取り戻せないもの 2

追記文を協調

ニコル、元気にしていますか? ラスティや他のみんなも元気でしょうか?
こちらは元気です。
時間が過ぎるのがあっという間で、前回メールを出したときから一ヶ月半も経っていて驚いています。返事が遅くなってごめんなさい。
クルーゼ隊の活躍、こちらにも噂で聞こえてきます。その度に私まで嬉しくなります。
こちらはすっかり任務や夜勤のシフトにも慣れて、先輩たちにも「すっかり慣れたな」なんて言われました。
最前線での任務は大変や不便なことが多いだろうけど、ニコルなら



そこまで文章を打って、は手を止めた。
この話題は前回も書いたような気がしたのだ。相手がニコルだから、同じような内容でも問題はないのだが、せっかく送るのだから、違う話の方がいいとは思う。
任務のことや任務上起こったことは書けないし、最前線で過ごすニコル達とは違い、国境警備の任務はそこそこに平和だ。少なくとも、メッセージに打つ内容を探してしまうくらいには。
戦場──というよりは基地──から出すメッセージは、思った以上に難しい。

少し気分転換してからまた続きを打とうと、は席を立った。コーヒーでも飲もう。 以前は砂糖とミルクがないと飲めなかったが、アカデミー卒業後はすっかりブラックでも飲めるようになっていた。
基地のラウンジでインスタントのコーヒーを飲む。安い濃い味が目を覚まさせるように体に染みこんでいく。 その時、見覚えのある人物がラウンジに入ってきた。

「あぁ、やっぱり」
そこに立っていたのはイアン・シュナイダーだった。
「お久しぶりです。さっき歩いているところを見かけて。もしかしたらと思って」
「本当に……お久しぶりです。ザフトに入られたことは、イザークから聞いていたのですけれど」
「あぁ、同期なんですよね」
「えぇ」
ザフトに入る以前の知り合いと会うのは貴重だ。はなんだか嬉しくなってしまって、ぎこちないながらも会話を進める。

「お母様とお兄様のこと……聞きました。お悔み申し上げます」
「……ありがとうございます」
そういえば、彼は血のバレンタインの前にザフトに入ったと聞いている。 志願の理由を聞いてみたい気もしたが、いきなり聞いたりしては失礼だろう。 そのあと少し言葉を交わして、とイアンは別れた。



***



国境警備の任務に勤しむある日、に突然転属辞令が下りた。驚きながら配属先を確認すると、更に驚くことになった。 転属先の部隊名は〝クルーゼ隊〟。ニコルや沢山の同期が所属している隊だ。
お世話になった先輩たちや基地の人たちへの挨拶もそこそこに、は本国行きのシャトルに飛び乗る。 私物の整理でドタバタとしていたが、シャトルに乗ってようやく一息つくことができた。 冷静に考えてみると、自分はクルーゼ隊で足手纏いにならないか不安になってくる。 久しぶりにニコルや同期のみんなに会えるのは嬉しいが、正直不安の方が大きい。シャトルの窓から宇宙の星を眺めながら、は小さくため息をついた。


久しぶりの本国だと思うよりも先に、ラクス・クラインの消息不明のニュースとクルーゼ隊の休暇繰り上げ出港の伝令が飛び込んできた。 慌ててクルーゼ隊の母艦──ヴェサリウス──に乗り込む。 艦の入り口に白服で仮面をした人が見える。噂のクルーゼ隊長か。 どうやら赤服の隊員と議員服の人物と話しているようだ。敬礼して通り過ぎたが、話し込んでいるのがアスランとパトリック・ザラ国防委員長だったのには驚いた。


出港の後、クルーゼ隊長に着任の挨拶を済ませ、割り振られた一般兵用の部屋に行こうとすると、通路でアスランと再会した。
「アスラン」
「! ……か。久しぶりだな。こっちに配属になったのか?」
「そう、急で驚いたけれど……。みんな元気? ニコルやラスティは?」
「………ラスティは、……戦死したよ」
「……! ……MIAじゃなくて?」
「あぁ。俺の目の前で……死んだ」
「…………そう……」
言葉だけ「死んだ」と言われても、正直実感がわかない。ただ、あの明るくて元気なラスティにもう会えないのが寂しい。

「あ、その、ラクス嬢のこと……きっとご無事よ。彼女は民間人だし……」

自分で言葉にしておきながら、民間人だから無事だなんて、に正直思えなかった。血のバレンタイン。あの悲劇で亡くなった人のほとんどが民間人だ。 その中には、の家族も、アスランの母親も含まれている。 〝民間人〟が無事の免罪符にならないことは、誰よりも自分たちが知っているのだから。
「あまり気の利いた事を言えなくて……ごめんなさい」
「あぁ。いや、ありがとう……」


自室の整理を簡単に済ませて、は格納庫へ向かう。 急な転属だったため、自分に宛がわれたモビルスーツの確認が行えていなかった。

格納庫には、先の作戦で奪取した地球軍の新型モビルスーツ、イージスと隊長機のシグー、ジンが数機、そしてあまり見覚えのないゲイツが並んでいた。
近くにいた整備班の人に名前を告げ、自分の機体を確認する。

「私だけゲイツの試作機?」
「あぁ」
「ジンだと思っていたけど。上手く乗りこなせるかな……」
「期待されているってことだろう。お前たちの代は血のバレンタインの直後の入隊で、人数が多かっただろ。 緑でもアカデミーの成績が上位だったら、他の代だったら普通に赤をもらってたってやつもいるだろう」
「私はそこまでモビルスーツのシミュレーションの成績が飛びぬけてよかったわけじゃないけれど……。 そこまで言われたら結果を出さないといけないわね」
「最新型が配備されるのも、エリート部隊の役目ってことだ」
「流石クルーゼ隊、ってことね」

「あぁ、。今はラクス嬢の捜索任務だが、俺たちが追っていた足つきにいるのは、イージスと同じ新型のストライクっていう機体だ。後メビウスが一機いる。新型はフェイズシフトの装甲を持っているから、お前のゲイツの装備じゃ、ストライクのフェイズシフト装甲には通用しない。戦い方を考えておけよ」
「フェイズシフト……。分かったわ、ありがとう」

がメインで戦うのはメビウスになるか、それともストライクの牽制になるか。……どちらにしても、ストライクとメインで戦うのは、アスランに任せた方がいいだろう。アスランにその旨を伝えれば、彼は間を開けてから「…………わかった」と告げた。
…………随分と歯切れが悪い。やはり、ラクス嬢のことが心配なのだろう。
アスランの気がまぎれるように、はイージスのことや、クルーゼ隊のこと、ニコル達の様子、色んなことを訪ねてみた。
けれど、やはり……アスランの表情が晴れることは無かった。




***




がクルーゼ隊に転属になってから早くももう三日。ヴェサリウスは今、消息不明のラクス・クラインの捜索任務に当たっている。 その前には足つきと呼んでいる地球軍の新造艦を追いかけていたらしい。
しかし、前方に地球軍の艦隊を発見したらしく、隊長からブリーフィングの集合がかかる。 足つきと接触するであろう艦隊を見逃す訳には行かないということで、地球軍艦隊へと仕掛けることになった。 そして、出撃直前に足つきを発見したとの報がもたらされた。


転属後初の戦闘とあって、は自機の試作品ゲイツのコックピットに早めに入り、待機していた。 初陣はとっくに済ませているが、平和な国境警備での任務では敵機を撃墜したことはない。 シミュレーションの通りに行えば大丈夫だと自分に何度も言い聞かせる。 求められているのは、が求めているのは結果だ。死ぬわけにはいかない。少し震える手を握りしめる。落ち着いて深呼吸。 シミュレーションと同じように。大丈夫。

、発進します!」

レバーを押してペダルを踏みこむ。広い宇宙の中に敵艦の光が見える。一番近い敵に向かってモビルスーツを進める。 背中を、頬を、首筋を、冷たい汗が流れていくのがわかる。 敵をロックして、レーザー銃のトリガーを引く。地球軍のモビルアーマーは少し悶えるような動きをした後、呆気なく爆発した。
大丈夫、自分は冷静だ。味方の援護ができるように、敵機を減らせるように。訓練のように。は戦闘に入っていった。


地球軍の部隊のモビルアーマーと戦艦をあらかた倒し、足つきへの攻撃が本格的に行われようとしていたところで、足つきから全周波での放送が始まった。
消息不明のラクス・クラインを足つきで保護しているという。
『全軍攻撃中止だ』
ヴェサリウスからの通信を受け取り、しぶしぶ母艦へと帰艦する。このまま戦っていれば足つきを落とせたのに。 けれど、ラクス嬢がいる艦を撃ち落とす訳にはいかない。

見慣れた格納庫へと戻ると、は大きく息をついた。今まで止まっていたのではないかと思うほど、激しく心臓の音が聞こえる 身体全部が震えているようで、じんわりと汗が滲む。が撃墜したメビウスは四機。 四人の人を殺したのだ。自分の手で。
! 撃墜は初めてだって? 初めてにしちゃ上出来だな」
リナの機体の整備を担当している同じ年頃の整備員に声をかけられ、は何とか手を挙げて返事をした。 無重力下でよかった。重力があったら足が震えて歩けないような気がする。 パイロットスーツから軍服へ着替える間も惜しく、ラウンジへと急ぐ。冷たい水をコップ二杯飲み干すと、ようやく人心地つけた。

お腹に手を当てて、意識して深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐く。大丈夫。自分は落ち着いている。
コップを握る掌が少し震えていて、は自嘲した。
この瞬間のことは、志願したときから、アカデミーにいた時からずっと想像していたものだけれど……想像以上の衝撃を受けている自分を持て余す。
肩を上げて墜として、もう一度深呼吸。そして、手の震えは止まった。



足つきに残っている、奪取し損ねた地球軍の新型モビルスーツ、ストライクから変わった放送が入ったのは、 整備が完了してパイロットに休息の許可が出て少し経った頃のこと。
ベッドでまどろんでいたは、第一戦闘配備の発令で慌てて部屋を飛び出した。
急いでパイロットスーツに着替え、コックピットで待機する。全周波であろう放送は、モビルスーツのコックピットでも拾うことが出来た。

「ラクス・クラインを引き渡す……? イージスのパイロットが単独でって……アスラン?」
「随分変な放送だな、こっちにとってはありがたいが……」
『隊長の許可が出た。アスランが一人で出る』
随分と変わった要求だ。何もせずにラクス・クラインを引き渡すということも、単独での引き渡しを要請することも。

ラクス・クラインの引き渡しが終わったであろうところで、隊長のシグーが発進した。 達にも発進命令が出るかと息をのんだところで、また全周波での放送が入った。

『追悼慰霊団代表のわたくしのいる場所を、戦場にするおつもりですか? すぐに戦闘行動を中止してください』
『…………了解しました、ラクス・クライン』
何もかも変な流れだ。外交カードとしても使えるであろう令嬢をタダで返すなんて正直には信じられない。
アスランのイージスと隊長のシグーが無事にヴェサリウスに戻ってくるのを、は不思議な気持ちで眺めた。

そして、ヴェサリウスはラクス・クラインを引き渡すために最前線を離れ、足つきの追撃はガモフへと託されることになる。