能力ちから

入学してから一週間。呪術会の基礎的な座学がずっと続いていたけれど、ようやく体育……じゃなくて、体術の時間がやってきた。身体を動かす時間は基本的に全部体術訓練に当てられるらしい。人数の関係で二年生と合同だ。更衣室──硝子さんと二人きりなので贅沢だ──でジャージに着替えて校庭に出れば、五条さんが七海に絡んでいた。
七海、よく絡まれるなぁ。夏油さんは随分と大きな呪霊に座っていて、「大きすぎじゃないですか」と言おうとしたら硝子さんが寝そべるように呪霊に乗った。…………硝子さんのためにあの大きさだったのか。灰原が準備運動していたので、そちらに移動して私も一緒にやることにした。
それにしても、七海はよく絡まれるなぁ。私が灰原の方に行ったからか、少し恨めし気な視線を感じるけれど……。私では五条さんを止められないから、助けることは出来ない。七海に心の中で謝罪する。
体術の授業と言っても、呪霊との実戦を想定しているから呪術を使うのも全然有りらしい。というか、一年生はどんな方法も許されて、二年生は一年生に対しての呪術の使用が禁止された。わかりやすいハンデに私たちが訝しむ中、夜蛾先生は一言で話を切り上げた。「それでも一発も入らないだろう」、と。

「遠慮しなくていいよ」と笑う夏油さんに、「何、ビビってんの〜?」と煽ってくる五条さん。作戦会議の時間が与えられて、私たちは顔を突き合わせて話し合う。まずは自分たちの能力の説明からだ。

「僕は接近戦の格闘タイプ」
「私もそうです。は?」
「私は遠距離になるかなぁ。具体的なことを話すと、虎が出せるから、基本的にはその子任せかな。乗って移動とかも出来るけど」
「虎! かっこよさそうだね」
「黒くてかっこいいよ」
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしてしまう。
「話が逸れてます。正直連携とかは出来ないでしょうし、出たとこ勝負でしょうね。合わせられる人は合わせる形で」
「了解!」
「了解」

とても作戦と言えるほどのものではないけれど、これ以上どうしようもない。
夜蛾先生が笛を吹いたのと同時に、灰原と七海が全力で殴りに行ったけれど、二人ともあっさりと躱されてしまった。私も虎を出して攻撃を仕掛けるが──やはりこちらも躱された。
「式神か」
「誰が行く?」
「俺七海とやりたいからパス」
「程々にしてやれよ。なら私は灰原かな。硝子、任せたよ」
「はいはい」

……背筋がぞっとしたのは、正しい反応だった。結局、私たちは夜蛾先生の制止がかかるまで、二年生にボコボコにされたのだった。



***



散々いたぶられた末に与えられた休憩時間。三人で座り込んで息を整えているところ、硝子さんに肩を叩かれた。
「何ですか?」
「虎、出して」
特に断る理由もないので虎を出せば、硝子さんは虎の頭を撫でて頬を揉んで、それから肉球を堪能し始めた。……愛でたかったのか。
「黒い虎って違和感スゲーな」
「名前とかあるのかい?」
「え…………クロ?」
「今決めただろ」

五条さんの指摘にぎくりと肩が反応したけれど、流すことにした。

「その額にある鏡なんか意味あんの?」
「え、……おしゃれ?」
「そんなわけないだろ」
「鏡っつーのは呪術的に意味があるんだよ」
そういえば授業で習った気がする。
「自分の術式把握してねーとか、お前直ぐ死ぬぞ」
「悟」
「こういうのははっきり言った方がいいんだって」
こうして戦いの訓練をしていても、まだ〝死〟というものを遠くに感じているのは……やはり甘いのだろうか。
「自分の力を把握しておくことも大切だよ」
夏油さんの言葉に「はい」と返事をすれば、「俺のことは無視かよ」と五条さんが臍を曲げた。そういうつもりではなかったけど。

、虎をこっちに向けてみてくれるかい?」
「えー」
不満の声を上げたのは硝子さんだ。虎の背に顔を埋めていた。
「すみません」と謝って夏油さんの方に移動させる。ついでに私も撫でておいた。
「…………やっぱり、呪力が吸われてる」
「え?」
「うわ、吸い取りかよ。ずりーな」
「え」
先輩たちは仲がいいから少ない言葉で分かり合えるのかもしれないが、こちらは何が何だかさっぱりわからない。
「夏油さん」
「この鏡、相手の呪力を吸い取っているよ。は今まで、呪力が切れたり、使い果たした事……この子を呼び出せ無かったことはある?」
「えっと……一番最初の頃は苦労しましたけど、それ以降は……無いと思います」
「っつーことは、こいつが吸い取った呪力はお前のものになってるんじゃね?」
「……それって」
「呪霊からも呪力を吸い取れるなら、これは凄いことだよ」
……ゲームで、敵のキャラが自身のMPを吸収して使うと考えれば……それは確かに『狡い』。
「つーことはお前はよっぽどのことが無ければ、呪力切れしない訳だ」
「まだ仮定だけどね」
凄いね!」
思わず自分の虎をまじまじと見てしまう。……君、そんなに凄い子だったの、という私の問いに答えるかのように、虎は得意げな顔をしているように見えた。