未来いつかのために 1

カナーバ氏の停戦の提案はジェネシスによって戦力の大半を失った地球軍に直ちに受け入れられた。
かなりの宙域に広がっていた戦闘は徐々に停止。そして──九月二七日、一六時七分。
全ての宙域、地球全土での停戦が実現。長かった戦争は、一先ず休息の時を迎えた。

父、テオ・は戦闘の終了を確認した後、体調が悪化して一時的に執務からの離脱を余儀なくされた。
エドガーの指示のもと、も出来る作業を受け持ったが、執務のほとんどは解放されたばかりのアイリーン・カナーバがそのまま引き継ぐことになった。
「すまなかったな、カナーバ」
『いや、あなたは病床の身。今まで無理をし過ぎだったのだ』
「そうだな………」
医師の処置を受けて少し回復した父が、通信を切りベッドに横になる。達成感からか、見たことがないほど満足な顔をしていた。
まるで、そのまま、永遠の眠りにつきそうな程に。
はなんだか恐ろしくなって、父の手を握った。
「………どうした?」
「いえ、何だか……お父様が消えてしまいそうな気がして」
「何を………。私はまだ死なない。やるべきことがあるからな…………」
「はい………」
温かく柔らかい、大きな父の手がの手を握り返す。このぬくもりが大切だ。一時的な休戦が成立したとは言え、まだまだ仕事は山積みだけれど。
けれど今は……ゆっくりと休んで欲しい。自分の体を顧みる時間だって必要だ。は目を閉じている父の顔をいつまでも眺めていた。



***



戦争は、始めるよりも終わらせることの方がずっとずっと難しい。
歴史が何度もそれを証明しているのに、有史以来──もしかしたら以前からかもしれない──戦争が無くなったことはない。
激戦、混戦となったヤキン・ドゥーエの戦いから三日。のもとにようやく、「アスラン・ザラ生存」の正式な情報が届いた。
エターナルからプラントのクライン派を通してもたらされた情報にほっと一息つく。
パトリック・ザラの死をもって、暫定議長となったアイリーン・カナーバ氏の元、地球軍、プラント理事国との停戦交渉が続いている。

機械がいれたコーヒーも何度も飲めば愛着が湧くものだ。紙コップのそれを飲み干して自販機の横に備え付けられていたゴミ箱に投函する。
今日は、嬉しいことがあるのだ。

ザフト軍本部の一室で、はソワソワしながら待ち人が来るのを今か今かと待っていた。
約束の時間を少し過ぎて──扉が勢いよくガチャリと開き、待ち人──イザーク・ジュールが部屋に飛び込んできた。
「すまないっ、保安検査が長引いた」
待ちわびた来訪には飛び跳ねるように椅子から立ち上がった。
ヤキン・ドゥーエの戦いの翌日、例によって同期のネットワークを使用してイザークの生存を知ってはいたが、実際に顔を見ることができてほっとした。やはり実物に会って確かめることは大切だ。
「無事で………よかった。本当に」
あの戦いでの混乱を思い出して薄っすらと涙が浮かぶ。少し俯いて涙を払い、はほほ笑んだ。心配そうにこちらを見ていたイザークだったが、の笑顔を見て同じように目尻を下げた。
「お前に言っておこうと思ったんだ」
しばらく思い思いに話した後、イザークが話を切り出した。
「なに?」
「ディアッカが生きていた」
「えっ!?」
ニコルが戦死した後の戦いで行方不明になっていたディアッカ。てっきり、死んだものと思っていたが………。
「ど、どうやって………?」
「詳しくは聞いていないが……。エターナルと……アークエンジェルに乗っていた」
プラントから出奔したラクス・クラインがいくつかの戦艦を率いていたことは伝わっている。その戦艦の一つに地球軍を脱走した足つき──アークエンジェル──が居たことも同時に。けれどそこにディアッカが居たとは、流石に想定していなかった。
「会ったの?」
「あぁ、話もした。ヤツはプラントへ戻ってくると言っていたから……いずれ会えるだろう」
これには返答に困った。生きていてプラントに戻ってくると言っても、彼の扱いは脱走兵だ。間違いなく軍事法廷で裁かれることになるだろう。結果は……タッド・エルスマンが動けば或いは、可能性がある。
「分かった……。出来るだけ準備をしておくわ」
「あぁ。それと……お前に聞きたいことがある」
これには予測がついた。
「………母上はどうしている?」
カナーバ氏達旧クライン派の解放から始まった一連の作戦は、成功という形で幕を閉じた。軍内部ではクーデターを実行したテオ・、そして政権のトップに就いたアイリーン・カナーバの名前がそこかしこで囁かれている。そして打倒されたザラ派の議員、パトリック・ザラは戦闘中に側近に撃たれて死亡したが、他の議員たちはどうなったのかと言うと。
「もちろんご無事よ。クーデターがあったから、お元気とは言えないかもしれないけれど……。カナーバ氏はとりあえず現職の方はそのまま職に留まるようにと」
いきなりすべての議員を離職させる訳にはいかず、暫定議長としてカナーバ氏が就任し、最高評議会のメンバーはそのまま暫定政権に組み込まれる形となっていたのだ。
「! そうか……」
イザークはほっとして、肩の力が抜けたようだ。
ふと、お互いに立ちっぱなしのまま話をしていることに気が付く。気が急いていてそんなことにも気が付かなかった。
「軍内部では厭戦の風潮が広まっているけれど……。民衆の世論はまだ好戦派が大多数だから」
「そうか……」
あの戦いを見ていない以上、死してなおパトリック・ザラの支持が強いのも無理はないのかもしれない。
「…………いずれ報道されることだから、先に伝えておくわ」
その言葉によくない雰囲気を察したのか、イザークは表情を引き締めた。
「…………聞かせてくれ」
「スピットブレイクの目標変更が、議会を通していなかったそうなの。それで……加担したザラ派の議員の人は、何かしら罪を問われることになると思う」
「……………………」
「議長であったパトリック・ザラが亡くなっているから……恐らく、ほとんどの罪は彼に擦り付けられることになるだろう、というのが大方の予測よ」
「…………死人に口なしか……」
「具体的な休戦協定までには時間が必要だし……。少し間を置いて、議会は解散して総選挙が行われる予定ね」

お互いが無言になったところで、の通信機が鳴った。エドガーからだ。
「ごめんなさい」
「いや、構わない。俺もそろそろ戻らないといけない」
「そう……」
どちらともなくまた会う約束と連絡することを約束して、二人は別れた。
再会は短い時間だったけれど、の心はとても満たされていた。



***



旧ザラ派として事実上失脚したユーリ・アマルフィとが再会したのは、ヤキン・ドゥーエの戦いから六日後の一〇月三日のこと。
取り調べを受けていたユーリがアマルフィ邸に帰宅したので、お見舞いに訪れたのだ。
「ユーリおじさま」
………。よく、来たね」
少し疲れた顔をしているが、ユーリとロミナはを笑顔で迎えてくれた。優しさが身に染みて涙があふれる。
「君はまったく………無茶ばかりしたね。気を揉んだよ」
「聞いたわ、テオの手伝いをしていたんですって? 危ないことを」
「ご心配をおかけして申し訳ありません……」
一応成人している身だけれど、親やこの二人にはきっといつまでも子どもなのだろう。後悔はしていないが、お叱りの言葉を甘んじて受けた。
「テオは体調が悪化したと聞いたけれど……。大丈夫なのかい?」
「はい、今は落ち着いています」
しばらく緩やかに雑談していたが、ふと会話が途切れた。ロミナの顔を見てみれば、思いつめたような顔をしている。
「あなたにお願いがあるの」
「……おばさま?」
「ようやく、決心がついたのよ」
一体、何を言われるのだろうか。
「案内して欲しいの。あの子が……死んだ、場所に」