赤い夕陽と青い海 1
地球の重力というものは、なかなかに難しい。少し身体を動かせば息は上がり関節が軋む。
生身でも苦労しているというのに、モビルスーツの操縦になるともっと難易度が上がる。
ニコルやアスランと何度も模擬戦をして──の負けは百回を超えている──感覚を掴んでいくしかないだろう。
ザラ隊が発足して一日。
達がカーペンタリアへ移動するための輸送機の準備が整った。
輸送機にゲイツが運び込まれるのを確認してから、コクピットの後ろに少しだけ設けられている座席に乗り込む。
移動中も警戒は怠らないが、今は……身体を休めるくらいしか出来ることはない。
「じゃあ、出発するぞ」
「よろしくお願いします」
パイロットに返事をして、窓際の席へと座り込む。ヘルメットを隣の席に置いて、は小さな窓の外に広がる景色……海をぼうっと見ていた。
「隊長さんの輸送機が、トラブルで遅れるそうだ」
「そうですか……。わかりました」
トラブルなんて、幸先が悪いような。
そんなことを思ったからだろうか。カーペンタリアに到着してニコル達と合流したところで、アスランの乗った輸送機が消息不明とのニュースがの耳に飛び込んできた。
宛がわれたラウンジでアスランの続報を待つ。
窓の外には海に沈んでいく夕陽が赤々と輝いて、にはまるで燃えているように見えた。プラントで再現されている夕陽と何かが違う気がする。何が違うのかは上手く言葉には出来ないけれど……。
扉の開く音に反応してがそちらに目を向けると、管制室に確認に行っていたイザークが部屋に入ってくるところだった。
「イザーク! アスランの消息……」
「ザラ隊の諸君! さて、栄えある我が隊、初任務の内容を伝える」
嘲笑うような言い方。嫌な予感しかしない。イザークは楽しそうだったけれど、にはその気持ちがまるで理解できなかった。
「それは、これ以上ないというほど重大な……隊長の捜索である」
「はははっ!」
ディアッカの高笑いが部屋に響く。
「っ……」
ニコルが小さく声を漏らし、視線をそらした。
「ま、輸送機が落っこっちまったんならしょうがないが、本部もいろいろと忙しいってことでね。自分たちの隊長は、自分たちで探せとさ」
今は大きな作戦の準備中なのだ。割ける人手は限られているだろう。何もおかしいことではないが、もっと言い方があるのではないだろうか。
「やれやれ、なかなか幸先のいいスタートだねぇ」
「とはいっても、もう日が落ちる。捜索は明日かな」
「そんな……」
「イージスに乗ってるんだ。落ちたって言ったって、そう心配することはないさ。大気圏、落ちたってわけでもないし」
大気圏を落ちたのはイザークとディアッカが高度を気にせず戦闘を続けたからで、いわば自業自得だろう。はそう思ったが口には出さなかった。
話が進まなくなりそうだったからだ。
「ま、そういうことだ。今日は宿舎でオヤスミ。明日になれば母艦の準備も終わるってことだから? それからだな」
「母艦の準備は明日の朝一には完了していると思っていいの?」
「いや、明日の午後になる見通しだ」
眉が下がった心配そうな表情をしたニコルが俯く。は彼の手を取って言葉をかけた。
「ニコル、明日朝一で探しに行けるように、ヘリの申請しに行こう」
「……。そうですね、そうしましょう」
はニコルと二人でラウンジを後にした。
「輸送機はこっちの制空権内を飛んでいるはずだから、きっと大丈夫よ。Nジャマーの影響で連絡が取りにくいから、それだけが心配だけど……」
「そうですね……。地球に降下したばかりですし、体調も大丈夫だといいんですけど」
「そうね……」
夕陽で赤く染まった通路を進みながら話す。ニコルの表情は先ほどよりもずっと穏やかなものになっていて、はほっと息を吐いた。
「明日、万全の状態で探しに行けるように、今日はしっかり休まないと」
「……そうですね。それにしても、地球の重力は不思議な感じですね」
「移動の疲れもあると思うけど、なんだか身体が重く感じるよね」
管制室でヘリの使用申請を済ませたあと、明日の捜索に備えて解散となった。
は宿舎の部屋に戻る前に、先ほどのラウンジを覗く。
ディアッカが読んでいた雑誌が中央のテーブルの上に放置されているだけで、誰もいない。
イザークとディアッカは既に自分たちの部屋に引き上げたのだろう。
ニコル、イザーク、ディアッカに割り当てられた部屋を確認して、はイザークの部屋へと向かう。
一方的になるかもしれないが、話しておきたいことがあった。
ザラ隊の面々は宿舎での数少ない個室を割り当てられている。
個室ということは、他の人間がいないということ。
他の人間がいないということは──一対一で話ができるということ。
イザークの部屋の前に立ち、扉の横にあるパネルを操作する。来訪者を告げるチャイムの音が小さく響いた。
「はい?」
「・です」
「っ!?」
シャワー中だったりしたら待つことになるだろうと思っていたが、どうやらそうでは無かったらしい。タイミングが合ってよかった。
扉は直ぐに開いたけれど、イザークは渋々といった様子でを部屋に招いた。
「なんだ? 明日朝一で捜索に行くなら、早く休んだ方がいいだろう」
「話しておきたいことがあって」
「……なんだ?」
「あなたのアスランへの態度のこと」
話の内容が想定外だったのか、イザークは驚いた顔をした。
「仲良くなって欲しいというわけじゃないけど、もう少し接し方……態度を見直すことはできない? アスランはクルーゼ隊長に任命されて仕方なくだけど隊長になった、つまり私たちの〝指揮官〟になったのよ。イザークでも、クルーゼ隊長の人選に問題があったとは言わないでしょう?」
イザークの眉間に皺が寄った。
「……傷跡を残すくらいにストライクを撃ちたいと思っているのよね。その気持ちよりも、アスランへの嫌悪感の方か大きいの?」
「!」
「相手はこちらの追撃を何度も逃れているストライクと足つきよ。あれを落としたいなら、協力する必要があると思うの。全員で連携することが出来るなら、とれる手段は確実に増えると思う。……イザークが心の底からストライクを撃ちたいなら、考えてみて欲しいの」
イザークは口をぽかんと開けての方を見ていた。きっと、がこういう話をするなんて思ってもいなかったのだろう。
「それだけ言いたかったの。お邪魔してごめんなさい」
イザークが口を開く前に、は彼の部屋を後にした。
気が付けば日が落ちて夜になっていた。窓の外を見れば、星は見えないが、月が大きく輝いている。
宇宙で見る月面には特に何の気持ちも抱かないのに、地球で見る月は確かに美しい。
この前までは宇宙に居たのに、今は地球で、月を見上げている。随分と遠い場所まで来た。にはとても不思議に思えた。
も自室へ戻り、シャワーを済ませてすぐベッドに横になる。ニコルと約束した時間に支度が終わるように逆算した時間をアラームに設定して、目を閉じる。
明日の天気は晴れだったから、アスランの捜索に支障はないだろう。それにしても、天気をいちいち確認しなければいけないなんて地球は不便だ。
アスランが消息を絶ったポイントは小さな島が多い場所らしい。彼はきっとどこかの島で夜を越していることだろう。
明日、早めにアスランが見つかるように祈りながら、は目を閉じた。
***
翌日の早朝。とニコルは二手に別れてアスランの捜索に出発した。
アスランが消息を絶ったポイント付近でヘリから島々を見下ろす。
が想像していた以上に島が多い。探すのが大変だと思うのと同時に、イージスもあったし無事だと確信できてほっとする。
「アスラン、アスラン。応答願います」
無線で呼びかけながらひとつひとつ島を確認する。
島の緑と海の青。少しずつ違うけれど、変わらない景色。紙の地図を用意して印をつけるようにするべきだった。
の呼びかけに応答もなく、同じ島を二度確認していないかとどこか不安になってきたところで、ニコルから通信が入った。
「! アスランから応答がありました!」
「本当? 無事だって?」
「はい、イージスも問題ないとのことです」
よかった、やっぱり無事だった。ほっと一息つくと同時にの肩から力が抜ける。
「それじゃ、私はカーペンタリアに戻るね」
「はい。、出来たらこれから送るポイントにグゥルか、輸送機を手配しておいてもらえませんか?」
「わかった、手配したらまた連絡するね」
「よろしくお願いします!」
ニコルとの通信が終わり、ヘリを大きく旋回させてカーペンタリアへと向かう。輸送機を手配するよりもグゥルの用意する方が早いだろうか。
ヘリを着陸させ、降りずに管制室と通信を繋ぐ。相談したところ、やはりグゥルの輸送の方が早いとの返答があった。
輸送の手配を完了し、通信でニコルに報告を入れる。アスランの無事にほっとしたのか、は急に空腹感を感じた。時計を確認すれば、朝食にぴったりの時間だった。
朝食はアスランの帰還を待ってからになるだろう。はヘリを降りて基地の入口へと向かう。
そこには、イザークとディアッカが立っていた。
「………アスランは?」
ぶすっとした表情をしながら、イザークが口を開く。
「無事よ。イージスも問題ないって」
「ふーん?」
薄く笑いを浮かべながらディアッカが言う。
二人がこの場所で待っていたのは、アスランを心配していたからではないか。
……すぐに仲良く過ごせるようになるとは思っていない。けれど、これは……とても大きな一歩なのではないだろうか。
はそう思いながら、基地へと入っていった。