いつかの日のように 2

足つきが地球に降下した後。ヴェサリウスは地球近くの宙域で体制を整えていた。
整備班とモビルスーツの整備について話していると、ニコルが──母艦だったガモフが墜ちたためヴェサリウスに帰投していた──話しかけてきた。

、そっちはどうですか?」
「そろそろ一段落かな。ブリッツは?」
「こちらも、一段落です。何か飲みませんか?」
「そうだね……。あ、ブリッジ寄ってみてからでもいい?」
「構いませんけど……。何かあったんですか?」

格納庫を出て、ブリッジへの通路を進みながら話す。
「イザークとディアッカのこと、何か聞けないかなと思って。あんな形で降下して、大丈夫ならいいけど……」
「そうですね、行ってみましょう」

ブリッジに着いてオペレーターに聞いてみると、先ほど連絡が入ったとのことだった。降下後、二人は無事にジブラルタル基地に入ったらしい。
「イザークの傷の具合については、何か聞きました?」
「いや……特に何も言っていなかったから、大丈夫なんじゃないか?」
「……わかりました、ありがとうございます」

オペレーターにお礼を言って、ブリッジを後にする。ラウンジへと到着すると、中にはアスランがいた。格納庫にいるイージスをぼうっと見ている。
「あれ、ここに居たんですか。イザーク達、無事に地球に降りたようです。さっき連絡が来たそうです」
「そうか」
「でも帰投はさすがに未定だって。しばらくはジブラルタル基地に留まるみたい」
「…………」
ラウンジに置いてある水の入ったボトルを手にもてあそびながら話す。なんだか、アスランの様子がどこかいつもと違う。

「………………?」
言葉に出来ない違和感を抱えながら、リナはアスランの顔を眺めていた。
「イザークの、傷の具合はどうなんだ?」
「特に何も言っていなかったから、大丈夫だろうって」
「でも心配ないですよ。あのときもあれだけの戦闘をやってのけたんですから」
「え? ……あぁ、そうだな」
「まぁ、確かに」
軍医に聞いたところ、止血したところで無理矢理に出撃したらしい。しかも片目は包帯を巻いていて見える状態ではなかったという。 リナは驚けばいいのか呆れればいいのかわからない。


「でも、大丈夫なんでしょうか?」
「何がだ?」
「結局僕らはあの最後の一機、ストライクと新造戦艦の、奪取にも破壊にも失敗しました」
「………………」
「このことで隊長は、また帰投命令でしょう?」
「クルーゼ隊長でも墜とせなかった艦だ。委員会でも、そう見ているさ」
「実際、四機で囲んでも逃げられてしまったんでしょう? また戦うなら念入りに準備しないと。地球で撃墜されていれば、なんて希望的観測は難しい……かなぁ」

「アスラン?」
少し俯いたアスランの顔を、ニコルが覗き込む。
「っあぁ、いや……ともかく、心配はないさ。この帰投も、何か別の作戦のことのようだから」
「そうですか……。……ですよね。僕、ちょっともう一回ブリッツ見てきます」
ボトルを手にしたまま、ニコルがラウンジを出ていった。よっぽどブリッツの様子が気になるらしい。先の戦闘でどこか破損でもしたのだろうか。


ラウンジに残ったのはとアスランの二人。は迷ったけれど、アスランに声をかけてみることにした。
「アスラン、何かあったの?」
「え?」
「何か……様子がおかしいというか……。違和感があるというか……」
「……そうか?」
「うん、上手く言葉には出来ないけれど。何か気にかかることでもあるの? 話を聞くくらいなら、私もニコルも、いつでも聞くから」
「あぁ……。何かあったら、そうさせてもらうよ」
アスランは苦笑しながらも、それ以上は何も言わなかった。無理に聞き出すことも出来ずに、も自室に戻るためにラウンジを出た。


ヴェサリウスが帰投命令を受け取って、本国へ向けて出発してから二日。 ゲイツの整備も全て完了したところで、はジブラルタル基地にいるイザークとディアッカに通信を入れてみた。 Nジャマーの影響が少し心配だったが、通信は無事につながり……不機嫌そうな表情のイザークが画面に映る。包帯が外れていて、傷跡が目立っていた。 敢えて跡を残したなんて、は想像もしていなかった。

「突然ごめんなさい、怪我の具合が気になって。もう包帯を外して大丈夫なの?」
「あぁ、特に問題はない」
「ディアッカは?」
「バスターの整備中だ」
「宇宙と地球じゃ環境が違うものね」
イザークが小さく鼻を鳴らした。小馬鹿にしたような、不機嫌なような表情をしている。
宇宙で戦っているパイロットは、地球での戦闘を下に見ていることが多い。イザークもそういう思考の持ち主なのだろう。
「あんな形で無理やり降下して、身体の方も大丈夫なの?」
「少し熱が出たが、大したことはない」
「そう……」
「そっちはどうなっている?」
「帰投命令が出て、今本国へ戻っているところよ」
「そうか……」

それから少し話をして、はイザークとの通信を切った。 何となくずっと気がかりだったイザークの傷と、二人の体調の件がすっきりしては少しほっとした。 ニコルに会ったら話してあげよう。そんなことを考えながら、はラウンジへと向かった。



***



ヴェサリウスが本国に到着したと同時に、クルーゼ隊の隊員には休暇が訪れた。予定では十日ほど。これほどまとまった日数の休暇は久しぶりで、艦内は活気づく。

、家にも来てくださいね」
「うん。ロミナおば様とユーリおじ様にも挨拶したいから、都合がついたら連絡してね」
「はい」


いくつかのシャトルを乗り換えて、ようやくノウェンベルにたどり着く。軍服のまま移動していたからか、は周囲からの視線を感じる。 服を着替えてから移動した方がよかったかもしれないと思いつつ、タクシーに乗り込んで実家へと向かう。平和な街の様子に、言葉にならないくらいにほっとした。思わず頬が緩む。
…………プラントは平和だ。自分たちの戦いで、守れたものがある。そのことが、には嬉しかった。

自宅で入浴と着替えをすまし、は再び家を出た。向かうのは、父の入院している病院だ。 以前と同じ花屋で小さな花束を作ってもらい、奥まった場所にある父の病室へ。もしかしたら父が目覚めているかも、なんて甘い夢は、病室についた瞬間にやはり打ち砕かれた。 命を繋ぐ機械の音と、よく耳を澄まさないと聞こえない小さな父の呼吸音。静かな病室で、は声も出さずに父の手を握って時を過ごす。 この場所に来ると、無性に泣きたくなると同時に、謝りたいような気持ちになる。


「お前が戦わなくてもいいだろう」
が悲しむぞ」



「……………………」

何故かアカデミーに在籍していた時にイザークに言われた言葉がの脳裏に浮かぶ。あの時と気持ちは変わっていない。 守りたいのだ、このプラントを。そのためににできることは、全て行うつもりだ。
今は、戦わなければ守れない。足つきやストライクのような脅威から。

父が入院した時に持ってきた、古い写真の中の家族がこちらを見ている。写真に写っている兄の顔をそっと撫でる。写真たてにはうっすらと埃が積もっていた。
「兄さん、私は…………」
後に続く言葉はなく、は一度父の手を強く握って離し、病院を後にした。



***



休暇が終わる二日前、ニコルのコンサートのためには小さなコンサートホールを訪れていた。 ロビーでロミナと合流し、大きな花束を手に楽屋を訪れる。花束を渡すとニコルは笑顔で受け取り、緊張などまるで知らないかのように微笑んだ。
「ありがとうございます、
「ううん。演奏楽しみにしてる」
「今日はアスランも招待したんですよ」

ロミナと最前列の隅の席に座り、ニコルのピアノを聞く。それは、思わずずっと続けばいいと願ってしまうほど、穏やかで、何故か泣いてしまいそうなほどに、懐かしい風景だった。

そうして、長いようで短い十日間の休暇は終わりを告げた。



***



休暇が終わり、出発の日。は着慣れた緑の軍服に袖を通し、アマルフィ邸を訪れた。ニコルと共にヴェサリウスに戻るためである。

ヴェサリウスの搭乗口でアマルフィ夫妻の見送りを受ける。ロミナは薄っすらと涙を浮かべていた。

「では」
「私まで、お見送りありがとうございます」
「そんなこと言わないで、娘みたいなものなのだから」
ニコルとはそれぞれロミナ、ユーリと握手を交わす。
「今度も無事で………」
「はい、行ってまいります」
地面を蹴って、ヴェサリウスに乗り込む。もう、後ろは振り返らなかった。



荷物を置きに一般兵用の部屋を目指している途中、後ろから声をかけられた。
「ニコル! !」
アスランだった。
「あぁ、アスラン」
ニコルが広げた手のひらに、アスランが拳をぶつける。続いて、の手のひらにもアスランの拳がぶつかった。
「この間は、ありがとうございました」
「いや。いいコンサートだったね」
「寝てませんでした?」
ニコルがいたずらをした子どものように笑いかける。も思わず笑ってしまった。
「そ、そんなことはないよ」
アスランも困ったように笑った。

「ニコル、そういうことにしておいたら?」
「そうですね。……本当は、もっとちゃんとしたのをやりたいんですけどね」
「今はな……。このオペレーション・スピットブレイクが終わったら、情勢も変わるだろうから」
「なんとしても、成功させないとね」
「ですね。でも、今回は結構ゆっくりできましたね」
「あぁ」
「僕、降下作戦初めてなんです」
「俺だってそうだよ」
「あっ、そうか」
「二人はずっと同じ隊じゃない」
明るく話をしながら、自室に到着した。荷物を置いて、ブリーフィングのためにブリッジに向かう。


「本艦はオペレーション・スピットブレイクの準備のため、このまま地球のジブラルタル基地に降下する」

クルーゼ隊長の言葉と同時に第一戦闘配備が発令され、たちパイロットは搭乗機のコクピットで待機が命じられた。
パイロットスーツに着替え、ゲイツのコクピットに入る。すっかりと慣れたコクピットに、懐かしささえ感じる。

「ジブラルタルサービス。晴れ。気温十二、湿度四十五、風、西北西二十七、バナローナ沖に、低気圧警報」
降下中は艦もモビルスーツも取れる行動が制限される。今のところは大丈夫だが、地球軍と遭遇したら厄介だ。降下作業はブリッジが行うとは言え、警戒が必要だ。

「降下開始!」

オペレーターの言葉と同時に、少しの浮遊感を感じ、そのあとは徐々に地球の重力を感じる。 地球史について勉強していたが、まさかこんな形で地球に降りることになるとは思わなかった。はコクピットの中でそっと目を閉じた。



***



クルーゼ隊は無事にジブラルタル基地に降下した。モビルスーツを所定の場所に移動させ、機体から降りる。
コンテナやモビルスーツの移動が多く、気を付けないと轢かれてしまいそうだった。
今、地球に居る。とは言っても、には何か特別なものは感じられなかった。トラックやモビルスーツが並び、忙しなく移動しているのは基地のいつもの風景だし、青い空もプラントのものと変わらない。
、アスラン! クルーゼ隊は、第二ブリーフィングルームに集合ですって」
「あぁ」
「わかった!」
駆け寄ってきたニコルとアスランと合流し、三人でブリーフィングルームを目指す。移動の疲れなのか、重力に不慣れだからか、いつもより少しだけ体が重く感じられた。

「失礼します!」
扉が開く。ブリーフィングルームにはクルーゼ隊長とイザーク、ディアッカがいた。休暇を挟んだからか、会うのは随分と久しぶりに感じる。
「っイザーク、その傷……」
そういえば、イザークが傷跡を残したことを、は結局ニコルにもアスランにも話していなかった。イザークは傷跡を見られたくないというかのように視線をずらす。


「よう、お久しぶり」
「傷はもういいそうだが、彼はストライクを撃つまでは、跡を消すつもりはないということでな。 足つきがデータをもってアラスカに入るのは、なんとしても阻止せねばならん。だがそれはすでに、カーペンタリアの任務となっている」
「我々の仕事です、隊長! あいつは最後まで我々の手で!」
「私も同じ気持ちです、隊長!」
「ディアッカ」
「フン! 俺もね、散々屈辱を味あわされたんだよ」
「……無論、私とて思いは同じだ」

イザークが食い下がるのはわかるが、まさかディアッカまで同意するとは思わなかった。
地球での戦闘で何かあったのだろうか。…………でも、彼らはそのことについては口を閉ざすだろう。 「スピットブレイクの準備もあるため、私は動けんが……そうまで言うなら君たちだけでやってみるかね?」
「はい!」
クルーゼ隊長の言葉に、イザークとディアッカが笑顔になる。


「ではイザーク、ディアッカ、ニコル、、アスランで隊を結成し、指揮は──そうだな、アスラン、君に任せよう」
「えっ」
突然の言葉に、アスランが驚いたように返事をした。
「カーペンタリアで母艦を受領できるよう手配する。直ちに移動準備にかかれ」
イザークとディアッカの笑顔が消えた。二人はアスランのことを忌々しそうに睨んでいる。
「隊長、私が……?」
「色々と因縁のある船だ。難しいとは思うが、君に期待する、アスラン」
そしてクルーゼ隊長はブリーフィングルームを出ていった。


「ザラ隊、ね」
「フン! お手並み拝見といこうじゃないか」

クルーゼ隊長に指名されてアスランが指揮を取るのだから、作戦行動中はアスランの言う事を聞いてくれればいいが──ザラ隊の行く先は、不安しかなかった。