金色に光るものが今[後編]
海水浴に行った時の日焼けが、少しだけ取れてきたころ。
硝子さんと歌姫さんと三人で、買い物に出かけることになった。
三人で遊びに行こうとは五月のころ──歌姫さんと初めて会った時──からずっと話していたのだけれど、予定が合わなくて結局夏休みになってしまったのだ。
買い物して、プリクラを撮って、カフェでお茶して。
やりたいことが多すぎて困る。自由な時間が全く足りない。
三人で出かける前日。
私は寮の談話室に灰原と七海を連れてきて──頼み込んだとも言う──明日の服装について悩んでいた。
「硝子さんに『目いっぱいおしゃれしておいで』って言われたんだけどどっちの服がいいと思う?」
ソファの背もたれにかけて並べているのは、歩きやすいパンツコーデと、可愛さに振り切ったスカートコーデ。
「やっぱりいっぱい歩くからパンツかなぁ? でもスカートも可愛いよね……」
パンツ。スカート。
どちらにしようかと、私の中の天秤はずっと揺れていた。
「どっちも似合うと思うよ!」
「ありがとう、灰原」
「ううん、全然!」
報告書を書いている灰原の作業をこれ以上邪魔したくなくて、本を読んでいる七海の方に視線を移す。
本を読むのを邪魔したい訳ではないけれど、本当に集中したいなら部屋にこもるだろうから、今の七海には話しかけても大丈夫なのだ。
「七海はどっちがいいと思う?」
「お好きな方を」
「決められないんだよ~!」
「くじでも作りますか。それか全く別の服装にするか、その二つを混ぜるとか」
さすが七海。こちらが想像もしていなかった手段を提案してくれる。
くじを作るのは最後の手段として、この二パターン以外の服装を考えるか、それとも、混ぜてしまう……そんなご飯のおかずみたいに、洋食と和食を混ぜるように言われても……。
そう思いながら、ソファに広げている二つのコーディネートを見比べる。
今まで全く別のものとして区別して考えていたけれど、もしかして……混ぜてみても、オシャレな気がしてくる。
「混ぜてみる…………。……それだ!」
広げていた服を全部回収して、抱えて走って自分の部屋に戻る。
二つのコーディネートを混ぜて着替えて、帽子とアクセサリーを追加する。鞄と靴も選んで、談話室へと走った。
「決まりましたー!」
あまりにも嬉しくて大きな音を立てて扉を開いたら、灰原と七海を驚かせてしまい、七海から「ドアを開け閉めするときは静かに」と注意されてしまった。
「ごめん! でもおかげで服決まったよ!」
「どう?」と二人に披露すると、「いいね!」「いいんじゃないですか」と優しい言葉が返ってくる。
明日、硝子さんと歌姫さんにも二人が相談にのってくれたことを自慢しよう。
お礼に灰原の報告書を手伝って、七海の方は次の任務の報告書を手伝うことになった。
***
「、今日の服いいじゃない」
「ありがとうございます! 歌姫さんも素敵です」
開口一番に歌姫さんに服装を褒められたのが嬉しかった。
「七海と灰原が相談にのってくれたんです」
「のところの同期はいいわよねぇ。五条とは違って」
「あはは」
「自慢の同期です!」
自分のことじゃないので、思いっきり胸を張って答えた。
「じゃあ、行きましょうか。今日はめいっぱい遊ぶわよ!」
「おー!」
服を見て、靴を見て、鞄を見て、お財布を見て、コスメを見て。
カフェで休憩して、海に行った時の写真を見ながら、ずっと途絶えないおしゃべり。
楽しいな。高専にいるときとはまた違う、女子だけの集まり。
男子がいたら話せないことを沢山話して。
あっという間に時間は過ぎて、気が付いたときは夕方になっていた。
***
プリクラを撮って落書きをしているとき。
五条さんから電話がかかってきたといって、硝子さんがプリクラコーナーを出て歩いていく。
確か今日、五条さんは任務だったはずだ。
もしかして、何かあったのだろうか。……怪我人が出たとか。
歌姫さんと二人で携帯を確認したけれど、私たちには何の連絡も入っていなかった。
ひとまず時間制限のあるプリクラの落書きを済ませて、シールを受け取ってから硝子さんと合流する。
「少し待て。今聞いてみるから」
「どうしたのよ硝子」
「何かありましたか?」
「五条の家にお中元で届いた肉で焼肉するけど、帰ってくるかって」
想像していたよりもずっと穏やかな話だったので、私は思わず拍子抜けしてしまった。
……それにしても、五条家ってすごいなぁ。この前あんなにたくさん鰻をご馳走になったのに、間を開けずに今度は焼肉。五条さんの近くにいるとこれが当たり前になってしまうような気がして、怖いというか、どこか不安になってしまう。
でも、歌姫さんと七人で焼肉パーティが出来たら、凄く嬉しいし、楽しいだろう。
「歌姫先輩!」
「…………分かったわよ。五条の家に届いたものなら、味は確かだものね」
「やったー!」
「五条、三人追加な」
夕食に予定していたイタリアンは次回に回すことにして。
駅に向かって、高専に向かう快速電車に乗り込んだ。
「何か追加で買うものとかあります?」
「お中元でもらったジュースと、デザートにびわゼリーがあるそうだぞ」
「びわゼリー……」
「食べさせてもらうだけっていうのも悪いし、アイスでも買っていきましょ」
「そういえばこの前、五条さんチョコスプレーに感動して買い込んでましたね」
「よし、土産はトッピングセットだな。クリームとアラザンと、チョコペン全色買うか」
「絶対ロクなこと書かないわね」
「賭けます?」
「勝負にならないわよ」
歌姫先輩がため息をついた。
…………全員の回答が一致すると、自信を持っていえる。
***
いつものスーパーでアイスとトッピングを全種類買って、歌姫先輩も一緒に高専に帰宅。
談話室のキッチンとテーブルには、山のように食材が積んであった。
「おかえり」
「ただいま戻りました!」
「おかえりなさい!」
「これ、お土産」
「サンキュー! チョコペン多くね? ウケるわ。アーモンドとナッツまであるのかよ」
「デザートの準備も万全だね」
「そうだ、びわゼリーってどんなのですか?」
「冷蔵庫にあるよ」
「準備は?」
「ありがとうございます、もうほとんど終わってます」
「お米が炊けるのを待ってるところです!」
「じゃあ一服してくるか」
テーブルの上に鎮座していた牛肉──なんと食べ比べ出来るセットで、思っていた以上に量が多かった──にひれ伏しつつ、冷蔵庫のびわゼリーをのぞき込む。大きなプリンのようにしっかりとした大きさで、きれいな和紙で個包装されている。
「ねぇねぇ」
「どうしたの、何かあった?」
「この前も鰻いただいて、今日の……あの牛肉……。それにびわゼリーも……。さすがに何かお礼しないと……」
「確かに」
「ご本人は何も気にしてなさそうですけどね」
「でもね……」
「また冷やし中華作る?」
「同じものだからなぁ……」
「冷やし中華と同じくらい手間のかかるもので、五条さんが食べなれていないものですか」
「コロッケとマカロニ入りのポテトサラダ?」
「ジャガイモしかないですよ」
「じゃあ……餃子も追加で……」
「…………大丈夫なんですか?」
「…………めんどくさくて作りたくない料理が三つだからね……」
「三人だから! ジャガイモ潰すのは任せて!」
「餃子を包むのなんかは、先輩たちも巻き込みましょう」
「でもお礼だよ?」
「少なくとも、五条さんは絶対に餃子を包んだことなんてないはずですから、興味を持つと思いますよ」
「きっと夏油さんも手伝ってくれるよ!」
「お礼だもんね……。頑張ろうね」
一体、いくつのジャガイモと格闘することになるのかは考えずにいたほうがいい。
その時、ご飯の炊きあがる音がして、ホットプレートに野菜や肉がどんどん乗せられて──焼肉パーティが始まった。
***
お肉が、口の中で溶けて消えていった。
牛肉を焼いて、焼いて、焼いて、食べて、食べて、食べて──。
お肉が終わったら海鮮が出てきて、それもまた美味しくて……。
灰原はお肉と一緒にご飯も食べていたのに、焼きそばも焼きおにぎりもしっかり食べていた。
デザートのびわゼリーも美味しかったし、アイスにもたくさんのトッピングをして食べた。
五条さんは予想通りチョコペンで落書きをして──その内容はすぐに忘れることにした──夏油さんは呆れて、七海は辟易していた。
食後の休憩をとって、少し落ち着いたころ。
「お前らこれで終わりだと思ってるだろ」
お腹一杯にご飯とデザートを食べて。歌姫先輩が泊っていくことになって、夜もたくさんおしゃべりが出来ると喜んでいたところ。
「花火もあるぞ!」
五条さんの手には、数えきれないくらいに山盛りの花火があった。
***
夏油さんが「ものには限度がある」と五条さんにこんこんと諭しつつ──恐らく効果はない──みんなで校庭に繰り出す。
手持ち花火も打ち上げ花火もそれはもう沢山あった。
水を張ったバケツはすぐに花火でいっぱいになってしまって、何度水を張り替えたのかわからないくらいで。最初こそ楽しかったものの、時間が経つにつれて楽しむよりも作業みたいになっていった。
花火を片付けるころにはもう私はくたくたに疲れていて、硝子さんと歌姫さんとのお泊り会でも真っ先に寝落ちしてしまった。
翌朝、起きてすぐにそのことに気が付いて、衝撃と悲しさに打ちひしがれてしまったくらいだ。
せっかくのお泊り会だったのに!
なんてもったいないことをしてしまったのだろう。
目が覚めてしまったことだしもう起きて動き始めることにして。
汚名返上だ。朝ごはんを用意して──夏休みの間はいつも朝ごはんを用意してくれている寮母さんがお休みなのだ──みんなに食べてもらおう。
善は急げと、自分の部屋に戻って着替えてからキッチンに向かった。
夏の朝。早い時間だから、陽が昇っていて明るいのに、まだ涼しい。
エアコンを入れる前に空気を入れ替えようと窓を開けたら、すぐに風が入ってくる。
涼しい風だ──夏の終わりが近づいている。
窓の外に咲いていた向日葵が、下を向いて萎れていた。
向日葵の
おほいなる花の
そちこちの
弁ぞ朽ちゆく
魂のごとくに
大きく咲いた向日葵のあちらこちらの花弁が朽ちていく。
まるで魂を持っているかのように。
Title : As Far As I Know