ある六月の出来事

あっと言う間に六月になって、高専の敷地内に紫陽花の花が咲いて梅雨入りを迎えた。
少しずつだけれど、授業内容が座学から実技に移行してきていた。ノートを取るときに手が紙にくっつかなくなるから、ありがたい部分もある。……総じて、汗をかく時間が増えるということでもあるけれど。
中学の同級生は校舎にエアコンが完備されているからあの高校に決めた、とか言っていたなぁ、と思い出す。
高専にはそういう兆しは全くない。普通の教室では学べないことも多いし、学生といえど任務で外出することも多いから、教室の設備が充実しないのも無理はないのかもしれない。

一般的な体育の授業は全部体術訓練で、自分の術式を訓練する時間もある。界隈の常識や、呪術協会の定めている規定を授業として学ぶのは不思議なものだったけれど、二ヶ月も経てば慣れてくる。
もちろん普通校と同じように、一般科目というものも存在している。
……最近、私にとって悩みの種となっているのは、この一般科目のことだ。
「………………古典と歴史の授業が濃密過ぎない?」
歴史の授業は当たり前のように日本神話から始まった。
正直なところ、最初はかなり面食らってしまったけれど、神話に登場する神器が由来となっている術式は現在まで残っているというから驚きだ。
神話の時代が終わって、縄文、弥生、古墳、飛鳥、奈良とさっくり進み。問題は平安だ。

中学の時には源氏物語と源平の戦いくらいしか知らなかった〝平安〟という時代は、呪術高専では〝平安初期〟〝平安中期〟〝平安後期〟と分類されて、更に細かくそれぞれの時代の出来事がそれはもう細密に記録されていて──歴史の授業では最近ようやく〝平安初期〟が終わって〝平安中期〟に入ったばかりだ──正直、嫌になってきていた。
「平安と一口に言っても三百年はありますからね」
七海はいつものように平然としている。
「でも平安時代の呪詛師について今習っても、もうみんな祓われてるじゃない?」
「そう言われると、確かに?」
「……協会が全ての呪霊を把握出来ているわけではないでしょう。もしかしたら隠れるように残っているのが居るかもしれませんよ」
「……そっか。街にも低級のやつって結構いるもんね」
そう言われると、歴史の重要性が少しだけ納得できた。
次の問題は古典だ。
こちらは平安時代に公家として朝廷に仕えた人物の日記──五条さんの先祖に当たる人が書いたらしい──を延々と読み解き続けている。
「今習っている日記は直筆が五条さんの実家にあるそうですよ」
「そういうのって文化財で博物館とかが管理するものじゃないの?」
古典作品は基本的に写本で、多くの人が写している間に直筆が失われてしまう、というものだと思っていたけれど。……というか、直筆の在りかがはっきりしているだけでも凄いのでは? そう思うのと同時に、それが世には広まっていないということがまた恐ろしい。
「……五条さんの家って、平安から続く家系図とかありそう」
「…………あるんじゃないですか? 〝六眼〟を持つ家の情報を記録として残さない方がおかしい」
「そう言われると、そうだね……」
七海の言葉に引きつつも納得してしまう。自分の考えがまだ一般人よりだったことが、嬉しいやら悲しいやら、複雑だ。…………七海は私たちの中で一番、呪術師っぽく物事を考えていて、私と灰原はいつも七海の後を追いかけている気がする。
でも、体術なら灰原が一番動けるし、もしかしたら私が一人だけおいていかれているのかもしれない。
三人しかいない学年と言っても、ビリだと思うと途端に焦りを感じてしまう。もう少し勉強に身を入れようと決意したのと同時に、五条さんが「フルーツポンチするぞ!」と叫びながら教室に入ってきた。



***



「家系図? お前らの家にもあるだろ?」
「…………」

五条さんが普通にそう言うから、私たちはもう何もいえなかった。
……由緒正しい家というのは、凄い。


五条さんの先輩命令という形で白玉を作る係になった七海と、その助手に任命された私は、現在寮の調理スペースで白玉粉をこねている。
夏油さん曰く、読んでいた漫画に出てきたフルーツポンチを、実際に食べてみたいということらしい。
こういう時の五条さんの行動力には凄まじいものがあり、話をした翌日には、サイダーと数多くのフルーツと白玉粉の準備が済んでいたとのことだ。
ちなみに、灰原は夏油さんと一緒に、スイカの器を作るべくスプーンで実をくり抜く係に任命されている。……それにしても、六月なのにどこでスイカを調達したのだろう。

白玉の用意と言っても、そんなに手間がかかる訳じゃない。水を入れてこねて、丸めて、ゆでるだけ。私も七海も何も話していないのに、お互い真ん中を凹ませていたのは、何だかおかしかった。

六人分の準備となるとそれなりの量になる(五条さんが準備した量が多かったので、それなりに大変だった)。白玉係の任務が完了したころには、灰原と夏油さん作、スイカの器も無事に完成していた。
五条さんと硝子さんが皮をむいてカットしたフルーツを入れて、私たちの白玉もスイカに投入。いつの間にか寮の冷蔵庫に大量に投入されていたサイダーを注いで、突発的なフルーツポンチパーティが始まったのだ。

「フルーツポンチなんて久しぶりに食べるなぁ。灰原、スイカくり抜くの大変じゃなかった?」
「大玉じゃなかったから」
「腕疲れたりしてないの?」
「これくらいなら平気。疲れてても大体寝て起きたら大丈夫だし」
「凄いね」

「これがフルーツポンチか」
「悟、満足したかい?」
「ウマいからまた来週もやろうぜ」
「うわ、お子様……」
(聞かなかったことにしよう)
「言い出したら聞かないからね、悟は。来週もやるなら、白玉は抜きだよ。スイカの器もね」
「じゃ来週はそれで決まりな」

「決まったみたいだよ」
「……うーん………。まぁ、切ってサイダーに入れるだけなら……」
「……………………」
「七海、多分逃げられないよ」
「……………………分かってます」



***



「入学したときにスマブラやって、桃鉄100年やったのって、先月だったよね。……来月もあるのかなぁ、先輩命令」
「そうかもね」
「…………………………」
「…………三年生と四年生の先輩はそういうこと言ってくる人達じゃなくてよかったよね」
「そもそもあんまり話したことも無いよね」
「…………………………」
「………………私たちは、後輩に優しい先輩になろうね……」
「…………五条さんに振り回される立場という意味で、同じですからね」
「………………それでも、優しい先輩になろうね……」