日曜日のきみと洗濯機
星漿体護衛の任務が失敗に終わって……五条さんと夏油さんの様子が心配だったけれど、三日も経てば二人ともいつも通りに戻っていた。
五条さんは雰囲気が変わったというよりも、纏っている呪力が変わったというのが正しいのだろうか。
京都姉妹校交流会は無事に圧勝したらしく、来年参加することを想像してぞっとしてしまった。
交流会が済んだのと同時に、特訓強化月間も終了した。
というのも、五条さんも夏油さんも、私たち一年生の三人も、任務が忙しくなったからだ。繁忙期は初夏の頃だと聞いていたのに。
夜蛾先生によると、「この時期にしては珍しい」ということだった。
入学してから半年と少し。10月の上旬は、みんなバラバラに任務に行くことが多くて、灰原とも、七海とも、硝子さん以外の先輩たちとも、顔を合わせる回数は数えられるほどだった。
メールで相談して、作り置きのおかずと冷凍したご飯を切らさないように気を付けた。……時々五条さんによって食べ尽くされるときもあったけれど。
『生姜焼きを作りました』
『生姜焼き美味しかった! ネギ塩豚丼作った!』
『美味しかったです。 オムレツを作ってあります』
『すっかり秋だね、秋刀魚食べたい。次に三人揃ったら秋刀魚焼こうね!』
『いいね、楽しみ!』
会えないのは少し寂しいけれど、メールでのやり取りが途切れないのが嬉しい。
私は初めて出張に次ぐ出張を経験した。
術式の特性上、そういう可能性があると夜蛾先生と話していたから、そんなに驚いたりはしなかったけれど……。
それでも、やはり疲れは溜まる。呪霊を相手に呪力が補充できても、それで肉体の疲労が回復するわけではない。
出張任務を3つこなして、寮に帰ったのは14時少し前。昼食を食べ損ねていた私に、灰原が直ぐにご飯を用意してくれた。
灰原作の焼きそばと、七海作のミネストローネ(前日の残り)は和洋折衷で面白くて美味しくて……。高専に帰ってきたんだなぁと実感して、寮が第二の家になったんだなぁと感慨深くなってしまった。
「焼きそばもミネストローネも美味しかった! ありがとう」
「の作ってくれた生姜焼きも美味しかったよ! 七海の魚の……バターのやつも」
「ムニエルですね」
「ご飯に合ったよ!」
「何それ、私も食べたい」
「簡単なものですよ。小麦粉をまぶしてバター醤油で焼いただけですから」
「七海の作ったのが食べたい!」
「三人揃ったら秋刀魚を焼くと張り切っていたでしょう」
「ムニエルも食べたい! 魚パーティにしよう!」
「秋刀魚、かば焼きも作らない?」
「最高過ぎる。作らない理由がない」
「…………あなたたちはよくパーティの題材を見つけますね」
「まだしばらく任務続くみたいだし、遊ぶ時間も大切だよ」
「…………体を休めることも大切です。買い物は私と灰原で行ってきます」
「そうだね、は休んでて!」
「…………ありがとう。デザートはお土産のお菓子にしようね」
……今日も同期が優しい。嬉しくて、幸せだなぁ。
食後のお茶を飲みながら頬が緩んだ。
買い物に行く二人を見送って、出張の荷解きをして、お土産を談話室のローテーブルのお菓子籠に入れる。この籠は代々お土産専用で、ここに入れたお菓子は誰でも自由に食べていいことになっていた。
……お風呂に入ろうかな。でも魚を焼くから、匂いがつくかもしれない。
「…………」
食事の準備を全て二人に任せるのが申し訳なくて、冷凍庫に入っていたほうれん草をレンジで温めておひたしを作った。
少しストレッチをしてから、二人の言葉に甘えさせてもらって、ソファでのんびりとテレビを眺めた。
窓から差し込む日差しがぽかぽかとして暖かい。瞼がゆっくりと降りてくるのに逆らえず、テレビを消して目を閉じた。
***
美味しそうな匂いがする。
目を開くと、談話室の照明が目に入った。眩しくて一瞬目を閉じて、もう一度ゆっくりと開く。
キッチンからジュウジュウと焼く音が聞こえた。
起き上がると、寝ている間にかけられていたのだろう、ブランケットが落ちた。
「ごめん、手伝おうと思ってたんだけど」
「起きたんだね、もう直ぐ出来るよ」
「準備大変だったでしょう?」
「捌くのは全部スーパーでやってもらったので。冷蔵庫におひたしがありましたが」
「冷凍のほうれん草をレンジで温めただけだよ」
「あ、ご飯炊けた!」
炊飯器が鳴るのと同時に、キッチンタイマーも鳴った。
七海がムニエルと蒲焼きをお皿に盛ってから、グリルを開く。
何かしたかったので、ご飯をよそって、料理が乗せられたお皿をテーブルに運ぶ。
大根おろし(灰原謹製)を添えた焼き秋刀魚と、秋刀魚の蒲焼き、白身魚のムニエル、ほうれん草のおひたし、白米と大根のお味噌汁。
料理を挟んだ向こう側の席に座る七海と灰原。
……あぁ、帰ってきたのだ。嬉しくて楽しくて、大切な時間。
「いただきます」と三人の声が重なって、私は真っ先にムニエルに箸を伸ばした。
「美味しい!」
「ね!」
「…………ありがとうございます」
食器洗いのために腕まくりした私を七海が止めて、押し問答している間に灰原が後片付けを済ませた。
私は二人が任務から帰ってきたときに気合を入れてご飯を作ると決意した。
***
翌日は土曜日で学校は休みだ。ゆっくりしつつ作り置きを何品か作ろうと思いながら談話室に向かうと、灰原がどたばたと身支度を整えていた。
「灰原、大丈夫?」
「ごめん、うるさかった!?」
「大丈夫だよ。時間は?」
「もう行かないと! でも食器とか洗濯とか……」
「私やっておくよ」
「ごめん、頼んでいい? 洗濯はそこに置いてある籠の中!」
「わかった、気を付けてね。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
土日は寮母さんの朝食がお休みだ。残り物で簡単に朝食を済ませて、灰原の分と合わせて食器を片付けた。次は洗濯だ。昨日の夜にも洗濯機を回したけれど、二連続の出張だったので量がそれなりにあって、パジャマにしていたTシャツとジャージが数着残っている。灰原の洗濯ものを確認したら、そのまま洗えそうなシャツとタオルだけだったので、まとめて洗濯してしまうことにした。
洗濯している間に冷蔵庫の中身をチェックして、買い出しリストを作り、まだ時間があったので父のメールに返信をした。洗濯ものを干してから七海に声をかけると、買い出しに付き合ってくれるというので、二人でスーパーに向かう。
「昨日は魚だったし、今日はお肉にしようか」
「そうですね」
「あ、ひき肉が安い。ハンバーグにしよう」
寮には新聞がない。新聞がないということは、チラシも見られない訳で。スーパーに来ると買い物リスト以外の物を追加で購入することがよくある。……なので、七海も灰原も買い出しに行くときは大体着いてきてくれるのだ。昨日のお礼にチーズハンバーグを作ることに決めた。
買い出しから戻って、食材を冷蔵庫に仕舞い、下処理を始める前に洗濯ものを確認する。天気がよかったからか、無事に乾いていた。簡単に畳んで灰原の服と自分の服をソファの上に置いて。
「…………それは灰原の服では?」
「うん。時間ギリギリだったから代わりにね。自分の洗濯ものもあったし」
「…………そうですか」
食材の下処理と夕食づくりを始める。昨日のお礼に、ハンバーグの中にチーズを入れたら、帰ってきた灰原が喜んでくれた。
この日をきっかけに、灰原の洗濯物を預かることが増えた。
五条さんのいるときに声をかけて一悶着あったけれど。
任務続きの日々も峠を越えて、久しぶりにゆっくりできる日曜日。
タオルを片手に談話室に入り、灰原と七海に声をかけた。
「灰原、七海、洗濯機回すけど洗濯するものある?」
「あ、タオルとシャツお願いしてもいい? 取ってくる!」
「わかったー」
ソファに座っていた灰原が立ち上がって、部屋へと走っていくのを見送った。
「……………………」
「七海? 眉間に皺寄ってるよ」
「一緒に…………洗濯するんですか?」
「え、うん」
「取ってきたよ! 七海も頼めば? の洗剤いい匂いだよ!」
「灰原、ちょっと話があります」
「わかった!」
「じゃあ洗濯してくるね」
「洗濯は待ってください」
「え? 今まわしちゃいたい」
「にも話があります」
「洗濯機のスイッチ押してからじゃダメ?」
「洗濯は話の後に」
「直ぐすむ?」
「あなた達次第です」
***
「いや、流石に下着と肌着は別々だよ! ボトムとトップスだけだよ!」
「あとタオルとか靴下とか」
「私たちだってそこまでじゃ無いよ!」
「そうだよ!」
「大体二人の着替えだって何回も見ちゃってるし」
「!」
「外では言いません!」
「…………五条さんにも同じこと言ってないですよね」
「前灰原に洗濯物があるか確認したときに笑いながら『俺のパンツも洗ってくれるか』って言われたけど断った」
「……………………」
「さすがにパンツはね」
「家入さんを誘えばいいでしょう」
「煙草の匂い用の洗剤使ってるから別で洗濯した方がいいよって」
「…………はぁ」
「…………洗濯機回してきていい?」
七海によって、一緒に洗濯をする際のルールが厳密に決められて──今のように、肌着や下着は絶対に一緒に洗濯しないことと必ず私が洗濯することをきつく言われた──無事に洗濯機を回すことは出来たのだけれど。
次の繁忙期に、七海の服も一緒に洗濯することになるのは、また別のお話。
Title : さよならの惑星