死に近い場所 2
雑務や挨拶回りで多忙な日々を過ごし、気が付いたら一月の時間が経っていた。情勢は日々目まぐるしく変わる。
パナマ基地の攻防戦で地球軍もモビルスーツを実戦に投入。
マスドライバーを求めて地球軍はオーブ連合首長国に侵攻し、オーブはマスドライバーとモルゲンレーテの工場を破壊し地球軍に降伏した。
しかしザフトが占領していたビクトリア宇宙港が陥落し、連合は再びマスドライバーを手に入れた。
プラント評議会は宇宙の戦力を強化することを決定。
クルーゼ隊の本国への帰還、そして休暇の予定があるとイザークから連絡があったのはそんな時のことだった。
***
本国からの帰国命令を受けて、クルーゼ隊は宇宙に上がることになった。カーペンタリアから宇宙に上がる定期シャトルの中。
クルーゼと、クルーゼが連れまわしているフレイという女の後ろをイライラしながらイザークは歩く。
「本国は久しぶりだろう、イザーク。家族に顔を見せて、安心させてあげたまえ」
「は! ありがとうございます」
クルーゼはいつも温和な笑みを浮かべて何を考えているか分からないところがあるが、近頃は輪をかけて考えが読めない。
スピットブレイクの時に連れてきたこのフレイを言う女は、いつもおどおどとしてこちらの表情をちらちらと窺う、イザークの最も嫌いなタイプの女だった。
今もシャトルの席に着いたクルーゼと後ろにいる自分を気にしながら、どうすればいいのかと立ち尽くしている。
「早く座れよ!」
顔を覗きながら少し強めに言えば、女は小さな悲鳴を上げてクルーゼの隣の席に座った。
「フン!」
女だというのにあいつとは全然違う。あいつはもっと、しっかりと自分自身の足で立っていた。イザークが止めたって聞かなかった。
ニコルを失って泣いても、自分自身の言葉で自分に「死なないで」「生きて戻ってきて」と言っていた。こいつは一体何なんだ。
クルーゼは何か意図があってこの女を連れている。捕虜ではなく、自由に行動させていても支障はないが、イライラするのはどうしようもない。
本国に帰国して休暇に入れば、と会うことも可能だろう。除隊後にどうしているかも聞ける。
思えば二月に地球に降下してから、四ヶ月も地球で過ごしていた。
砂漠、海の中と特殊な環境での生活が長かったが、宇宙に戻ると思えば寂しくも……感じはしなかった。
スピットブレイクの失敗やパナマ攻略戦など大きな作戦が多かったが、無事に生きて今を迎えている。
アラスカで変な行動をしていたモビルスーツや、地球軍が投入し始めたモビルスーツなど憂慮すべきこともあるが……。
宇宙に向けて発車したシャトルの中で、イザークはそんなことを考えていた。
***
クルーゼ隊が帰国する日は、仕事を詰め込んでいたにエドガーが休むようにと気を利かせてくれた、午後の予定が丸ごとフリーの日だった。
そして、示し合わせたかのようにクルーゼ隊は午後一番に帰国を果たしたのだった。
除隊した身といえど、元ザフト兵としてのコネ、最高評議会議員の娘としてのコネがある。
ザフト専用の宇宙港の到着口に紛れ込んだは、艦を降りてきたクルーゼにもイザークにも直ぐに発見された。
クルーゼに向けて反射的に敬礼を行っていたことを指摘したのはイザークだった。
「お前、ちゃんと除隊したんだろうな」
「………したわよ」
条件反射というものは恐ろしい。しかし、久しぶりに再会した最初の会話がこれか。
スピットブレイクの失敗のニュースを聞いたときは立っていられないほど心配したのに、何というか……雰囲気がない。
こういうやり取りが出来るまで打ち解けられたのだと思うことにした。思わぬ形で出迎えることになっただった。
「待っていろ」
一先ず顔を見て帰ろうと思っていただったが、イザークが休暇の手続きを行っている間も待っていろと言われ、更にはそのまま午後の時間を共に過ごすことになった。
服屋に移動してイザークが購入した私服に着替えた後、二人は喫茶店に入った。アカデミー時代に連れて来られたお店で、以前と同じ個室に通された。
イザークにエスコートされて席に着く。何だか不思議な気持ちになる。注文したアフタヌーンティーのセットが来たところで、イザークが口を開いた。
「除隊してどうしたんだ? 復学したのか?」
「今は父の仕事の手伝いをしているの」
イザークの予想外の出来事だったのか、彼は少し目を見開いた。
「………ニコルと、ディアッカ、ラスティの家に挨拶に行ったわ」
「………そうか。俺もこの休暇中に行くつもりだ」
「ニコルとディアッカの遺品も、無事にお渡ししたから」
「……そうか」
「……本国に帰国したのと同時に、スピットブレイクが失敗したと聞いて……」
軍本部の騒ぎを思い出す。あの時、イザークは死んだのではないかと不安に思った。
「……あなたが、無事でよかった」
握りしめていた拳を緩め、深く息を吐く。
地球と遠く離れたプラントで、情報が届くのを待つだけの日々というのは、想像していた以上にもどかしく、己の無力さを再実感するものだった。
の言葉を聞いて、イザークは少し驚いたような表情をした後、顔をほころばせた。
それは、アスランがオーブから帰国したときのような、柔らかな表情だった。
戦前から今まで、そんなに長い時間ではないが、密度の濃い時間をこの人と過ごしている。前は素っ気ない、無表情なことが多かったのに。
怒りやすい、嫌味っぽい態度を経て、今は時折穏やかな表情を見せる。そうだ、以前から面倒見のいいところがあった。
新しい一面に触れる喜びが胸いっぱいに広がって、も微笑んでいた。
その後、夕食を共にして二人は別れた。イザークはアプリリウスの別邸までを送ってくれて、やっぱり家人に引き渡すまで付き添ってくれた。
シーゲル・クライン死亡のニュースがの元に届いたのは六月二九日のことだ。
国家反逆罪として指名手配されていた彼は潜伏先でパトリック・ザラの派遣した兵によって銃殺されたらしい。
クライン派の議員の拘束は続き、依然としてパトリックはプラントの独裁者のままだ。
最高評議会は引き続き旗印になるであろうラクス・クラインの行方を全力で追っている。
「ラクス・クラインは利用されているだけなのです! その平和を願う心を。そこのことを私達は知っています。
だから私達は、彼女を救いたい。彼女までをも騙し、利用しようとするナチュラル共の手から」
演説を行うエザリア・ジュールの顔が街頭のいくつものモニターに表示されている。
シーゲル・クラインが議長だった時よりも報道管制が厳しくなって、街を流れるニュースの種類は減っている。テレビもラジオも、発売される雑誌の内容も。
七月。新しい月を迎えたと同時に、そのニュースは飛び込んできた。
「アスランが帰国した?」
「はい。地球軍のシャトルに搭乗していて、身柄を拘束されていると。ヤキン・ドゥーエから報告がきています」
以前生存者リストにイザークの名前があるかを気にしていたのを知られてからは、クルーゼ隊の情報──元クルーゼ隊のものも含めてだが──がのもとに届くようになった。
仕事用の情報網を私的利用している罪悪感があるが、心配しながら日々を過ごすよりはよほど建設的だと思うことにしていた。
「地球軍のシャトルに……?」
確かアスランは新型のモビルスーツ、ジャスティスに搭乗して、特務隊の任務に就いていたはずだ。
それがどうして、地球軍のシャトルに乗っているのだろうか。
「クライン派が動いているという情報もあります」
地下に潜り活動を続けているクライン派とは、接触こそ出来ていないが、ある程度の動向が掴めるようになっていた。
「部下を動かしますか?」
「………一先ず、様子を見ましょう……。でも、いつでも動けるように準備を」
「そうですね」
特務隊は議長直轄の部隊だ。今のパトリックは、地球軍のシャトルに乗ってきたアスランをどうするのか。
彼の執務室の机には、妻・レノアとアスランの写真が飾られていると聞いている。肉親の情があると信じたい。
いずれにしろ、ジャスティスの行方を確認する必要がある。直ぐに処断は決まらないだろう。パトリック・ザラに対しては慎重に動く必要がある。
少し痛むこめかみを押さえながら、は痛み止めの薬を手に取った。近頃、考えることが多くて頭が痛むことが多い。
医者にはかかったがはっきりとした原因はわからず、鎮痛剤で対応しているが、中々に辛いものがある。
薬を飲む量や服用するタイミングも気を付けなくてはならない。しかし、やらなければいけないことがある。
今ここで何もしないで静観することなんて、誰よりも自分自身が許せない。
今は歯を食いしばってでも踏ん張るところだ。父も病床の身でありながら色々と動いている。
薬の効果で痛みが引くのを実感しながら、は打合せのために父のいる病院へと向かった。
結局、その日、が何かするよりも前に事態は急転直下の展開を見せた。
ラクス・クラインが砂漠の虎、アンドリュー・バルドフェルドと共に新造艦エターナルを奪取し、プラントを出奔したのだ。
アスランはクライン派と共にプラントを後にした。
どさくさに紛れたという報告がきているから、彼の望む形かは分からないが、恐らく元婚約者の相手を悪いようにはしないだろう。
父とエドガーとの打合せも佳境だ。いよいよ旧クライン派の議員を解放するための準備に入る。
実際に動くのはレジスタンスの人たちだが、情報戦はどこでも行われる。一層気を引き締めなければいけない。
は父がこの話を自分にすることに驚いていた。
以前の父なら、全てを水面下で進め、ただ自分には「学校の授業に集中するように」と一言告げるだけだっただろう。
「さんが成長なさったからですよ」
エドガーは笑って言うが、実際は、の動きを把握し、管轄下に置くためだろう。
リオが居たら、やっぱり自分は何も知らずに、全ては水面下で動いていたのだろうな、と不思議な気持ちになりながら、は病院を後にした。
父のリハビリは今のところ順調に進んではいるが、政務に当たる時間が多すぎてリハビリに当てる時間が少ないと看護師から苦情が来ている。
当初はも看護師寄りの意見だったが、父の仕事を手伝うようになってからは看護師に謝ることになり、立場が逆転してしまった。
最終的にたちが目指している形──パトリック・ザラから政権を奪取したら、もっと忙しくなるだろうから、もっと苦情が来るだろうな、とは苦笑いした。
***
イザークはプラントでの休暇を終え、再びヴェサリウスに乗艦して戦場へと出発して行った。
前日にメッセージを送っておいたが、スタッフの気づかいか出港の時間に手が空いていた。
勧められるままに軍港に趣いたが、クルーゼ隊長には微笑まれ、イザークには驚かれ、知り合いのクルーには意味深に微笑まれ……としては言葉に出来ない複雑な心境だった。
「来たのか」
「………たまたまスケジュールが空いていて、近くにいたから」
その〝たまたま〟は、人為的な可能性が高いが。
「気を付けてね」
「あぁ……。お前もな」
「! ………えぇ、私も、私の戦いをするから」
短く言葉を交わして、イザークヴェサリウスへと搭乗して行った。
スピットブレイクやパナマのように……どの戦闘の勝利も、次の戦闘での勝利を確実にしてくれる訳ではないのは分かっている。
けれど………また無事で帰ってきて欲しい。
真っ暗な宇宙空間に進んでいくヴェサリウスを見送る。少し前なら、戦えない自分に対しての歯がゆさをとても感じていたが、今は違う。
自分は自分に出来る戦いをする。味方の準備も少しずつだけど整ってきている。敵はプラントのトップにいる、パトリック・ザラだ。
***
「私も、私の戦いをするから」
ザフトを除隊した後、彼女が以前の暮らしのような日常に戻った訳では無いことは、雰囲気からだがなんとなく感じ取っていた。
母親から彼女が父親の仕事を手伝っていると聞いたのは、彼女と会った次の日のことだ。
ザフトではない場所で、彼女なりに戦い続けているのだろう。本音を言うならば止めたかったが、止める為の説得力のある言葉が思い浮かばなかった。
どの言葉も、の強固な意志には負ける気がした。父親の元に居るならそう無茶なことはしないだろうとなんとか折り合いをつける。
守るべきプラントに、+1の存在。イザークは自室に飾っている、アカデミー卒業式の時に撮った集合写真を思い出した。
地球軍は続々と戦力を宇宙に上げている。自分の次の戦場は恐らく宇宙だろう。プラントを守るのだ。絶対に。
イザークは拳を握りしめて、デュエルのある格納庫へと足を向けた。
***
夜。
明かりを落とした部屋の中で、は雨の音を聞きながら窓の外をぼうっと眺めていた。グラスの氷が解けてカラリと小さな音を鳴らす。
考えること、考えてしまうことは沢山あるけれど、実際に行動に動かせることはほぼ無くて──最近は歯痒い時間が多い。
極端に早い時間と遅く流れる時間を交互に繰り返して、日々は過ぎていく。他人に物事を任せ、待つことはもどかしい。自分で何か動けたらと思うばかりだ。
自分は人の上に立つことには向いていないな、と思いながらグラスのひんやりとした水を飲む。
何となく、紅茶でもコーヒーでも、お酒を飲む気分でも無く、ただの水を飲むことが増えていた。お酒に溺れたりするよりは健康的だ。
「あんまり飲み過ぎるのも良くないからね」
脳裏によみがえる兄の声。砕けた言葉遣いをするのは気が抜けている時だけだ。時折、ふとした瞬間に思い出してはたまらなく悲しくなる。
こんな日を何度も過ごしてきた。
「………………………」
意味もなくグラスを動かし、揺れる水面を覗き込む。
きっと、何もかも誰かに委ねて全てを任せてしまえば楽だ。今すぐに楽になれる。けれど──それでは自分の望む未来にはきっと辿り着かない。
今はまだ挫けるわけにはいかない。
地球で見た月を思い出す。プラントからは見えない、美しい景色。
ニコルと見た海。波しぶき。カーペンタリアでの夕陽。
生存者リストの中にあったイザークの名前。無事に帰国した彼の姿。自分の顔を見て少し驚いた表情。
大丈夫。明日からも、頑張れる。
そう心に言い聞かせて、はそっと目を閉じた。