死に近い場所 5
『こちらJ班、準備完了しました!』
「これで、準備完了ですね」
エドガーの力強い眼差しに頷いて答える。
「カナーバ、そちらは?」
『問題ない』
「では……作戦、開始だ」
後はもう、結果を待つだけ。それがどんな結末でも。
***
ヤキン・ドゥーエの後方にある衛星の基地から、イザークは静かに戦闘を見ていた。見ていると言っても、距離があってただ戦闘の光しか捉えることは出来ない。
いつかの自分と同じように、隊長と慕ってくる隊員たちと距離を置いて、一人の時間。エザリアの命令で後方に下げられたが……納得は出来ていない。
ジェネシスの二射目の照準も気がかりだ。地球軍も核を撃ってくるだろう。そしてエターナルたちもまた来るだろう。
何故だろうか、もう、引き返せない場所まで来ているような気がする。この道は間違っていると頭のどこかで警鐘が鳴っている。
けれど……最後まで行くしかない。先で、たとえ何が待っているとしても。
パイロットスーツに着替え、隊員と合流し、戦況を見守る。ジェネシスの二射目の照準は地球軍の月基地。一射目の時よりも、気持ちが落ち着ている。
けれど全く何も感じない訳ではなく……心の水面に波紋が広がるのを静かに実感していた。
三射目の可能性もあるし、次こそ地球を撃つかもしれない。
戦闘が始まって一時間程が経過してから、ジュール隊に出撃命令が下った。
そして宇宙に出て編隊が完了したのとほぼ同時に、地球軍の核攻撃隊が迫ってきていた。
「来るぞ! 散開! プラントへ放たれる砲火、一つたりとも通すんじゃない!」
「はっ!」
一つでも撃ち漏らせばプラントは終わりだ。そんなことは……絶対にさせてはいけない。
レーダーは急接近するモビルスーツを警告するが、イザークはそちらには意識を割かなかった。ジャスティスとフリーダムだろう。
やってきた二機の一斉放射で、核は全てが爆発したようだ。
状況は目まぐるしく変わる。混戦を極めていた。右に行ったモビルスーツ、左下に居る味方、左上に居る敵と交戦中の味方。
上方に居る敵機はデュエルの後方へと移動し、後は……捌ききれない。その時、真後ろからの凄まじい衝撃がイザークを襲った。撃たれたのだ。
ロックされた。アラート音がコクピットに響く。やられる。そう思った時にアラートは消えた。背後を確認すれば、そこにはバスターが居た。
「ディアッカ……」
その後すぐに次の核攻撃が来たが、見たことの無い赤いストライクが防いでくれた。
ジャスティスとフリーダム、地球軍の新型三機、バスターに赤いストライク、それに地球軍の量産機とこちらのジン、シグー、ゲイツ、デュエル。
数が多すぎて処理が追いつかない。
敵と味方に振り分ける。敵は……地球軍。
ジャスティス達とやってきた赤いストライクを盾でかばったのは殆ど反射だった。こちらからの迎撃は防がれてしまったが……。
戦闘が一瞬終わり、イザークは自分の心が凪いでいることを驚きながらも受け入れた。地球軍の新型三機は敵だ。エターナルの機体は……味方でいい。
新型の数を減らす。奴の後方からやってきたバスターの攻撃が通った。奴が大勢を崩す。今が好機だ。ソードを構えて進む。
「でやあああああああ!!」
新型は待ち構えていたかのようにこちらに砲撃してきた。
そこから、動きがスローモーションに見えた。
音もない。静かだ。敵の攻撃が来る。盾で防ぐ。防ぎきれない。やられる……いや、やられない! アサルトシュラウドをパージし、間近で爆発するがデュエルなら耐えられる。
そして──両手に剣を構え、爆炎を越えて突進する。
右手で敵を払い、振り戻した腕でもう一度。今度はコクピットを貫いた。緑の機体は少し離れてから爆発した。
倒した敵に構っている暇はない。次はどうするか。イザークは攻撃を加えてきた地球軍の戦艦との戦闘を開始するが、それもほどなくして終わる。
「………くっ………!」
引き金を引くことを一瞬ためらったが、ブリッジを撃ち、戦艦は爆発、四散した。
次。地球軍の量産機が二機。パイロットは新人なのか動きがぎこちない。イザークの敵ではない。あっという間に勝負はつく。
フリーダムが振り下ろした刃が戦艦を切り裂き、一帯の戦闘は一旦終了した。残っているのは味方といっていい機体だ。
呼吸を止めていたかのように息が弾む。戦場のただ中なのに、静かだった。
確認すればエネルギーの残量が危険域に達していた。補給に戻らなければ。
けれど……目の前にいるバスターを見ると、そのまま離脱するのは違うような気がした。
***
ヤキン・ドゥーエで繰り広げられている激戦を耳にしながら、は拳を握りしめて無言だった。ただ、待っていた。その時が来るのを。
『最高評議会、制圧完了しました!』
『テオ、これは……」
「タッド、我々は」
『いや………分かっている』
動揺する議員が大半の中、タッド・エルスマンは静かに政変を受け入れた。
後は軍本部と本命のパトリック・ザラの居るヤキン・ドゥーエ。現議長の居る基地こそが本営だ。
「カナーバ」
『こちらも後少しだ』
いよいよだ。待っているはずなのに、その時を迎えるのが少し怖い気がする。はそっと父に目を向けた。
父もこちらを見ていて、その目は厳しかったがその奥にある気遣いをは感じ取ることが出来た。
「お父様………」
「今は耐えなさい。お前が、自分で決めたことだ。ここに居ると」
「………………はい」
両手を握り締めて、は頷いた。
***
手を挟む余地も無い、一瞬のことだった。
損傷したストライクがアークエンジェルに近づいたかと思えば、同型艦からの砲撃を受け、アークエンジェルを庇ったストライクはそのまま爆発し、四散した。
数多の命が一瞬の間に消えていく。一体、この戦闘は、世界はどこへ向かうのか。
そう思いながらバスターと対峙していたところに、凄まじいスピードでモビルスーツが近づいてきた。
このスピードは、ジャスティスやフリーダムの速度と同じものだ。
「友軍機? あんな機体……」
発進されているコードはザフトのものだ。しかし、見たことがない機体だ。新型なのだろうか? 考える間もなく、向こうはこちらに銃を向けてきた。
「くっそ! こんな時に!!」
バスターの砲を交わし、更に外側から撃たれたフリーダムの砲も交わした後、その機体はフリーダムとの撃ち合いを始めた。
そして背中から何かパージされたかと思うと……細かく分裂した部品それぞれが攻撃を行ってきた。
「何っ!」
フリーダムは多くの攻撃をかいくぐっているが、バスターは次々と攻撃を受けて損傷していく。
「ディアッカ!」
見殺しには出来ない。しかしどうやって介入すればいいのか……。
放射線状とは逆に、フリーダムのコクピットを目掛けて四方から放たれたビームが一点に収束していく。それでもフリーダムはすべての攻撃をかわしていた。
フリーダムの装備を破壊しつつ、二機はもみ合うように離れていった。
頭部を破壊され、かろうじて四肢とコクピットが残っているバスターに近づく。慣性のまま流れていく機体を背後から受け止めた時に、背後からの攻撃。
地球軍の新型だ。黒い機体が狂ったように銃を撃ちながらこちらに近づいてくる。
フェイズシフトの落ちたバスターに当たれば文字通りひとたまりもない。
あいつを落とさなければ。こちらも銃を構えるが、敵からの射撃に当たって破壊されてしまった。
「くっ!」
「イザーク……」
通信の向こうからディアッカの心配そうな声が届く。頭部のバルカンを撃つが、焼け石に水だろう。デュエルは攻撃する術をほぼ失った。
相手は正気を失ったように銃を乱射している。エネルギー残量のことなど頭には無さそうだ。
「そいつを寄こせ!」
デュエルに攻撃手段がなくても、バスターにはまだある。バスターの手にあるランチャー砲に手を伸ばす。
「イザーク!」
敵の頭部に光が集まる。何度か見た大砲を撃つつもりなのだろう。
「こんなヤツに!!」
相手が大砲を撃ったのと、こちらがランチャー砲を撃ったのはほぼ同時だった。
違ったのは、相手の攻撃はこちらの肩に当たり──こちらの攻撃は相手のコクピットに当たった点。
突っ込んできた勢いをそのままに、黒い機体はそのまま上昇して、そして爆発した。
一瞬の後にデュエルのフェイズシフトが落ちる。戦術は拙かったが、ギリギリの攻防だった。
呼吸は荒く、疲労も蓄積されている。まだ遠くで戦闘は続いているが、エネルギーも切れ、取れる手段も限られていた。
一呼吸おいて、フリーダムとザフトの新型と思われる機体の戦闘は、一つの爆発をもって中断された。フリーダムが落とされたのかと思ったが、そうでは無いようだ。
フリーダムは宇宙空間をしばらく落下した後転進して行ったのだった。
***
『ジェネシス、三射目の照準入力開始! 目標は……大西洋連邦首都、ワシントン!』
「!」
「パトリック!」
父がベッドの柵を拳で叩いた。ジェネシスが地球に撃たれれば、血のバレンタイン以上の人々が死ぬことになる。
もはやただクーデターを成功させるだけでは許されない。間に合わなければ、意味がなくなってしまう。
今戦っている人の何割が、本当に地球が滅ぼされることを望んでいるのだろうか。冷静に考えれば止まれるはずだ。
けれどそれが行えないのが戦場だということもわかる。でも、地球にはザフトの部隊だって居るはずなのに。
「ヤキンは!?」
「まだ報告はありません!」
駆け出したいような衝動と、それを抑えようとする理性とが戦って、の身体は震えていた。呼吸すら煩わしく思う。こんなことは初めてだ。
『応援を!』
『怪我をしているんだ、手を貸してくれ!』
『ナチュラル共め!』
『邪魔をするなぁぁぁぁ!』
幾人もの叫び声が耳に飛び込んでくる。ヤキンの攻防は一進一退だ。
『こちらF班! ゲートを突破しました!』
『雪崩込め! コントロールを目指せ!』
『あとゲート一つだ!』
気持ちが逸る。心臓の鼓動の音が聞こえる。
『ヤキン・ドゥーエ内部にジャスティスとモビルスーツの侵入を確認!』
「ジャスティス………アスラン!?」
この状況下でヤキン内部への突入、狙いは同じだろう。
「彼らを撃たないでください。 恐らく目的は同じはずです! 援護を!」
この混乱している状況下での言葉がどれだけの効力を持つかは分からない。けれど叫ばずにはいられなかった。
「アスラン・ザラは信用に値するか?」
父は静かに問いかける。
「はい」
「……わかった。各員、ジャスティスのパイロット、アスラン・ザラを援護するように」
「了解! 各員、ジャスティスのパイロット、アスラン・ザラを援護しろ」
父の後押し、それに対しての返事がこんなにも頼もしい。
『こ、こちらヤキン・ドゥーエ、コントロール!! 銃声が聞こえました! ……議長の居る辺りからです』
手引きをするためにコントロールに潜ませていた工作員が震える声で告げる。最早事態が好転しているのか悪化しているのかも分からない。
間に合って!
ただそれだけを、ひたすらに思っていた。
***
エネルギー残量がゼロになり、フェイズシフトが落ちたデュエルは、ディアッカの提案を受けてアークエンジェルに収容された。
機体の補給を受けている最中、血止めを行っただけのディアッカと言葉を交わす。
かつては敵として追い回していたアークエンジェルの格納庫に居るなんて、不思議な気持ちだ。
一応の用心として、ヘルメットを付けたまま過ごしているが、ほぼ形だけだった。
ザフトの人間だというのに、アークエンジェルの整備班は何も気にしていないかのように話しかけてくる。ディアッカが側に居るからだろうか。
班長と思しき人間とディアッカは随分親しそうだ。
昔からそうだ。お世辞にも丁寧とは言えない態度なのに、ディアッカは気が付いたら人と親しくなっている。
人当たりの良いニコルのような人間ではないのに、と昔から疑問だった。
「補給が終わったらどうするんだ?」
「……分からん。だが、戦場には戻る」
「そうか……」
今はもう、成り行きを見守るしか無いような気がした。
***
「止まれ! 何だお前たちは!?」
「待て! お前……もしかしてアスラン・ザラか?」
発砲する直前に名前を呼ばれて、寸でのところで腕を止めた。今までの兵とは様子が違う。敵意が無い。
「そうだが……。なんなんだ!?」
「予備のイヤホンだ、持っていけ。こちらコントロール前、アスラン・ザラです。3名で行動中」
「一体何なんだ?」
カガリも困惑している。当然だろう。倒して進もうとしていた相手だったが……。
「議員を中心としたクーデターだ。最高評議会は制圧済み。ザフト軍本部にも攻撃を仕掛けている。ヤキンはコントロール手前で戦闘中だ」
「ジェネシスは!?」
「コントロールにたどり着かなきゃどうにもならん!」
渡されたイヤホンを耳にねじ込む。ヘルメットを外す時間が惜しくて、頬の奥にむりやり押し込んだ。
「……わかった。俺たちも協力する!」
「アスラン?」
コントロール前の戦闘を目指して走る。耳に懐かしい声が飛び込んできた。
「もしかして、か?」
テオ・議員が関わっているなら、彼女が関与していても不思議ではない。
「はい。ジャスティスの目撃情報があったので、目的は同じだろうと……」
「そうだったのか、感謝する」
「パトリック・ザラを止めなければ何の意味もありません」
「あぁ……。議長は……父は、俺が止める!」
***
以前とはアスランの声の様子が違うような気がする。
クルーゼ隊に編入してから見てきた彼は、ずっと何か憂いを抱えていた。けれど今の声にはそれがない。
目的が一つだけだからだろうか。
実の父と敵対する気持ちは想像以上のものだろう。彼は地球軍のシャトルで帰還した際に実の父親に腕を撃たれたと聞く。
「パトリック・ザラの息子か……」
エドガーの言葉は、少しの憐れみを含んでいた。
『こちらK班! 最後のゲート突破しました!』
遂にコントロールまでの道が開けた。
『こちらも最後のゲートを突破した!』
カナーバ氏の声が耳に飛び込む。これで止まる。ジェネシスも、パトリック・ザラも。そう思ったのに、また銃声が響き、一瞬遅れて通信は静まり返った。
「また銃声!? コントロールで一体何が起こっている!?」
『こちらK班、コントロールに到着! ………パトリック・ザラが………血を流しています……! 撃たれたようです!』
「っ!?」
その報告を合図としたかのように、コントロールは静まり返った。こちらが踏み込む前にコントロールで反乱が起こったのか。
『え!? 議長が!?』
『おい! 何でだ!』
『前線を支えきれません!』
堰を切ったかのように騒がしくなる。
『こちらコントロール………。パトリック・ザラは側近に撃たれたそうです』
「容体は!?」
『胸を撃たれています。恐らくは……』
「………そうか………」
「結果として……パトリック・ザラを止められましたか……」
だが、これですべてが終わった訳ではないのだ。
***
補給、補修、整備を行ったアークエンジェルはエターナルとクサナギを追ってジェネシスへと進路を向けた。
補給の終わったデュエルは、残っていたストライクのシールドと銃を装備して再び宇宙へと出ていた。
ヤキン・ドゥーエからは戦艦やモビルスーツが次々と出てきているが、その動きは散漫としていてどう見ても統制が取れていない。
「一体……何が起こっている?」
イザークの問いに答える者は、居なかった。
***
『ヤキン・ドゥーエは放棄されました!』
「ジェネシスは!?」
『確認中です!』
『ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動している!』
「なんだって!?」
「パトリック……!」
は思わず立ち上がった。自分たちは、間に合わなかったのか。ここまでやっても、結局駄目だったというのか……。
「アスラン、止められませんか?』
『やっている! …………無理だ! どの命令も受け付けない!』
『ヤキン・ドゥーエは自爆する! 全部隊撤退しろ!』
『俺たちも脱出するぞ! もう誰一人死ぬな!』
何か──何か手があるはずだ。考えろ。考えろ。考えろ! 時間がない。ジェネシスを発射させる訳にはいかない。
『どうする!?』
『どうすればいいんだ!?』
「先生………!」
冷静であろうと努めるが、とても冷静ではいられない。思考が混乱する。は立ち上がったまま、壊れた人形のように止まっていた。
『内部でジャスティスを核爆発させる』
「! アスラン!」
確かに、ジェネシスを物理的に破壊してしまえば発射されることはない。
ジェネシスはフェイズシフト装甲を持っているとのことだが、外側からではなく内部からなら核爆発で破壊出来るだろう。でも。
「アスラン! 脱出は!?」
『それしか方法はない!』
……彼は、死ぬ気なんだ。
「駄目です、アスラン!」
耳を手で押さえて、必死に叫ぶ。聞こえているはずだ。けれど、届かない。彼を止めるための言葉を、誰か──。
『恐らく後一分を切りました!』
「部隊の脱出は!?」
『完了しています!』
「よし、そのまま出来るだけヤキンから離れるんだ!」
『お前っ……逃げるな! ……生きる方が……戦いだ!』
「……ニコルが……ニコルが助けた命を、粗末にするの?」
『っ!』
数秒の間を挟んで、大きな爆音が響く。
『ジェネシスの破壊を確認』
そして────。
『こちら、ザフト軍本部、制圧完了しました!』
大きな音の後は、まるですべてが終わったかのように静かだった。
「宙域のザフト全軍、ならびに地球軍に告げます。現在プラントは地球軍、およびプラント理事国家との停戦協議に向け、準備を始めています。
それに伴い、プラント臨時最高評議会は現宙域に於ける全ての戦闘行為の停止を、地球軍に申し入れます」
間に合った──。何よりもその言葉が最初に頭に浮かんだ。は崩れ落ちるように床に座り込む。エドガーが快哉を叫んでいる。
あぁ──自分たちは、やり遂げたのだ。全てが終わったわけではないが、今だけでも、喜んでいいだろう。
血のバレンタインの後の出来事が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。沢山のことがあった。喜びも……多すぎる悲しみも。
イザーク……ニコル……。
大切な人の名前を心の中で呟きながら、はそっと涙を流した。