死に近い場所 3
軟禁されているカナーバ議員たちと連絡が取れたのと、プラントに残留していたクライン派の残党が合流したのは偶然にも同日だった。
はその日、立ち寄った議会の控室で最高評議会議員のヘルマン・グールド氏に小さな嫌味を言われ、ユーリからは政治的な行動を控えるように注意され、あまりいい日とは言えないながらも無事に一日を終えようとしていた時にその報に触れた。
カナーバたちとの打合せや軟禁施設の下調べや計画の準備などもゆっくりとだが着々と進んでいた。
***
その日、父の代理としてザフト本部にいたは懐かしい人物と再会した。
「あ」
「あなたは…………」
「お久しぶりですね」
随分と久しぶりだが、顔を合わせれば挨拶を交わす──イアン・シュナイダーがそこに居た。
「除隊されたと聞きました」
「はい……」
行き交う人を避けて、近くの壁際に移動して会話を続ける。以前は柔らかい眼差しをしていたイアンだったが、今は少し厳しい目元をするようになっていた。
「こちらにはお仕事で?」
「はい、入院している父の仕事の手伝いをしていて」
「あぁ。議員、目を覚まされたのですよね。よかったですね」
「ありがとうございます」
簡単な近況などを話していた二人の会話を遮ったのは、通りかかった通信兵だった。
「イアン、集合時間忘れるなよ」
そうイアンに声をかけた男性を、は知っていた。以前ヴェサリウスのブリッジに居たオペレーターだ。
向こうもを覚えていたのか、視線が合った後小さく声を漏らした。
「僕、クルーゼ隊に異動になったんです」
「イアンさん」
ビクトリアのマスドライバーを手に入れた地球軍が月基地に増援部隊を送っているとの情報を経て、ザフトでもいくつかの再編成が行われている。
イアンの異動もその一つだったらしい。
イアンは声をかけてきたオペレーターに手で合図を送って、の耳元で小さく呟いた。
「イザークは独立して〝ジュール隊〟を率いることになりましたよ」
その話は初耳だった。エース部隊と言われているクルーゼ隊で常に最前線で戦い、生き残った彼がその立場に就いても不思議ではない。けれど……。
彼はまた、最前線で戦うのだ。
──一体、何時まで? ………死ぬまで? それとも、この戦争が、終わるまで?
それは、一体どちらが先になるのだろうか。
イアンと別れてザフト本部を後にしたは、エレカに乗り込み、考え込む顔を隠すように俯いた。
***
「騙されてるんだお前は!!」
苦し紛れに放った言葉だった。………恐らく、真実からはほど遠いのだろう。
自室のテーブルに肘をついて思い出す。エターナル追撃の任務を負いL4コロニー・メンデルに赴いたイザークは予想外な人物と再会した。
かつて仲間として共に戦った、過去の戦闘でMIA──事実上の戦死扱いされていた──ディアッカ・エルスマンだ。
彼が乗っていたモビルスーツ、バスターと対峙して、最初は地球軍の奴が乗っていると思ったのだ。
あいつが戦死して、残った機体を地球軍が回収したのだろうと。なのに。
「イザーク!!」
数発の銃撃戦の後、耳に届いたのは聞き慣れた声だった。いや、あんなに切羽詰まった声は初めて聞いたかもしれない。
こんなこと、通信なんかで言えやしない。奴は造反者だ。軍本部に知られれば無事ではいられないだろう。
戦いなんてそこら中で起きている。人ひとりの命を葬ることなんて簡単なことだ。自分も何度もそうしてきた。
「……ッ……!!」
誰にも言えない、こんな気持ちは初めてだ。慌てている、焦っている、混乱している、イライラする、落ち着かない。叫びだしたいけれど叫べない。
頭の芯がチリチリと音を立てている。以前のように当たり散らすことも出来ずに、ただ激情を持て余している。
誰かに話を聞いてほしい。でも、誰に? こんな時に話を出来るような仲間はみんないなくなってしまった。
ミゲルも、ラスティもニコルも死に、ディアッカとアスランは今や裏切り者だ。倒すべき敵になったのだ。
これから自分は、かつて共に戦った人物と戦うのだ。それが命令だから。それに奴らはヴェサリウスを──同胞を撃った。
そうまでしてでも成し遂げたいことがあるのだろう。
「………俺はお前の敵か?」
「けど、ただナチュラルを……黙って軍の命令に従って、ただナチュラルを全滅させるために戦う気も、もう無いってだけだ」
裏切り者は敵だ。撃たなくてはならない。けれど、自分は、あいつらを殺せるか? 共に戦った、コーディネイターである、同胞である彼らを。
もしもその時が来たとして──果たして引き金を引けるか?
自分の思考の行きついた一つの答えに、イザークは震えた。今こんな状態では、到底実現することなんて出来ないだろう。
頭の端にの姿が浮かんだ。何もしてくれなくていい。ただ話を聞いて欲しい。宇宙を越えて会いに行けたら──なんて、馬鹿みたいなことを考える。
自分は追い詰められている。思わず自嘲した。
「第一戦闘配備発令。パイロットは搭乗機にて待機」
突然の艦内放送に身体がびくりと震えた。敵を見つけたのだろう。出来れば地球軍だといい。あいつらとは、戦いたくない……。
頭も心も整理し切れないまま、イザークは自室を出た。
***
八月。父のリハビリは順調に進み、遂に何かにつかまりながらだが、立てるようになった。久しぶりの明るいニュースに胸が躍る。
エドガーとコーヒーで乾杯した帰り道。
「地球軍がどんどん軍人や物資を宇宙に上げてるらしいな」
「大規模な作戦が実行されるって噂だぜ」
「プラントにも攻め込んでくるのかしら……」
「ザラ議長が何とかしてくれるわよ! 絶対!」
すり減ったヒールの修理に出していた靴を受け取るためにショッピングモールを歩いていたは、耳に入る道行く人たちの会話をすっきりしない気持ちで聞いていた。
市民のザラ議長への信頼度、支持率は高い。
もっとも、不満を表立って言えないことが大きいが、プラントの未来を明るく語るパトリック・ザラを盲目的に信頼している人も純粋に多い。
「うーん………」
知らず唸るような小さな声が漏れていたが、は自分の気持ちに蓋をして足を速めた。
化粧室で鏡を見た時、眉間に皺が寄っていて、気休めに眉間と、ついでに少し痛むこめかみを揉みほぐす。
効果はあまり見込めないだろうが、鞄から鎮痛剤を取り出して水と共に飲み干して、ショッピングモールを後にした。
その日は、いつもの一日と変わらない日だった。午前中のスケジュールを無事に消化し、どこでランチを取ろうかなんて話している時だった。
運転していた秘書の電話が鳴り、エレカを道の端に止めて通話を始める。
道路脇の生垣を眺めながらお腹が空いたな、とか、お昼をどうしようかな、なんてのんきに考えていた。
「ボアズが!?」
その一言で全てを察することが出来た。近頃攻勢を強めていた地球軍が、遂にボアズ基地への侵攻を開始したのだと。
そのまま午後の予定を変更し、昼食用のサンドイッチを購入して、達は父の居る病院へと向かった。そして到着したころには、すべてが終わっていた。
「基地が落ちたって……こんな短時間で? ありえません」
ボアズは文字通りプラント防衛の最前線であり、ザフトの部隊が数多駐屯している。
父の手にある議員専用の端末には、専用回線を用いたボアズのリアルタイム映像が流れていた。
戦闘は決していて、地球軍のモビルスーツが作業を行なっているだけだ。その映像も、数秒後に途絶した。
「……奴らは、核を使用した」
「……! ………まさか……」
信じたくない事実だが、そうだとすればこの短時間での攻略にも納得がいく。むしろそうでなければ説明がつかない。
「あの光……あれは間違いなく核だ。間違えるものか……!」
父は血がでそうなほどに両手を強く握りしめていた。母と兄を──父にとって妻と息子を──失った核攻撃を、自分たちが見間違うことはないだろう。
強烈な記憶、トラウマとして今も目に焼き付いているのだから。
ピピ、と場に不釣り合いな通知音が流れる。
「……パトリックはヤキン・ドゥーエに上がるそうだ。……そして、ジェネシスを使うと」
「パトリック・ザラの不在は、こちらにとってはチャンスですね。またとない機会だ。動きましょう、先生!」
エドガーが拳を上げて言う。攻め込まれた結果を好機と見るのは複雑だが、確かにこの機会を逃すことは出来ない。
そして、達はカナーバ達旧クライン派議員の解放と、クーデターの実行へ向けて行動を開始した。
とはいえ、今の自分に出来ることは通信を聞きながら、父の体調を気遣ったり簡単な雑務を手伝ったりするだけだ。
行動を開始した以上、達は病院に缶詰めになることが自動的に決定している。
父の病室はもともと警備がしっかりしていたし、父が職務を再開してからはセキュリティの配備も行き届いているからだ。
それが、果てしなく長い、永遠にも思える四日間の始まりだった。
「先ほど仰っていたジェネシスというのは……?」
父は眉間に皺を寄せた。触れられたくない話題だったらしい。けれど、数秒間をあけて話し始めてくれた。
「元々は外宇宙探索の為の宇宙船加速装置だった。しかし、戦禍の拡大に伴い兵器へと改修された」
「このタイミングで使用が決められたということは……。ジェネシスは、核と同じ……もしくは、それ以上の威力のある兵器なのですか?」
返事は無かったが、それが何よりも返答となっていた。
こんな……こんな戦いは、早く終わらせなくてはならない。絶対に。
二三日、深夜。
「パトリック・ザラ、ヤキン・ドゥーエに到着しました」
各地に潜伏している工作員達の報告を聞きながら、達は冷たい夕食を取り、夜を越す支度を進める。
そして静かに時間が進む。
二四日、午後十九時三九分。
『こちら第二部隊。予定の位置に着きました』
『こちら第三、準備完了です』
『第一、いつでも行けます!』
まるで初陣の時のように緊張している。テオ・が小さく頷いたのが、作戦開始の合図だった。
実働隊が夜陰に乗じて行動を開始する。建物の屋上と一階からの同時進入。直ぐに耳に入る音は騒がしくなった。
通信越しに聞こえる銃声と叫び声、物が倒れる音やガラスが割れる音。
「さん、飛び出して行ったりしないで下さいよ」
「そんなことしません」
エドガーの少しだけ軽い言葉に返す。そこまで冷静さを失ってはいないが、耳に入る現場の雰囲気に気持ちが浮き立ってしまうのは事実だった。
『進め! 後手にまわるな!』
内通者からの情報によれば、カナーバ氏達が囚われているのは三階の角部屋。一階、最上階の侵入どちらから侵入しても制圧しにくい位置だ。
上からも下からも攻め入れるため、結局建物全体の制圧が必要になる。
『応援を!』
いくつもの音の中、微かに聞こえる、怪我人のうめき声。一刻も早く制圧することが、最終的に怪我人を減らすことになる。
銃撃戦は激しくなり、は祈るように手を組み、深く息を吐いた。
『五階、制圧完了しました。警戒に一班残し、四階の制圧に進みます』
『怪我人の収容を急げ!』
この作戦の決行で死傷者が出たことを、絶対に忘れてはならない。直接手を下していなくても、計画、立案した自分たちが殺したのだ。
「さん、お休みになられてください」
エドガーに声をかけられ、父に目配せされ、は渋々休憩室として借りている隣室に移動した。時刻は真夜中を過ぎている。
制圧作戦から完璧に離れることが憚られて、イヤホンを外さずにベッドに横になった。
パイロットだった時は、ただ目の前の敵を倒すことを集中して行えていた。今はその時とは種類の違う、精神的な疲れが大きい。
パイロットとは、言わば〝部品〟だ。ただ命令されたことを行えばいい。その意味を考えたりする必要はない。
しかし今は、父のおまけとはいえ命令を下す──指揮する側に入っている。未経験のことに対応しきれているとは言い切れない。
指揮官としての心得をもう少し勉強しておけばよかった。でも付け焼き刃では……いや、付け焼き刃でも無いよりはマシだ。
耳に割く神経を減らして、目を閉じてみる。休めるかは分からないけれど、起きているよりは休めるだろう。明け方にアラームを設定して、は思考を止めた。
病院の少し硬いベッドに横になったまま、眠ったような、起きているような、曖昧な時間を過ごす。
アラームが鳴るまで時計は見ないと決めていたため、いつもよりも時間が遅く感じられた。
二五日。早朝、四時半。
「さん、まだ休まれていていいんですよ」
「どうせ寝られません。新しい情報は?」
「特に大きなものはありません。二階と四階で引き続き交戦中です」
捕らえている人間が議員であるだけに、警備も厚くしてあるのだろう。
昨夜と同じ椅子に腰掛け、頬を叩く。少しだけ気持ちがスッキリしたような気がした。
『こちらヤキン・ドゥーエ。状況、変わりなし。ザラ議長による再編成が進んでいます』
『こちらヤキン・ドゥーエ、コントロール。プロヴィデンスにラウ・ル・クルーゼが搭乗するとのことです』
プロヴィデンス。
情報によればフリーダム、ジャスティスと同じくNジャマーキャンセラー搭載のモビルスーツであり、ドラグーンシステムを搭載しているため扱えるパイロットが居なかった機体だが、クルーゼ隊長が搭乗することになるとは。
このまま次の地球軍との戦いが始まったら、パトリック・ザラの望みを越えて、ナチュラルとコーディネイターの絶滅戦争になるのではないか…………。
背筋が震える。寒気が走る。神の存在は考えたこともなかったが、今のには文字通り祈ることしか出来なかった。
打倒パトリック・ザラを為し得るだけではダメなのだ。ナチュラルが全滅する前に、間に合わなければ意味がない。
イザーク……。
誰ともなしに心の中で呟いた。隊を率いる立場になった彼は、ますます人前での振る舞いについて気をつけているだろう。せめて、傍にいられたら。
それに、最前線で戦うということは……核攻撃の危険に晒されるということだ。断言出来る。イザークは引くことは絶対にしない。
我先にと挑みに行くだろう。無事でいて欲しい。身勝手な願いだけれど、他の誰が犠牲になっても、どうか彼だけは……。
戦場に居る人、みんなが、誰かにとって大切な人で。それでも命は簡単になくなってしまう。脳裏にブリッツの最後が甦る。
見送り、ただ待つだけというのは、こんなにも苛立たしく、もどかしいものなのか。気持ちがのたうちまわっている。
今、ニコルと自分を送り出したロミナの気持ちがようやく理解出来た。
早く、早くと焦る気持ちを落ち着かせるために、幾度か深呼吸をしたが、あまり効果は無かった。ふと視界に入った指は小刻みに震えている。
「さん、どうぞ」
よく気がつくエドガーを前に隠し通せる筈もなく、は震える手で水の入ったコップを受け取った。
「やはりもう少し休まれた方が……」
「いいんです。今の私にはこの場所が一番落ち着く場所ですから」
このまま情報から隔絶された場所に置かれたら冗談ではなく気が狂いそうだ。
そうして、何度も何度も時計を確認し、ソワソワと時間を過ごしたに、二番目に待ち望んでいた知らせが入ったのはその日の昼をまわったところだった。
『こちら七班! 四階、制圧完了しました!』
『こちら十班、二階制圧しました!』
残すは、議員の囚われている三階のみである。
こちらの準備も大詰めだ。カナーバ議員たちを救出したら、そのままクーデターの実行に移る。
ヤキン・ドゥーエ、ザフト軍本部、アプリリウス・ワンの最高評議会をほぼ同時に制圧するのだ。
練ってきた作戦通り、順番に密かに配置に着く実行部隊の兵士たち。
想定内の小さなトラブルから想定外の大きなトラブルまで対応しながら、一歩ずつ着実に道を進んでいく。
そして、午後一七時二三分。
『三階制圧完了しました! カナーバ議員たちを解放! 皆さんお疲れですが大きな怪我や不調はありません』
これで一つ目の大きな山を越えた。エドガーと手を取って喜ぶが、それも一瞬だ。
『テオ・、一先ず、解放してくれたことを感謝しよう』
「カナーバ、無事で何よりだ。現在クーデターの準備を進めている。準備が完了したらこのまま実行予定だ。行けるか?」
『もちろんだ。パトリックの元へは私が行きたいくらいにな』
軟禁されていたとは思えないくらい、カナーバ氏は元気だった。
……軟禁されて怒りやいろいろな感情がパトリック・ザラへと向かっていて、一種のハイなのかもしれない。
どちらにしても今すぐにパトリックの元へ向かってクーデターを始めるわけではない。
「短い時間になるとは思いますけれど、お休みになって下さい」
『分かった。準備が終わったらこちらにも一報くれるな?』
「もちろんだ。……パトリックへの定期報告の偽造は?」
「準備万端ですよ。いくつかダミー用の班を置いておくのと、警備システムをいじったりしているそうです。
技術屋によると、『パトリックが直接来たりしなければ大丈夫』とのことです」
ヤキン・ドゥーエの基地からこちらに戻るにはいくらか時間がかかるし、その前にはこちらにも報告が入るだろう。今のところは、作戦は順調だった。