一緒に降下したディアッカも知っているかどうか。聞いたことが無いということは知らない可能性の方が高い気がする。……戦場とは、そういう場所なのだ。味方に撃たれる可能性も高い。それを踏まえて皆戦っている。けれど、そのシャトルを撃墜したということは。

「…………」
「……退艦した兵が乗っていると思った。ストライクとの戦いを邪魔されて……」
「…………そうだとしても、…………それは……」
続く言葉を発するのが怖い。けれど。

「…………それは、許されないことだわ…………」

戦力を持たないであろうシャトルを撃ったというのは、非戦闘員を撃ったということになる。相手が民間人だったら……。いや、勧告が無かった以上、退艦した兵が乗っていると判断するの妥当だろう。そもそも戦艦に民間人が乗っている訳が無いのだ。そんな異常な状態で、勧告が無かったということ事態があり得ない。
深呼吸して肩の力を抜く。
……自身も今は公平な判断が出来ていない自覚があった。

「…………俺は、裁かれるべきだ」
「……まずは事実確認をしましょう。判断はそれから。絶対に」
事実を確認しても、非戦闘員を撃ったという罪は消えない。けれど、そのことに触れることは出来なかった。

あの大気圏での戦いで、事実を知っている人が生きているのかどうか。ディアッカの話ではアークエンジェルのクルーは、大半がヘリオポリスを出た時から残っているという。旧クライン派からエターナルのクルーを辿り、バルドフェルド隊長を介してアークエンジェルのクルーへ。恐ろしく細い糸を辿って、当時のストライクのパイロットとヘリオポリス脱出時から停戦までずっとアークエンジェルの艦長だったという女性の証言で……イザークが撃墜したあのシャトルに乗っていたのは、全員民間人だったという確かな情報がもたらされたのだった。

議長は噂事態を揉み消そうとしたが、既に広まっていた話を鎮静することは出来ず──議員という身分でありながら、イザークも裁判を待つ身となった。

民間人を撃ったという事実。何より本人が裁かれることを望んでいる以上、水面下で動くことも無いに等しい。ただ時が流れるのを眺めていることしか出来なかった。

待っているのは、銃殺刑なのだろうか。

本当にそれしかないのだろうか。停戦交渉も始まって、世論はザフトへ志願したこと自体を非難する方向へと変わり始めていた。──プラントを守るために戦った人たちが、今では人殺しだと糾弾されている。……あの時、地球軍の核攻撃で死んだ方がよかったというのだろうか。ザフト全体への厳しい意見が続く中、除隊したにも出頭が命じられた。父やエドガーは憤慨していたが、自分の身になるともイザークやディアッカと同様、裁きを受け入れようと思うから不思議だ。軍本部に赴いて戦歴を確認して、事実を承認する。……確かに自分はザフトで戦った。地球軍の人を撃ったし……人を殺した。その事実には間違いがないし、戦ったこと自体に後悔はしていないのだ。プラントを守るため。血のバレンタインのように民間人が殺されることが無いように、戦場に立った。その気持ちを騙ることは無い。

軍本部に出頭した帰り、父の病院に寄って報告したとき。テレビに映る長髪の男性──新しく最高評議会に入ったギルバート・デュランダル氏の討論が中継されていた。議題は今話題の、ザフト兵を罪に問うかどうか。

「大人達の都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って今また彼らを処分してしまったら、一体誰がプラントの明日を担うと言うのです。辛い経験をした彼ら達にこそ私は平和な未来を築いてもらいたい」

この演説が、事実上の判決文となった。

まず早々にの無罪が確定し、少し間を空けてディアッカの無罪が確定。そして最後まで『民間人を撃った』という事実が問題となっていたイザークの裁判は、『民間人が搭乗したシャトルという勧告が無かった以上、退艦した戦闘員が搭乗していると判断するしかない』と言うことで、こちらも無罪となった。
……しかし、無罪と言われても心の中の罪の意識が消える訳ではない。

アプリリウスのジュール家の別邸にお邪魔して彼の帰宅を迎えただったが、イザークとの会話を試みるのは時間が必要だった。ソファに崩れるように座り込んだ彼は、始終俯いていて……髪が顔にかかって表情が見えない。
「俺は裁かれるべきだった」
日が暮れて薄暗い部屋の中で、彼の言葉はやたら大きく感じられる。
「こんな、償い切れないことを……」
「……あなたにとって、償いとは死ぬこと?」
弾かれたように顔を上げたイザークと向き合う。
「許されないことだ! 民間人の虐殺だぞ!」
「死んですべてが解決する? ……あなたが死んでもシャトルに乗っていた人が生き返る訳でもないのに」
「だが!」
「死ぬことは簡単よ、ただ引金を引くだけでいい」
「っ!」
それがいかに簡単で呆気ないことか、たちが一番よく知っている。一度引いたら引金は軽い。人間は慣れる生き物だから、引金を引くことにも慣れる。そうして戦うことに慣れていくのだ。

イザークが視線を逸らす。だけどここで避けるのは絶対に駄目だ。そんな言葉では彼を納得させることは出来ない。
「死ぬことも許されていない。あなたは生きて、生きて、生きて──償い続けなければならない」
「…………!」
頬に両手を添えて無理矢理にでも視線を合わせる。逃げることなく、向き合わなければいけない。……これからもずっと。
「誰に何と言われても生き続けて……償い続けて」
死なんて安易な逃げ道は許されない。生き続けなければならない。他人も、自分自身ですら決して許さない罪を、贖い続けなくてはならない。
「時には罵倒されることもあると思う。それでも」
「………………」
未来これからの為に、生きて」

「………………厳しいな……」
困ったように笑いあう。
イザークの瞳には薄らと涙が滲んでいた。……目の前のことを必死で処理して生きてきた。気がついたら彼の涙を見られるくらいの関係になっていることが不思議だ。

「……傍にいるわ。〝あなた〟ではないけれど……もう〝他人〟でもない。だから──過去のあなたではなく、生き続けていくあなたの──私は、傍にいたい」
「………………ありがとう」
こつりと額をぶつけて、近い距離で見つめあう。ぽろりと涙が零れて頬を伝っていく。冷たい見た目を持つのに誰よりも激情化な彼の涙は、美しかった。

……の気持ちは届いただろうか。決して彼が一人ではないということを、どうしても伝えたかった。……ニコルが死んだ時、黙って寄り添ってくれたこの人に。

少しの時間抱擁してから離れた時、部屋は驚くほどに暗かった。慌てて明かりをつけて、お茶でも飲もうかと部屋を出る。少し離れた廊下にディアッカが居た。

「来ていたのか」
「あぁ。出てこないからどうしようかと思ってたんだよ」
「…………ごめんなさい」

言葉を選びながら会話をして、三人でお茶を飲んだ。戦友の絆とはありがたいものだ。……きっと普通に暮らしていたら、彼らとこんなにも強い繋がりを築くことは出来なかっただろう。

イザークもディアッカも、今のところザフトへの残留を決めていた。ディアッカは赤を剥奪されて緑の軍服になるらしいけれど、「緑も似合うだろうしな」と笑っていた。

どんなことが待っていても、私たちは共に生きていく。
苦しいことも辛いことも……分かち合えるだろう。私たちなら。