愛しい夏の亡霊
「ありがとうございましたー」
コンビニ店員さんのあまりやる気のない掛け声を聞きながら、雑誌売り場で待っている七海と灰原の元へと向かう。こういう時、集合場所として利用されているだけであって、二人は立ち読みとかはしない。灰原は我慢できなくなって直ぐレジに持って行って会計するし、七海は〝立ち読み〟という行為自体が好きではないからだ。
三人でそれぞれのお昼ご飯を手に、コンビニを後にする。高専までの徒歩十分間、日差しを遮るものがないから中々辛い道のりだ。
年々暑さを増していく東京──の郊外。刺すように感じられる日差しに、そのうち日焼け止めが負けそうな気がする。……日傘買おうかな。
「あ!」
最後尾を歩いていた灰原が大きな声をあげたので、私も七海も彼を振り返った。
そもそも高専の制服が黒いから余計に暑さを増しているのでは、と考えていたところだった。
「何か買い忘れた? なら……」
「夏祭りだって!」
「…………」
入学してから四か月。すっかり灰原の行動に対しての対処方法を覚えた七海は、何も言わずに次の言葉を待っている。
灰原はコンビニの窓を指さしていて、その先にあるのは一枚のポスター。お盆に近くの神社で行われるお祭りの案内だった。
「この辺に神社なんてあったんですね」
「お祭り!」
「一緒に行こう!」
「楽しみ~!」
「七海も!」
「…………はぁ」
私と灰原が意気投合したときの七海の反応はいつもこうだ。少し眉間に皺を寄せて、小さくため息を吐く。
──拒否権なんてなくて、当日灰原に引っ張って連れて行かれることをわかっているから。
「じゃあ明日浴衣買いに行こう!」
「浴衣かぁ。僕小学校以来かも。七海は?」
「明日みんなオフだよね、十時に談話室集合ね! 七海も!」
「…………はぁ」
日差しのきつい徒歩十分の道のりも、お祭りを思えば何のその。私と灰原は元気に高専に戻ってきたのだった。
***
翌日、渋る七海に黒の浴衣を押し付けて、甚平を手にしようとした灰原に明るいグレーの浴衣を押し付けて、会計に向かう彼らを見送り自分の浴衣選びに入る。……私が押し付けた浴衣をそのまま買ってくれる彼らの優しさに胸が温かくなる。草履とセットになっている浴衣と、花の髪飾りを持って、私も会計に向かった。
「お祭り、楽しみだねー!」
「灰原、夕食は全部祭りで済ませるんですか?」
「何か食べてから行こうかな」
何か食べてからお祭りに行くという考えに軽く衝撃を受けるが、普段の灰原の食事を思えばそれも納得である。彼なら丼一杯食べた後でもお祭りで買い食いするだろう。男子高校生の胃、恐るべし。
「七海射的上手そう」
「確かに!」
「ご期待には沿えませんよ」
でも銃を構えるところが様になりそうだから、やってもらおう。
男子たちは五条さんが着付けすることになって、私は硝子さんから着付けを習って。お祭りの日を楽しみに待っていた。のに。
「任務…………!」
「浜松かぁ。餃子だね!」
「そうだね、買ってくる。じゃなくて!」
「祭りの日ですね」
前日の夜に決まった任務。割と近郊だったことに普段だったら喜べる。けれど、日取りが悪かった。
「微妙な距離だよ~。遠方なら諦めが付くけど、ギリギリ帰ってこれそうなのが……」
「……確かに、微妙なところですね」
「でもそれに気を取られて怪我とかしたら駄目だよ、!」
「わかってる〜……」
雨が降ったら延期になるかなぁと思ったけれど、お祭り当日の東京は綺麗な晴天だった。普段は気にしない入道雲が少し憎い。
後ろ髪を引かれるものはあったけれど、文字通り命がけなのだから、訪れた先では任務に集中。
夕方には無事に祓い終わって、慌てて冷凍の餃子を買って新幹線に乗り込む。……焦ったって新幹線が速く進む訳ではないけれど、ソワソワしながら景色を眺めるのだった。
東京について、ホームを出来る限り早く歩いて、電車に乗り込んだ。この分なら、準備する時間が少し短いけれど、お祭りには間に合いそうだ。ほっとしたのもつかの間。
「緊急停車します」
突然の車内アナウンスと共にスピードを落とす電車。バランスを崩した補助監督さんを支えながら、私の脳内は「終わった」の一言で埋め尽くされていた。
──前の電車で急病人の救護を行っているらしい。
急病人なら仕方がない。
携帯が震えて、開いてみれば灰原からのメールだった。
眉間に皺を寄せた浴衣姿の七海が写った写真と、「間に合いそうだね! よかった!」というメッセージ。……私の中の何かが、音を立てて崩れた。
***
結局、電車は三十分運転を見合わせた後、無事に運転を再開した。
意気消沈して歩く速度がいつもよりも遅くなっている。改札を出て、コンビニでやけ食い用のお菓子でも買っていこうか。そう思って顔を上げたら──
「!」
「おかえりなさい」
──浴衣姿の同期が、そこに居た。二人とも私が選んだ浴衣を着て、灰原はコンビニで買ったと思われる、唐揚げをつまんでいた。
「灰原、七海……なんで? お祭りに行ったんじゃ……」
「そう思ってたんだけどね」
「男二人で行ってもどうしようもないでしょう」
「だから迎えに来た! まだ間に合うよ! 行こう!」
返事を言う前に灰原に手を引かれて、笑顔の補助監督さんに見送られて、私たち三人は終わりかけのお祭りに滑り込んだ。
結局、私は浴衣を着られなかったけど……浴衣姿の灰原と七海を沢山写真に撮って、大満足だった。……二人が駅まで迎えに来てくれたことが、とても嬉しかったから。
翌週、隣の町でお祭りがあると夏油さんから教えてもらって、嫌がる七海に土下座する勢いで頼みこんで──私は無事にお祭りのリベンジを果たしたのだ。
硝子さんに撮ってもらった浴衣の三人の写真は、私の宝物として、部屋に飾られている。
Title : 花鹿