いつかの日のように 1
ラクス嬢をラコーニ隊に引き渡すまで、クルーゼ隊は思いがけず少しだけゆっくりとした時間を過ごせることになった。
もちろん、地球軍と遭遇した場合は戦闘になるので警戒は怠らないが、ラクス嬢の安全を第一に考え、ザフトの勢力圏内を優先して通るので、今までよりも警戒のランクは低いと言っていい。
ラクス嬢の身の回りの世話は、婚約者であるアスランと数少ない女性であるが担当するように命じられた。
ラクスと話した後で、アスランがどことなくぐったりしているように見えて、は不思議に思っていたが──実際に接してみて納得がいった。
面と向かって話したのはほとんど初めてだったが、ラクス・クラインは……なんというか、不思議な人だった。
天然とも言えるのだろうか。アスランが作ったハロというペットのようなロボット(ラクスはお友達だと言っていたが)とともに、ほんわかとした空気を纏っている。
ラコーニ隊に引き渡しが行われるまでの短い時間ではあったが、今まで出会ったことの無いタイプの人間を相手に四苦八苦し、引き渡しが終わった後、は失礼だと思いつつ少しほっとしてしまった。
***
ラクス嬢を引き渡した後は、今までの遅れを取り戻すかのようにヴェサリウスは真っすぐにガモフとの合流を急いだ。
ガモフからの定期報告で、イザークが顔を負傷したとの情報が入り、ブリーフィング中だったヴェサリウスのブリッジは一瞬にして凍った。
確認してみたところ、眼球などは無事だと聞いてはひとまずほっとしたが、プライドの高いイザークが顔に傷を負って……怒り狂っているのではないかと気にかかる。
傷にも身体にもよくないだろう。でも、確実に怒っているだろう。絶対に。
……あまり熱くなって周りが見えないようなことにはならないとよいのだけれど。無駄だと思いつつも、そう思わずにはいられないだった。
先の戦闘でアスランが撃墜できず、ニコル、イザーク、ディアッカの三人でも墜とせなかったストライクという機体──。
遭遇したときは、気を付けてかからねばならないだろう。
***
ヴェサリウスはガモフ、ツィーグラと無事に合流を果たした。はガモフにニコルがいると聞いていたので、通信を入れてみた。
「ニコル」
「!? どうして……」
「クルーゼ隊に配属されたの。これからよろしくね」
「補充要員が来るとは聞いていましたが……。だったんですね」
「私の他にも何人かいるけどね。ねぇ、イザークの傷はどうなの?」
「先ほど医務室に行きましたが、眉間から右の頬に向けての傷でした。そこそこ深かったようですが、眼球とかは大丈夫とのことでしたよ」
「イザークの様子は? 怒ってない?」
「の想像通りですよ。すっごく怒ってます」
「やっぱり……。でも、怒る元気はあるのね」
怪我をしたことは心配だけれど、様子が聞けて少しだけ不安が和らいだ。
「ニコルはあの……地球軍から奪取した機体に乗っているんでしょう?」
「はい。は? ジンですか?」
「ゲイツの試作機よ。緑がかった灰色のやつ」
「そうなんですか……。、国境警備の隊とは色々違うところがあると思うので、気を付けてくださいね」
『第一戦闘配備発令。第一戦闘配備発令。パイロットは搭乗機にて待機』
突然の艦内放送が響く。
「ありがとう、ニコル。戦闘配備だから、行かなくちゃね」
「はい……。、本当に気を付けてくださいね」
最後にそう話して、たちは通信を切った。
『地球軍は足つきをこのまま地球に降ろすつもりのようだ。地球の重力に引っかからないように、高度は常に意識しておけよ』
「了解」
オペレーターの言葉を頭の中にしっかりと刻み込む。アスランが乗ったイージスが発進していくのを見届けて、モビルスーツを発進位置へと進める。
「・、発進します!」
敵艦隊の後ろに青い地球が見える。は地球をこんなに間近で見たのは初めてだった。けれど感動する間も無い。少し離れた宙域に、戦いの光が瞬いている。
相手はかつてないほどに大勢だ。戦いは基本的に数が多い方が有利だが、負ける訳にはいかない。
『目標はあくまで足つきだ。他に時間をくうなよ』
クルーゼ隊長はそう言うけれど、足つきは艦隊に守られるように陣形の一番奥にいる。艦隊を突破するのはかなり骨が折れるだろう。
モビルアーマー、艦をいくつ倒しても足つきに辿り着けない。こちら側のモビルスーツも何機か墜とされている。
基本的にいつも複数の相手を捌かなければならないため、いつもよりも疲労していくのが早いと自分でもわかる。
次から次に襲ってくるモビルアーマーを相手にすることで精一杯だ。相手の武器を、コクピットを、艦のブリッジを狙う。落ち着いて、一機一機墜としていくしか道はない。
「本当に数が多い……!」
突然目の前に飛び込んできたモビルアーマーを撃墜する。今倒したので、の近くにいる敵はあらかた片付いたようだ。
艦隊の層が少し薄くなって、足つきと、護衛するように位置している旗艦までの道が開けたように見えた。……この隙を逃してはいけない。
足つきを目指してゲイツを進める。旗艦に近づいたと思ったら、更に沢山のモビルアーマーが出撃してくる。足つきまでが近くて遠い。
「まだ来る……!」
「グレイト! 数だけは多いぜ!」
通信の向こうのニコル達にも疲れが見えるような気がする。視界に入った足つきが動き出したのは、その時だった。
「アークエンジェルが……!」
「降りる!?」
足つきが高度を下げ始めたのだ。
「させるかよ!」
イザークとディアッカが足つきを墜とすために更に攻め込む。
後に続こうとしたが、は高度を確認して思わずペダルから足を離してしまった。
これ以上進むと地球の重力に引かれてしまう。
「イザーク、ディアッカ! 高度を確認して!」
呼びかけてみたけれど、二人から返事はなかった。更にこのタイミングで、足つきからストライクとメビウスが出撃してきた。
「ここでストライクが……!?」
相手の指揮官の考えが読めない。
今の位置からではストライクへ攻撃も援護も出来ない。ならば……残ったモビルアーマーを倒していくだけだ。戦っていると、脇をザフトの艦が通り過ぎていく。
あれはガモフだ。地球軍の旗艦と刺し違えるつもりなのか、高度も被弾も気にしていないように見える。
『ガモフが!』
ブリッツが後を追おうとしたが、即座にヴェサリウスからストップがかかった。
『アスラン、ニコル、! それ以上高度を下げるな!』
オペレーターからの通信で改めて高度を確認すれば、限界値を少し超えていた。は慌てて高度を上げる。その時、視界の端にいたガモフと地球軍の旗艦が爆発した。
「ゼルマン艦長!」
ニコルの叫び声を聞きながら、まだ戦っているストライクの方に視線をずらす。ストライクとデュエルは遥か下に落ちていた。
もう、ただ彼らが重力に引かれて落ちていくのを見ることしかできない。
モビルスーツで降下して、イザークの身体は大丈夫なのだろうか。どうか無事でありますようにと、祈るようには思う。
戦闘は決していた。地球軍の艦もモビルアーマーもあらかた倒されて、数え切れる程度にしか残っていない。
ザフトの勝ちだ。しかし……結局、本命の足つきには逃げられてしまった。
……足つきとの戦いは長くなるのではないか。長いため息をつきながら、はそう思った。