再会 1
いつも、どのように思考を巡らせていただろうか?
はアカデミーに入ったときからずっと、冷静であろうと努めてきた。どれだけ準備をしても、戦場に〝絶対〟は存在しない。決して取り返しのつかない〝命〟を失わないため、生き延びるために最善の選択が行えるように。感情のまま物事を処理できる程自分は優秀ではないと自覚していたからだ。意識を研ぎ澄まし、常に緊迫感を持って。力を抜くのは本国や基地などの拠点に滞在しているときだけだった。
足が地面を踏みしめどうにか立っているけれど、どうしてその姿勢を保てているのか、には判らない。
の頭は真っ白だ。ユウキ隊長はオペレーターに声をかけられ、とアスランの様子を気にしながらも持場へと戻っていった。
「…………、すまない、俺は父上……議長に到着の報告をしなければならない」
「……あ……」
いつまでもここで立ち尽くしているわけにはいかない。アスランに声をかけられて、はようやく意識がはっきりするのを感じた。一体どれくらいの時間を呆けていたのだろう。アスランが所属する特務隊は議長直轄の部隊。彼のような傑出した人間が無為に時間を過ごすなんて、それだけで損失に直結する。
「…………ごめんなさい、ありがとう。私のことは心配しないで。あなたこそ、気を付けて」
「…………あぁ」
近頃は人との別ればかりだ。戦場にいるのに甘い考えだとは自嘲した。ニコルやイザーク、ディアッカと多くの時間を共に出来た今までが……幸運だっただけなのだろう。……その事実に、もう少し早く気が付きたかった。
「……………………」
アスランの背中を見送りながら、は昔を懐かしむ。
近頃は回顧してばかりだ。どれだけ願っても過去には戻れない。
は頭からつま先まで全身を意識し、しっかりとした足取りで歩き出した。
***
「番号を」
「認識番号76322597、・です」
「少々お待ちください。………………認識番号76322597、・には七日間の休暇が与えられています」
キーボードを操作したオペレーターが冷静な声で告げる。
「休暇……ですか」
「はい」
「次に所属する部隊や基地などの情報は?」
「現時点では発令されていません」
「………………」
スピットブレイクが失敗したという情勢下で、のような一般兵に七日間もの休暇。……休暇中に新たな命令が下る可能性も存在しているが……どう考えても人の手によるものだ。所属部隊が決まらなければ除隊の手続きは進められないだろう。窓口で事情を説明してみたが、やはりの想定していた通りの返答だった。
今後について……今は待つしかないのだろう。スピットブレイクの混乱が収まれば何かしらの進展があるはずだ。
自身の手続きは終わったけれど……他にもやらなければならないことがある。これほど多くの人間が勤めている場所なら、必ず面識のある人に辿り着けるはずだ。は基地の部署をくまなく確認し──そして、目的の人物──アカデミーで共に学んだ同期のオペレーター──を見つけ、声をかけた。
「すみません、少し時間を頂けますでしょうか」
「はい…………え、!?」
「久しぶり。少し話したいことがあって」
がそう告げると、彼女は周囲に声をかけてから席を立ち、二人はコーヒーの自販機の前まで移動した。
「大変な状況なのに、ごめんなさい」
「全然。少し休憩取らないといけない時間だったし、丁度よかったの。、本部に配置換えになったの?」
「地球から戻ってきたばかりなの。まだ配属先が分からなくて。この騒ぎも……」
「そう……。今どこもどたばたしてて。あんなに準備したのに、まさかスピットブレイクが失敗するなんて……」
「その件でお願いがあって。スピットブレイクの生存者リストが上がってきたら……イザークの名前が載っているか教えて欲しいの」
「……! ……もちろん。アドレス、前と変わってないよね?」
「えぇ」
「任せて! リスト届いたらすぐに連絡するわ」
「……ありがとう」
「これくらい全然! 時間が取れたら、今度食事でも行きましょ」
「……えぇ」
これで…………イザークの安否は確認できる。あとは待つだけ。
仕事に戻る彼女を見送り、も本部基地を後にした。次に向かうのは……父の入院している病院だ。
***
心臓が耳の真横に移動したのではないかと錯覚する程に騒がしい。早く父の元へ行きたいと焦ると、確かめるのが恐ろしいと躊躇する、二人のが存在している。エレカの自動運転にこんなにも感謝したことはない。……もう間もなく、すべて自分の目で確かめられる。道を進むたびにその瞬間が着実に近づいている。エレカが角を曲がり……視界の先に病院が姿を現した。……幾度この病院へ通っただろう。随分前に飾りの数まで覚えてしまった門扉を通り、駐車場にエレカを停め、は病院の扉をくぐった。
コツコツと響くブーツの音がやけに耳障りだった。の顔を見た看護師は全員表情を変え、笑顔で明るく声をかける。「おめでとうございます」。「よかったわね」。顔の筋肉が強張ってしまって、はうまく表情が作れない。
喜びの言葉をかけられるのが不思議でたまらない。コペルニクスの悲劇から一年と三か月。
エレベーターで階を上がり、右に曲がって通路を進む。身体は、足は病室の場所を覚えている。
「………………」
は父の病室の前で足を止めた。
ノックをしようと持ち上げた手を胸に当てて、深呼吸を一つ。
父の立場を思えば、誤報の可能性は存在しないと理解しているのに、それでも信じられない。
……夢ではないのか。…………本当に?
は震える手で扉を二回ノックした。
「…………どうぞ」
返答が確かに耳に届く。はこわごわとドアノブをひねり、扉を開いた。
──記憶に残っている風景よりもずっと、室内は明るい。シンプルな白い病室。ベッドの向こうにある大きな窓は少し開いているのだろうか、風で白いカーテンが揺らめいている。陰鬱としていた部屋の空気はもうどこにも残っていない。チェストの上に置かれている花瓶には新しい花束が活けられていた。そして…………。
「……話には聞いていたが、本当にザフトに入っていたのか」
駆け寄ろうとした足がもつれて、はベッドの淵に手を着いた。受け止めようと伸ばされた父の手を握る。暖かい手は確かにの手を握り返してくれた。
はゆっくりと視線を上げ、ベッドに腰かける父の顔を見上げる。…………夢は醒めなかった。
「……………………お父様……」
一人、また一人。遠くへ去ってしまう人をずっと見送るのだと。悲しみばかりが自分の側に佇むのだと、は諦観していた。
……またこうして、家族と触れ合えるなんて、願いが叶うなんて……嘘みたいだ。
静かに涙を流す娘を、父はそっと抱きしめた。
***
コペルニクスの悲劇。血のバレンタイン。ニコルが死んでしまった時。は何度も何度も涙を流して、そのたびに「これから先、こんなにも涙を流すことはないだろう」と思った。そして今も同じことを考えている。……流す涙の意味は異なるけれど。
肩に触れる父の手が暖かい──ただそれだけで次々と涙が溢れて来る。
「お前の除隊処理を進めている」
「………………」
やはり、司令部でが抱いた違和感は正しかったのだ。
「…………お父様」
「お前が戦う必要などない」
有無を言わせない一言だった。はどうにか気持ちを落ち着け、目元を拭い立ち上がる。床についていた膝に血が流れていく感触がした。
「…………除隊について不服はありません。…………希望を出す予定でした」
「…………そうか」
きっと、父は目を覚まして……自分の状態を確認し、真っ先に家族の消息を尋ねただろう。そして……妻と息子の死を知り、娘の選択を聞いて……直ぐにの除隊に向けて手を打ったのだ。
「これからのことは、ゆっくりと考えればいい。学生に戻るのでも、何か仕事を始めるのでも」
「…………はい……」
「失礼します、さん、回診のお時間です」
軽いノックのあとに入室した看護師は、「まだ長い時間起き上がっていては駄目です」と父に注意し……。診察の邪魔にならないよう、は父の病室を後にした。とても名残惜しく去りがたかったが、「これからはいつでも会える」と言われ、は胸をなでおろした。
いつでも会える。この病室に来れば、必ず父が出迎えてくれる。の胸に少しずつ実感が湧いてきたけれど……まだどこか夢心地だ。足元がふわふわとしている。コーヒーでも飲んで落ち着こうと、は病院のラウンジへと足を向けた。暖かいコーヒーを注文し……砂糖とミルクを多めに入れてかき混ぜる。甘いコーヒーを一口、また一口と、噛みしめるように飲む。……なんて贅沢な時間なのだろう。着ている服がザフトの軍服でなければ、昔に戻ったかのように錯覚してしまいそうだ。戦争が始まる前、家族で過ごしていたあの時間。まるで今が悪い夢であるかのように。
「………………」
戦争が始まっての世界は一変した。周りの人に助けてもらいながら、どうにか目の前の出来事に対応してきたけれど……。意識を取り戻した父は、よりももっと……驚き、困惑しただろう。家族が側にいない悲しみと寂しさ。それはがプラントにいれば避けられたものだ。それでも、はザフトへと志願した。
窓から降り注ぐ柔らかな日差し。外に設置されているベンチに小鳥が降り立ち羽を休めている。花の咲く庭園を入院患者と家族が歩き、人々は微笑んでいた。絵に描いたかのように平穏な情景だ。コーヒーを飲み干して、は病院を出る。明日、また父に会いに来よう。除隊した後の進路も考えなくてはならない。戦場とは真逆の、穏やかな空気を全身で感じながら、はアプリリウスの別邸に帰宅した。
***
つい先日まで最高評議会議長であったシーゲルと、プラントのアイドルだったラクス。今はともに国家反逆罪となり指名手配されている二人について、メディアは繰り返し繰り返し報道していた。クライン親子と引き換えに、新しいザラ政権についてメディアは高評価で…………思わず何かを疑いたくなるほどに。は腑に落ちない気持ちを面に出さず、パトリック・ザラの会見を眺めた。
休暇二日目。この日、家令は父の見舞い以外の外出をに禁じた。さすがに心配をかけた自覚はしっかりとあるので、しっかりと身体を休めることにする。
はアマルフィ邸、エルスマン家、そしてマッケンジー家に連絡を入れ、アポイントメントを取り付けた。
うららかな午後、父に会いに病院へと赴き、その帰り道に一通のメッセージが届く。
同期のオペレーターからの待ちわびていたメッセージ。は意を決して内容を確認した。
『生存者リストにイザークの名前があった』。そのあとに、簡単な挨拶の言葉が書いてある。
とても短い文章だ。けれど、そんなことはどうでもいい。
イザークは生きている。
地球はとても遠い場所だけれど。生きているのならば……それだけでいい。
は病院で父と話したことをイザークに連絡した。
スピットブレイクの失敗で、戦局はまた変化するだろう。それが……よい結果をもたらしてくれるかは、まだ分からない。
***
翌日。はいつもよりも念入りに身支度を整える。服、髪、化粧、鞄と靴まで細心を払い、何度も鏡を確認し、自室を出た。食欲はあまりなく……スープと小さなパンだけの質素な朝食を済ませる。家令は随分と苦い顔をしていた。
送迎を断り歩いてステーションに向かい、フェブラリウス循環シャトルに乗り──フェブラリウス・ワンに到着した。
エレカを拾い、目的地にエルスマン邸を指定する。静かに走り出したエレカの中で、は一口だけ水を飲んだ。口の中も喉もカラカラに乾いていた。
エルスマン夫人はディアッカの面影を感じられる、静かな人だった。
簡単な挨拶を交わした後、夫人はに「お父様、意識が戻られてよかったわね」と声をかけてくれた。はこみ上げてくる涙をどうにか押しとどめた。この場で喜びの涙を流すのは相応しくない。
──ディアッカは戻ってこなかったのだから。
アカデミーでの様子、短い期間ではあったけれどクルーゼ隊で同僚として過ごした時間。様々なことがあった。斜に構えていたディアッカの様子を話すと、夫人は「まったくもう」と呆れながらも、目を細めて遠くを見ていた。
MIA──作戦行動中行方不明。彼の死亡は確認されていない。だから……まだ生きている可能性もある。は最後までその言葉を口にすることは出来なかった。
***
エルスマン邸を後にして、マイウス・ワンへ向かうためシャトルに乗り込んだ。通いなれたアマルフィ邸へ向かうのに、これほど緊張したことはない。ロミナやユーリに、一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。ニコルが死ぬとき、はただその光景を見ていただけだ。何も出来なかった自分を自身が許せていない。きっと、許せる日など永遠に訪れないだろう。
マイウス・ワンのステーション……。いつもニコルと落ち合う場所にしていた柱。隣接しているビルのカフェでサンドイッチを買った。家でも用意してもらえるけれど、どうしてもお店のソースの味が再現出来なかったのだ。ステーションからアマルフィ邸までの道を、ニコルと一緒に歩いた。
「……………………」
訪問を告げるチャイムを鳴らすのを躊躇う。この感情はなんという名前なのだろう、の指先はひどく冷えていた。……ロミナやユーリと会わないという選択肢は、の中には存在しない。
それでも……チャイムを鳴らすのに、たくさんの力が必要だった。
「…………どちら様でしょうか」
「…………・です。ロミナ様と……面会の約束を……」
「……確認いたしました。どうぞ、お入りください」
門が開く音すらも、には悲愴に思える。……アマルフィ邸は、悲しみの中にあった。
顔見知りの使用人に応接間に通され、は少しの間立ち尽くし……どうにかソファに腰を下ろした。
供された紅茶には手を伸ばさずに、ただカップの模様を眺めていた。
この屋敷に来たかった。また──ニコルと二人で。
ロミナは、憔悴し泣きはらした目で応接間に現れた。彼女に駆け寄り──強い力で抱きしめられた。
ロミナの嗚咽が聞こえる。も泣いていた。
「………………ごめんなさい」
……ニコルを助けられなくて。何も出来なくて。──一人で戻ってきて。
は何度も同じ言葉を繰り返し──どうしようもなく、ニコルに会いたいと切望した。
「…………あなたが謝ることなんて、何もないのよ。……あの子が……死んだことと、あなたが……戻ってきたことは……別のことなのだから」
優しさは時に痛みをもたらすのだと、は初めて知った。
ひとしきり泣いた後、二人は並んでソファに腰を下ろし、ニコルの話をした。アカデミーでの生活、配属後に交わしたメッセージの数々、そしてクルーゼ隊で同僚として過ごした日々。初めて海を見てはしゃいだこと。魚の群れを見ながらのための曲を作ろうと話したこと、そして…………。
はロミナと手を繋ぎ、ニコルの最期について話した。スローモーションのようにゆっくりと、けれどはっきりと流れた時間。ブリッツの槍を躱すストライク。剣がブリッツの腹部へと刺さるのを、何度夢に見ただろう。
「…………そう……。庇ったのね……。……あの子らしい…………」
俯いて涙を流すロミナの横顔は、ニコルにとても似ていた。
「お父様、目が覚められてよかったわね。落ち着いたら……お見舞いに行くわね」
玄関まで見送りに来てくれたロミナの言葉に、の胸は張り裂けそうになった。優しい人だ。こんな時でも、を思いやってくれる。
ロミナの「また、来てちょうだいね」という言葉に、は上手く笑えていただろうか。……きっと、二人ともぎこちない笑顔だったに違いない。
ステーションへ向かうエレカの中で、夕焼けに染まる空を見た。プラントでの夕焼けは、地球の環境を再現した……コンピューターによって作られた映像に過ぎない。カーペンタリアでニコルと見た夕焼けとは異なるけれど……切ない気持ちを抱かせる部分は同じだと思い……は静かに目を閉じた。
***
その日の夜、の元に父からメッセージが届いた。短く簡潔な、要件のみの文章。
『除隊の手筈が整った。明日以降軍本部にて手続きを行うように』
…………その知らせは、が想像していたよりもずっと早くもたらされた。
除隊。〝兵士〟でいる時間ももうすぐ終わる。……スピットブレイクが失敗した情勢の中で自分だけ軍務から離れるのか。今こそ……総力を結集して戦う必要があるのではないか。戦う兵士を見捨てて、自分だけ安全な場所へ逃げる。
自己嫌悪。罪悪感。自責の念。
『お前の分まで、俺が戦う』
今……の考えや気持ちをイザークに打ち明けたら、間髪を入れずに『余計なことを考えるな』と言われるだろう。
イザークの呆れたような表情と話し方がありありと思い浮かび…………は苦笑した。
***
翌日の朝、司令部にて。
「認識番号76322597、・の除隊手続きが完了しました」
オペレーターから書類の写しを受け取り、着慣れた緑の軍服を返却した。
「長期にわたる軍務奉仕、お疲れ様でした」
この一言をもって、のザフトでの活動は終了した。
***
アカデミーで、ラスティは両親が離婚していて、今は母と二人で暮らしていると話していた。珍しい出来事ではない。だから、もニコルも、アスランも、イザークやディアッカも……恐らく「そうなのか」と返して会話を終えただろう。
生徒の家族や友人が数多く参列するアカデミーの卒業式で、ラスティは笑顔で母にやニコルを紹介した。
ラスティの母は喜びと悲しみが混ぜ合わさった表情で達にお祝いの言葉をくれた。
そして……ヘリオポリスの作戦で、ラスティは戦死した。
「………………」
マッケンジー家はアパートの角部屋にあった。リースのかかった玄関ドアの横、ポストの下に小さな鉢植えが二段並べられている。手入れの行き届いている、婦人の丁寧な性格が見受けられた。約束した時間の五分前。はチャイムを鳴らした。
「お客様が来るなんて、久しぶりだわ」
リビングにはラスティの写真が飾られている。卒業式で撮った写真も並んでいた。あの時、ニコルはとてもはしゃいでいて……ラスティもアスランも随分驚いていた。クルーゼ隊に入隊してから撮影したのだろう、が初めて見る写真も数枚あり、しげしげと眺めていると……声をかけられた。
「写真のデータを送りましょうか」
「お願いできますでしょうか。不躾ですが、頂いたデータを……ニコル・アマルフィ……緑色の髪の彼です……ご家族にお渡ししてもよいでしょうか」
「…………その子も?」
「…………はい。先月……地球で」
「…………そう……。写真、是非お渡しして」
「ありがとうございます。…………私、彼とは幼馴染で」
「……あの子から聞いているわ。兄弟のように仲がよくて、いつも一緒にいると」
「…………はい」
その時、キッチンからケトルの音が届いた。
「…………お茶にしましょう。お好きなところに座って」
「…………はい」
は四人掛けテーブルの、左隅の椅子を引いて、静かに腰を下ろした。
テーブルにティーセットが並び、婦人も腰を落ち着けると、は改めて名前を告げた。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。・と申します。ラスティとは、アカデミーで……仲良くしていただきました」
婦人は自分の名前を告げてから、テオ・の回復を祝った。は返答に詰まり、眉を下げた。
「おめでたい事なのだから、喜んでいいのよ。沢山喜びなさい」
の感情を敏感に読み取った、明るい笑顔と声。男性は母親に、女性は父親に似るという。ラスティもまた……母親に似ていた。
ラスティの明るい性格は、よくたちを助けてくれた。入学したばかりで戸惑っていた時。難しい課題に悩んでいた時。アスランとイザークの一触即発な空気を落ち着かせるのは、いつもラスティだった。彼が声をかけると、いつも場が和やかになり、気が付くと皆口元に笑みを浮かべているのだ。
……まだ半年とひと月しか──一年も過ぎていない──経っていないのに、随分と昔のように感じられる。
婦人は目を細め、時折涙を見せながらの話を聞いていた。
最後に、はアカデミーで撮影したラスティの写真を渡し……ニコルやの映っている写真のデータを受け取った。
彼女は写真の中で笑っているラスティの顔を愛おしそうに撫でていた。
***
二時間程度、二人は思い出を共有した。
がマッケンジー家を辞するとき、平穏だった雰囲気は一転し、婦人は悲しみの色を宿した。
「お時間をいただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ、あの子の話をしに来てくれてありがとう。写真もね。…………突然、遺品の入った箱だけが届いても、受け入れるのはとても難しいものだから……」
涙を拭うラスティの母にかける言葉を、は持っていなかった。
「ごめんなさいね、泣いてしまって。色々とありがとう。…………たまにでいいから、あの子のことを思い出してもらえると嬉しいわ」
ガチャリと扉が閉まり、はドアに掛けられているリースを眺めた。
懐かしい記憶を辿る楽しい時間だったけれど……悲しい時間でもあった。
は婦人の中にいるラスティを、もう一度殺してしまったのかもしれない。
ラスティの死から四か月。まだ四か月と評するか、もう四か月と評するか、には分からない。目を閉じると、笑顔のラスティがとニコルを呼んでいる。
『課題進んだ?』
『訓練付き合ってくれない?』
『シミュレーションやろうぜ』
「………………」
忘れたりしない。忘れられない、絶対に。
は目尻に浮かんだ涙を払い、扉に向かって頭を下げた。
除隊した今、敬意を示す手法は敬礼ではなくなった。きっと……ザフトに所属していても、この場に敬礼はそぐわないと判断しただろう。
大小の違いはあれど…………悲しみは決して無くならない。
ラスティに、ディアッカに、ニコルに……また会いたい。
けれど……それは永遠に叶わない願いなのだ。
痛む胸を抱えて、はステーションを目指して歩き始めた。
***
空が夕焼けで赤く染まり始めた頃、は父の入院している病院へとやってきた。
ノックをして病室に入れば、目を覚ました父がベッドに座っていて──それだけでは胸がいっぱいになり、自然と目が潤んでしまう。会う人達が皆、父の回復を喜び、「おめでとう」「よかった」と声をかけてくれる。ようやく……夢ではなく現実なのだと安堵できた。
「除隊の処理が完了しました」
はベッドに歩み寄り、椅子に座ることなく、除隊申請書の写し──承認と許可の押印がある──を父に渡した。
父は書類の名前と認識番号を指でなぞり、大きく息を吐いた。きっと、父も安堵したのだろう。経緯も結果も乖離しているのに同じ時間に同じ感情を抱いている。とても不思議だった。
「…………すまなかった」
「…………お父様が謝られるようなことは、何もありません」
ザフトに志願したのは本人の意思だ。誰かに影響されたものでも、強制されたものでもない。
「まずは休んで……これからのことを考えるといい。復学して卒業してからでも構わない」
先日と同じ言葉を話す父の声色は優しい。
二度と会えない人が続々と増えていく中、生きて──再会が叶う。は喜びをしっかりと心に刻んだ。近頃は泣いてばかりなのに、また涙がこぼれ落ちていく。
生きている父にもう一度会えて嬉しい。は笑みを浮かべながら、涙を拭った。