空よりもなお青く
五月の連休には、みんなそれぞれ実家に帰った。高専に入学してから一ヶ月。久しぶりに顔を合わせた父は、何だか前よりも老けた気がして、不思議な感覚だった。
祖父母に話が聞こえてしまわないように、ファミレスに移動して色んなことを話す。所謂、初任給というものが出たから、何かプレゼントをしようと思ったのだけれど……やんわりと断られてしまった。
「お前が身体を張って稼いだものなのだから、思うようにしなさい。強いて言うなら、無駄遣いはせずに、貯金もすること」
「………………はぁい」
学生が手にするには大きすぎる金額を見て、少し浮かれていたのは隠すことにした。早速デジカメを買ったけど、あれは…………これから先も使えるし、無駄遣いじゃないから。
撮影した写真を見せながら、七海や灰原のことを沢山話して、地元の料理も沢山食べて──大満足の帰省だった。
連休明けにそれぞれのお土産を交換して、呪術や体術の訓練をこなす。
夜蛾先生から呼び出されて、出張任務が告げられたのは、連休が終わった翌週の月曜日だった。
「栃木に出張かぁ〜。お土産何にしようか」
「餃子?」
「男子高校生にはピッタリだね。お菓子も欲しい」
「苺が名産ですね」
「まだ売ってるかな?」
「どうだろう、ギリギリだね。お菓子はあるだろうから、それは絶対買おう!」
「ウノも持っていこ」
「トランプも!」
「実家から持ってくればよかったな~」
「……いつやるんですか?」
「え、夜とか……」
「この前みたいに時間が分かっている訳でもない。夜までかかる可能性だってある。それに、私たちは任務に行くんですよ。遊びに行くわけじゃない」
「……それは…………そうだね」
窘められてしまった。確かに、七海の言う通りだ。命を懸けて任務に行くのだから……相応の準備が必要だろう。けれど、だからこそ……気を抜いた時間も大切だと思うのだ。…………単に、私が遊ぶ準備を怠りたくないだけかもしれないけれど。
一泊二日の任務。やっぱり私は荷物の中に、トランプを入れたのだ。
新宿まで出てから、細かく電車を乗り継いで栃木へ向かう。
「乗り換えが多くてちっとも落ちけないね」
「でも二時間で来られるんだね。もっと遠いかと思ってた」
宇都宮の駅でコンビニに寄って、飲み物を買おうと思ったら。
「レモン牛乳!」
「…………レモンと牛乳って合うのかな……」
「買ってみよう!」
「灰原! 思い切りがよすぎ!」
「大丈夫、牛乳好きだし! …………美味しい!」
「早いよ! 一口ちょうだい。……美味しい!」
「七海も!」
「…………はぁ」
即断即決が過ぎる灰原とはしゃいでしまったけれど、任務の時は集中。
メリハリが大事だと夏油さんも言っていた。
この間のゲーセンみたいに探し回ることは無く、呪霊はあっさりと見つかった。
繁華街に堂々と姿をさらしていたのだ。まるで自分の力を誇示するかのように。
クロを向かわせて、まずは相手の足を止めようと思ったけれど、すばしっこくて捕えきれない。クロが捕まえられないということは、呪力も吸えないということで……。七海と灰原が戦闘に入る。三人で訓練している陣形で祓おうとしたけれど、中々こちらの思惑通りには進まない。
ジリジリと自分の呪力が減っていく中。呪霊が灰原の後ろを陣取って、彼の心臓を狙っている。その方向に突進したのは、本当に反射だった。
「っ!」
「!」
右胸の横をえぐられて、一瞬意識が飛びそうになった。視界の端に見えたクロは、薄く、消えそうになっていた。
こんなヤツに、負けてたまるか!
そう思ったのと、七海が呪霊の脚を切断したのはほぼ同時だった。
足を失った呪霊はもう、最速スピードを保てなくなり……灰原が抑え込むのも容易かった。クロの鏡で呪力を取り込んで、七海がとどめを刺して終わり。
ほっとしたのと同時に、私は意識を失った。
***
目が覚めたら、真っ白な部屋だった。起き上がろうとしたら酷い痛みが走って──
「~~~~~!」
──言葉にならない悲鳴を挙げて、ベッドに倒れこむ。
「もしかして、起きた?」
カーテンの向こうから、灰原の声がして……シャッとカーテンをめくる音と同時に、眉尻の下がった灰原が顔をのぞかせた。
「よかった! 七海、起きたよ」
灰原が振り返って声をかければ、カーテン越しにゆっくりと動く人影が見える。不機嫌そうな顔をして、七海もカーテンの内側にやってきた。
「呪霊、祓えたんだよね?」
「うん。、僕のこと庇ったんだよ」
「そうだった……」
「ここ、宇都宮の……呪術協会と懇意にしてる病院なんだって。帰りは今、補助監督さんが調整中」
「二人は先に帰るの?」
「三人ともだよ。とりあえず今夜はここに泊まるの決定だけど、ここで入院するよりも、帰って家入さんの治療を受けた方が早いからって。今が寝たまま帰られるように、ワゴン車の手配してるみたい」
「ひえっ」
てっきりこのまま入院生活になるのかと思っていたら、予想は更に上を行った。いや、遠方での入院生活も困るけれど、まさか明日帰路につくとは思っていなかった。思わず悲鳴を挙げてしまっても仕方ないと思う。
「………………出発の前に鎮痛剤を投与してくれるみたいですよ」
「………………嬉しいけど嬉しくない……」
気遣いが感じられるのは嬉しい。けれど、動きたくないのが本音だった。
「先生に目が覚めたの伝えてくるね」と言って灰原が病室を後にして、眉間に皺の寄った七海と二人きり。付き合いの短い私でもわかる……彼は怒っている。
「………………そんなに、怒らないでよ」
「………………どうしてあんなことをしたんですか」
「灰原が危なかったから」
「式神を行かせればよかったでしょう」
「…………次からはそうするよ。まだ、咄嗟の時にそこまで思考がまわらないって分かったから」
「………………あんな、」
「じゃあ、七海は灰原を見捨てるのが正解だったって言うの?」
「そうじゃない! ただ」
「これが〝任務に行く〟ってことなんだと思うよ。ゲーセンの時は苦労しなかったから、私たち、ちょっと考えが甘かった部分があるのは確か。呪霊も、私たちも、命を懸けて戦っているんだから──怪我なんて当たり前で、これくらいで済んでラッキーな方なんだよ、きっと。…………私も、灰原も生きてるから」
私の言葉に、七海は何か言い返そうと口を開いた。けれど……結局、彼は言葉を飲みこんだ。そうして。
「…………あなたが式神をちゃんと使えていれば、みんな無傷で無事に帰れた」
「そうだね。もっと、訓練しなくちゃ」
「………………私が、もっと早く足を切れていれば、あなたが怪我をすることも無かった」
「………………それは、不毛な考えじゃない?」
「………………私も、もっと強くなります」
「うん。もっと、強くならないと」
……強くならないといけない。だって──死にたくないから。
タイミングよく、灰原とお医者さんがやってきて、七海との会話は終わった。
先生の診察の後、改めて灰原から謝罪と──感謝の言葉をもらった。
「もっと強くならないとね。に庇われなくても大丈夫なように」
灰原がそう言ったから、私も七海も頷いた。
ほどなくして補助監督さんが病室に来て、車の手配が出来たとのことで、明日、車で東京に戻ることになった。
補助監督さんはそれはそれは丁寧な運転を心がけてくれて……灰原はずっと私の面倒を見ていてくれた。
ワゴン車の後部座席で、川の字になって三人で寝転がって、ずっと──どうやって強くなろうかと、話し合ったのだ。
Title : サンタナインの街角で