箱庭の国 1
カーペンタリアで受領した母艦、潜水艦で海の中を進む。スペースの限られた環境での生活は窮屈に感じるが、仕方ない。
艦内はいつも薄暗く、色んなボタンやパイプが所狭しと設置されている。割り当てられた自室もヴェサリウスに居た時よりも狭い。
太陽の光を浴びたい。外の空気が吸いたい。思いっきり身体を動かしたい。物音を気にせずに生活したい。
ずっとこの生活だといういう艦の人員を、尊敬してやまないだった。
足つきの探索に出発してから四日。ブリッジから足つきらしき艦を発見したとの知らせが入り、たちはモビルスーツ内で待機する。
「艦特定、足つきです!」
オペレーターのこの言葉を、たちはずっと待っていたのだ。
艦が急上昇して、海面に顔を出す。グゥルとブリッツが射出されるのを見送って、はゲイツを発進位置へと進めた。
地球に降りてから初めての戦闘だ。先に地球に降りていたイザークとディアッカにも話を聞いてみたが、二人が戦ったのは砂漠という特殊な状況で、今回とはまるで違うと詳しい話は聞けなかった。
整備班と相談しながらゲイツの設定を調整してはあるが、やはり宇宙と違って重力が重い。
地球での戦闘は足つきとストライクに一日の長を認めざるをえないだろう。同時に射出されたグゥルに無事に着地して、ブリッジから提示された座標を目指してゲイツを進める。
機体の重み、飛び上がる時に必要なパワー。小さな動きの一つ一つが、宇宙にいるときよりもずっと消耗が激しい。
肉眼で足つきが確認できるころには、先に出撃したデュエルやバスターが戦闘を開始していた。
足つき、ストライクとの戦闘を始めてからわずか数分でデュエルとブリッツがグゥルを破壊されて戦う術を失った。
こちらのモビルスーツは皆ディンのような飛行能力を持っていない。
対空、飛行ははグゥルに頼り切りだ。───だからこそ、一番の弱点になる。
ブリッツの近くにいたのゲイツは、必然的にストライクと戦闘を開始する。やはりゲイツの装備や機体性能、の操縦ではストライクには敵わない。
ゲイツのコクピットをロックされてアラートが機内に響く。
───撃たれる。
瞬間、そう思った。しかしストライクはコクピット部を避けて、先の二機と同じように足元のグゥルを狙った。
「!」
アスランの声が聞こえた。海へ向けて落下を始めながら最後の悪あがきとストライクをめがけて銃を撃ったが、シールドで防がれてしまった。
カメラの視界にはもうストライクは映らない。イージスと戦っているのだろう。
――海の中からでも、アスランを援護することは出来ないだろうか。
悩む間も無く、無理だと結論を出す。
グーンのように水中を自在に動けるわけでもない。こちらの居場所が割れれば即座に撃たれてお終いだろう。
カーペンタリアでディンやグーンを受領するべきだった。
海の中をさまよいながら母艦を目指す。レバーを押す手が今になって震えているのを、は他人事のようにぼんやりと眺めていた。
───殺されるかと思った。
やつはなぜ、デュエルもブリッツものゲイツも、撃たなかったのだろう。
ストライクのパイロットの技量ならば───殺せたはずだ。それなのに、グゥルだけを破壊してパイロットは怪我一つなく生きている。
ゲイツのレーダーに多数の反応が映ったのはその時だった。
『接近中の地球軍艦艇、およびザフト軍に通告する。貴艦らは、オーブ連合首長国の領域に接近中である。すみやかに進路を変更されたし。
我が国は武装した船舶、及び航空機、モビルスーツ等の、事前協議無き領域への侵入を一切認めない。すみやかに転身せよ』
戦っているうちに、オーブの領海に近づきすぎていたようだ。
『繰り返す。速やかに進路を変更せよ!』
まさかここでオーブと揉めるわけにはいかない。しかし、オーブの領海を気にしながら戦うなんて離れ業ができるわけでもない。
『この警告は最後通達である。本艦隊は転進が認められない場合、貴艦らに対して発砲する権限を有している』
『この状況を見ていて、よくそんなことが言えるな!』
全周波の通信に、叫び声が混ざった。
『アークエンジェルは今からオーブの領海に入る! だが攻撃はするな!』
『なっ! なんだお前は!』
『お前こそなんだ! お前では判断出来んというなら行政府へ繋げ! 父を……ウズミ・ナラ・アスハを呼べ! 私は……私はカガリ・ユラ・アスハだ!』
通信の元を辿れば、足つきにたどり着く。足つき──地球軍の戦艦に、〝アスハ〟の名前を持つ人間が乗っているとはどういうことだ。
カガリというのは、確かオーブの獅子と名高いウズミ・ナラ・アスハの一人娘ではなかっただろうか。
通信を機に状況が変わった。
何か出来ることがあるかもしれない。はゲイツを海面上に出したが、足つきもストライクも遠く、おとなしく母艦に帰還することにした。
通信はいまだ騒がしい。
『何を馬鹿なことを。姫様がそんな船に乗っているはずがなかろう!』
『なんだと!』
『仮に真実であったとしても、なんの確証もなしにそんな言葉に従えるものではないわ!』
『貴様……!』
オーブ軍の言い分は納得のいくものだ。
そのあと、達が出来たことといえば、レーダーで艦やモビルスーツの位置を確認するだけ。母艦に到着して、格納庫にゲイツを収納する。
紛糾している通信が艦内に響いていた。
『警告に従わない貴艦らに対し、我が国はこれより自衛権を行使するものとする』
その宣言を最後に、今回の戦闘は終了した。
は先に帰艦していたニコルとイザークと合流し、ブリッジへと向かう。
足つきの反応は、オーブ領土に接岸したと思われる位置で反応をロストした。
***
またも足つきとストライクに逃げられてしまった。
他の隊の任務になっていたところを志願してこの任務についているのに。宇宙での戦いから数えると何度目だろうか。
……は数えようとした思考に無理矢理ストップをかけた。情けなさが一層募るだけだろう。
潜水母艦はオーブの領海のギリギリのところで動きを停止した。
足つきがオーブの領海に入ったのは間違いない。しかし、中立を謡う国に戦闘を仕掛けることが出来るはずもない。
───重要なのは、足つきがオーブを出るときだ。
オーブ近海での戦闘の翌日。小さなブリーフィングルームにパイロット全員が集まる。
アスランが手にしている一枚の紙。そこにはオーブの公式発表が記されていた。
「こんな発表! 素直に信じろって言うのか!」
イザークがテーブルに手を叩きつける。
「『足つきはすでにオーブから離脱しました』なんて、本気で言ってんの? それで済むって? 俺たち馬鹿にされてんのかねぇ? ……やっぱ隊長が若いからかなぁ?」
「ディアッカ」
ディアッカの嫌味にニコルがたしなめるように名前を呼ぶ。けれどディアッカは何も気にしていない。
「そんなことはどうでもいい。だが、これがオーブの正式回答だという以上、ここで俺たちがいくら嘘だと騒いだところで、どうにもならないということは確かだろう」
……イザークとディアッカは、恐らくアスランのこういうところが好きになれないのだろうと、はどこかぼんやりと、他人事のように考えた。
思考を切り替える。今は足つきの所在地が重要だ。
「何を!」
「押し切って通れば、本国も巻き込む外交問題だ」
「私たちが外交問題を起こすわけにはいかないでしょう。立場を考えるとね」
まさか現職の最高評議会議員の身内が外交問題を起こすわけにはいかない。マスコミにあれこれ好き勝手書かれそうな格好のネタだ。
「っ! ふぅん、流石に冷静な判断だなアスラン。いや、ザラ隊長」
「だから? はい、そうですかって帰るわけ?」
「カーペンタリアから圧力をかけてもらうが……直ぐに解決しないようなら、潜入する」
アスランから提案された大胆な作戦に、全員が思わず息をのむ。
「それでいいか?」
「足つきの動向を探るんですね?」
アスランが頷く。潜入作戦となると、準備がかなり大変になる。
「どうあれ、相手は仮にも一国家なんだ。確証もないまま、俺たちの独断で不用意なことはできない」
「突破していきゃ足つきがいるさ! それでいいじゃない!」
「ヘリオポリスとは違うぞ! ……軍の規模もな」
「あなた達が乗っているモビルスーツは、オーブのモルゲンレーテ製だしね」
突破した先に四機の性能を超える新型が出てきてもおかしい話ではない。
「オーブの軍事技術の高さは言うまでもないだろう。表向きは中立だが、裏はどうなっているのかはかりしれない、厄介な国なんだ」
「フン。オーケー、従おう。俺なら突っ込んでますけどね。流石、ザラ委員長閣下のご子息だ。
ま、潜入っていうのも面白そうだし? 案外ヤツの……ストライクのヤツのパイロットの顔を、拝めるかもしれないぜ?」
イザークとディアッカは嫌な笑みを残して、ブリーフィングルームを出て行った。ニコルは心配そうにアスランを見ている。
は小さくため息をつく。先日イザークに話した内容は、イザークなりに考えてはくれただろうが……。一朝一夕にはいかないだろう。長い目で見るしかない。
「潜入となると準備が大変ね」
「あぁ……。頼めるか?」
「今のあなたは指揮官なんだから、命令されたら従うわ」
「…………そうだったな。ニコル、。準備を手伝ってもらえるか?」
「オーケー」
「もちろんです」
カーペンタリアからオーブへの圧力はだいぶかけてもらっているようだが、やはり直ぐには解決しないようだ。
そもそも、足つきと五機のモビルスーツが出来た由来を考えると、そう簡単にいかないだろう。
はアスランと手分けしてオーブへの潜入に必要なものを洗い出していく。
珍しく、イザークとディアッカがの作業を手伝ってくれた。
恐らく、アスランを手伝うか、を手伝うかの二択でを選んだのだろう。
その様子を見て、ニコルはアスランの作業を手伝っていた。
潜入ルートの計画、現地にいる工作員との合流ポイントの計画。考えることはいくらでもある。
……そして男性陣が全く考えていなかった、見た目の問題。
「髪を染める?」
時刻は深夜。普段なら寝ている時間に全員でブリーフィングルームに集まる。全ては潜入作戦の準備のためだ。
「そう。一目でコーディネイターだとわかる外見で潜入する訳にいかないでしょう」
オーブはコーディネイターとナチュラルが共存している国だとはいえ、国民の大多数はナチュラルだ。
そんな中に、銀髪や金髪、青や緑の髪をしたまま潜入するわけにはいかない。
潜入作戦の肝は、どれだけ現地の風景に溶け込めるかにかかっている。なるべく目立たない外見になることが必須だ。
「俺は必要なくない? ナチュラルにも金髪くらいいるだろ」
「残念だけどディアッカにも必要よ。オーブ国民の多くは東洋人で、金髪はほぼいないから」
「げっ」
ブリーフィングルームの机には髪を染めるためのスプレーが何本も乗っている。
成績優秀者が四人もそろっているのに、誰もこの考えに至らなかったということに、はため息をついた。
「は準備必要ないんですか……」
珍しくニコルも億劫そうにしている。
「私はもともと母がアジア系の人だし」
「……そうでしたね……」
ニコルは少し羨ましそうにのことを見てくるが、としては男四人の外見の面倒を一人で見ることになったこちらの気持ちも考えて欲しい。
「イザーク」
「なんだ!」
見慣れない黒髪のイザークと向き合う。
「傷跡を隠すために化粧をします」
ファンデーションを片手にした、のこの言葉に四人は絶句した。
からしてみれば、そのままで行けると思っていた方が信じられないことである。
「ご愁傷さん」
「……ディアッカ!」
茶髪になったディアッカが面白そうに笑ってイザークの肩を叩く。茶髪になったニコル、黒髪になったアスランは気の毒そうにイザークに視線を送っていた。
コンシーラーとファンデーションの力を駆使してイザークの傷跡を隠す。
イザークが大人しくの手によって化粧を施されているのを、やはりディアッカが楽しそうに見ていた。
「違和感があると思うけれど、なるべく触らないようにして」
「…………分かった」
全員の支度が完了したころには、出発予定時刻ギリギリになっていた。
これから海を泳いでオーブへ侵入するのだ。重いボンベを背負って海に足を付ける。
は少し泳ぎが苦手だった。
「、何かあったら知らせてくださいね」
ニコルの言葉に頷く。のために、最後尾にニコルを配置してくれたアスランの気づかいがありがたい。
深呼吸をして肩の力を抜いて、海に潜った。
***
夜の海というものは、想像していたよりもずっと暗く、寂しく……いろいろな感覚が麻痺していくようだ。。
どれだけ泳いだのかいまいち分からないけれど、何とか無事にオーブの小島に辿り着くことができた。
最後尾にいたはずのニコルが何故か先に上陸していて、の手を引っ張って陸に引き上げてくれる。辺りには霧が立ち込めていた。
「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ」
「ようこそ、平和の国へ」
現地に潜入している工作員と無事に合流でき、は安堵する。
大きな仕事を終えたような気持ちを抱いたけれど、本番はこれからだ。白み始めた空を仰いで、は気合を入れなおした。