死に近い場所 4
二六日。午後十三時一七分。
戦いは静かに、しかし、双方充分な攻撃力を持って始められた。
『地球軍艦隊の進撃を確認!』
戦闘開始の報告と共に、軍の放送が始まった。
『ナチュラル共の野蛮な核など、もうただの一発とて我等の頭上に落とさせてはならない!』
***
『血のバレンタインの折、核で報復しなかった我々の思いを、ナチュラル共は再び裏切ったのだ!』
地球軍が再び核攻撃を行うとは全く思っていなかったので、ボアズ陥落の報に接したときイザークはかなり驚いた。
しかし隊を率いる立場となった今、以前のようにすべての感情を表に出すわけにはいかない。
アカデミーを卒業したばかりのルーキーが多いジュール隊では、特に気をつけられていた部分だった。
クルーゼはいつも余裕のある態度や笑みを崩さなかったし、自分もルーキーだったころはミゲルやオロール、先輩たちが常にフォローしてくれていた。
そっくりそのまま真似できるわけではないが、近づくように努力することが大切だ。
見慣れたデュエルのコクピットで、イザークはエザリアの演説を耳にしながらそんなことを考えていた。
ヤキン・ドゥーエのオペレーターから発進命令が下りる。
「ジュール隊出るぞ!」
「はい!」
少し上ずったルーキーの声を聞きながら、いの一番にイザークのデュエルが宇宙空間に飛び出していく。
『もはや、奴等を許すことは出来ない!』
続けて発進してきた部下たちと編隊を組みながら宙域を進む。接敵はもう少し先だろう。しかし視界には地球軍の艦隊が見えている。
『ザフトの勇敢なる兵士達よ!』
先に出撃していた部隊が地球軍との戦闘を開始した。レーザー銃の銃弾の光を見て、隊員が小さく声を上げた。
『今こそその力を示せ! 奴等に思い知らせてやるのだ。この世界の、新たな担い手が誰かということを!』
地球軍は核でいずれプラント本国を攻撃するだろう、血のバレンタインの時のように。させる訳にはいかない。あの場所には沢山の人間が──が居る。
守り切るのだ。絶対に!
***
エザリアの演説の後、本格的な戦闘が始まったのを他所に、テオ・の病室は水をうったかのように静かだった。
エザリアが言っていた、〝この世界の新たな担い手〟。一体誰だというのだろう。コーディネイターは、先の見えない人種だ。
婚姻統制を敷いても第三世代の誕生率は低く、第二世代の人口も第一世代よりはぐんと少ない。
要するに、コーディネイターはナチュラルからしか誕生出来ないと言ってもいい。コーディネイターだけでは緩やかに数を減らしていくだけなのだ。
それなのに、新たな担い手を名乗れるものなのだろうか。
「…………地球軍は、また核攻撃を行うだろう」
ヤキン・ドゥーエの基地からの通信映像を見ながら、父がぽつりと零した。
「今からでも、どこかの核シェルターに避難するつもりはないか」
「お父様…………。私は、今回のことでは絶対に引きません」
子供じみたわがままかもしれない。いや、実際にそうだろう。しかし、やはり引き金を引いた自分だけ避難することは許されないと思った。
……たとえ待っているのがどんな結末でも。
***
量産機と交戦する中、遠くから動きの違うモビルスーツが現れた。あれはメンデルの時にも戦った、地球軍の新型だ。近くにいるジンが何機も墜とされる。
「あいつらっ! ……クソ!」
これでもかというほどの砲撃を浴びせたが、手にしている武器で防がれてしまった。敵味方が次々と撃墜する光で少し眩しい。
しかし、攻撃してきた機体をさばき、急に視界が開ける。少し離れたところに、まるで隠れるように進む船団を見つけた。
「くそ! あれは!?」
その周りだけ戦闘がないかのように静かだった。新型は核攻撃部隊の護衛だったらしい。
「核か!?」
船団は、無防備なプラント本国に向けて真っすぐ進み、そして──核ミサイルを発射した。
「あのミサイルを落とせ! プラントをやらせるな!!」
イザークの声に反応した何機かのジンが核に気づき、急行する。間に合うか。いや、間に合わせる! 必ず!
もう二度と、あんな悲劇があってはならないのだ。それに守ると誓った。自分自身に。
しかし、あと少しで船団にたどり着きそうだったジンは新型の餌食となってしまう。
「駄目だよ、あれは。綺麗なんだぜ?」
自分も新型の一機に張り付かれて動けない。核はプラントに迫る。
駄目だ、間に合わない!
歯を食いしばりながら、ただプラントを見ていたイザークは、視界の外から急速に接近する二機のモビルスーツに気が付かなかった。
何が起こったのかを把握する前に、核が宇宙で爆発して──一面は核弾頭の破裂した光で埋め尽くされた。
核のエネルギーについては理解していたつもりだったが、想像以上の光だ。
乱戦だった戦場に二筋の光。呆気に取られていた頭には早すぎて、目で追うだけでやっとだ。
「アスラン!? それに!」
あれは……アラスカで自分を助けたモビルスーツ。フリーダム。
ジャスティスとフリーダムはそのまま地球軍の新型三機との戦闘にもつれ込む。
彼らが来た方角を見れば、戦場には似合わないピンクの戦艦、エターナルとアークエンジェル、そして見たことの無い一隻の戦艦が居た。
「地球軍は直ちに攻撃を中止して下さい。あなた方は何を討とうとしているのか本当にお解りですか?」
全周波で響く、ラクス・クラインの声。しかし、それを無視するかのように、地球軍のモビルアーマーから発射されるミサイル。
見間違えない。あれも核だ。来ても、撃ち落とす。一つに命中させれば、それは誘爆していくつもの爆弾を巻き込んだ。
***
初めて見る光景だった。空が、光ったのだ。テオもエドガーも、もちろんも一斉に窓の外の空に目をやる。
誰も何も言わなかったが、全員それを理解しただろう。あれは、核攻撃の光だと。
ヤキン・ドゥーエの基地から離れているとは言え、光はここまで到達した。
「核の…………」
零れた呟きは誰の耳に入ることも無く消えた。イザーク……。まるで呪いのように彼の名を心の中で呼ぶ。守って欲しいとは思わない。
ただ、無事でいて欲しい。それだけが願いだった。
***
「全軍……射線上より退避? ジェネシス!?」
核の迎撃が終わったところで、司令部からの命令が届く。
表示されたメッセージを理解したモビルスーツたちが続々と移動して、宙域にはぽっかりと線が開いた。
「下がれ! ジャスティス! フリーダム! ジェネシスが撃たれる!」
自分の行動を理解したのは、全て言い終えた後だった。あらゆる判断が脳で高速で行われているが、実感を伴っていない。
ただ、彼らを死なせてはならないと思った。
ヤキン・ドゥーエの後方急に巨大な物体が現れた。今までそこにそんなものが存在していたとは全く知らなかった。
目に見えない……まるでブリッツのミラージュコロイドのようだ。あれがジェネシス。誰に言われなくても理解した。
中心から光が広がり、一拍の間を空けて、再び光った時には、もう目の前を閃光が走っていた。
「っ……!!」
斜線上からの避難は無事に完了していたようで、爆発する戦艦、モビルスーツは地球軍のものばかりだ。
しかし、そんなことは関係ない。ジェネシスの一撃はあまりにも強力過ぎた。斜線上のものがすべて爆発して、後には何も残らない。
圧倒的な光だった。これは…………核よりも、凄く、酷いものではないだろうか? 恐らく皆自分と同じ考えに至ったのだろう。戦場もまた、止まっていた。
***
詰め込むように取る食事は、食事というよりは摂取と言った方が相応しいように思う。
アプリリウスの最高評議会の方はほぼ準備が完了し、後はエザリア・ジュールの居る軍本部と、今最前線となっているヤキン・ドゥーエの部隊配備完了を待つ。
しかし、通信越しでも混戦と分かる状況の中、作戦を進めるのは困難を極めた。けれど、パトリック・ザラを抑えなくては意味がない。
一進一退の攻防だと思っていたが、一度引いた方がいいのではないかと思わず思ってしまう。こんな思考ではいけない。でも…………。
「ここで退くことは出来ない」
迷いが顔に出ていたのだろうか、父がこちらを見てキッパリと言った。
『ジェネシス、発射準備が整いました』
状況は決して止まってはくれない。そのことを突き付けるような報告だった。
通信越しに聞こえる、まるで強い耳鳴りのような音。それが、ジェネシスの音だった。
ビリビリとした振動に身体が強張る。音の後は、〝無〟だった。戦場はどんな様子なのだろうか。きっとこの場所と同じように、静まり返っているに違いない。
『傲慢なるナチュラル共の暴挙を、これ以上許してはならない。
プラントに向かって放たれた核、これはもはや戦争ではない! 虐殺だ!! このような行為を平然と行うナチュラル共を、もはや我等は決して許すことは出来ない!』
力強いパトリックの演説は、戦場に居る兵たちにどのように響くのか。遠く離れたプラントからではわからない。
着々と進む、準備完了の報告の声が、まるでどこか別の世界の出来事のように聞こえた。
『新たなる未来、創世の光は我等と共にある。この光と共に今日という日を、我等新たなる人類のコーディネイターが、輝かしき歴史の始まりの日とするのだ!!』
『わあああああ!』
『プラントの為に!!』
『ザフトの為に!!』
『ザフトの為に!!』
『ザフトの為に!』
パトリックの演説の後は、スピーカーが割れんばかりの歓声。盛り上がる人たちとは裏腹に、は背筋が凍っていた。
独裁者──。その言葉がただ、頭の中に浮かんだ。
***
ジェネシスの発射後、地球軍艦隊が退いたことを見届けて、イザーク達も一度基地に帰投することになった。
デュエルを降りたイザークをジュール隊の隊員たちが敬礼をして迎える。初陣を終えたばかりのルーキーに労いの声をかけつつ様子を見る。
ジェネシスの威力を見て各々がどう思ったのか気になっていたが、高揚している者が大半だった。
「あれがあれば、この戦争は必ず勝てますよね!」
「ナチュラル共の核攻撃なんて、我々が迎撃すれば!」
指揮官としてみれば、これほど戦意が高いのは喜ぶべきことだ。しかし、何故か素直に喜べない。
休息のために設けられた部屋に向かう途中、それは偶然の遭遇だった。
「母上!」
「イザーク!」
先日の休暇ぶりに顔を合わせた母は、嬉しそうに自分の名前を呼んだ。手にしていた書類をお付きの官僚に預けてこちらに歩いてくる。
「ずっとこちらに?」
「ええ、大事な局面ですから」
「………」
「間もなくジェネシスの二射目が行われます。そうすればこの長かった戦争もようやく終わるわ」
「あの………」
「あなたも連戦で疲れているだろうと思うけど、あと少しです」
「…………はい」
「未来は私達のものよ」
笑顔で話す母の顔を前に、頭にはメンデルで出会ったディアッカのことが甦る。
「あいつもコーディネイターだ。アスランとは、ガキの頃からの友達だってよ」
「ザフトじゃなきゃ敵だって言うんなら撃てよ」
「できりゃぁ、お前とは戦いたくないがな」
「あの……母上。二射目の照準……」
「エザリア様……」
あの巨大な力は次にどこに向かうのか。答えられる可能性は低かったが、尋ねずにはいられなかった。イザークの声をエザリア付の軍人が遮る。
「うん。では無茶はしないで。あなたの隊は後方に回します」
「母上………」
まさかこんなことを言われるとは思わなかった。
「あなたの仕事は戦後の方が多くなるのよ」
母は優しく微笑み、子どもの頃からそうしているように、頬に一つキスを落として去って行った。
「…………」
ジェネシスの力の強さに、多くのものが喜んでいる。しかし、完全に喜べない自分のようなものは、何だか場違いなような気がしてしまう。
戸惑いが大きい。確かにあの威力なら、プラントを守れるだろう。しかし、余りにも大きすぎはしないか……。
イザークの疑問は口にはとても出せず、そして答える者もまた、居なかった。